何気にダリィの対応力には目を見張るものがある。
そして意識が飛び一日がたち―――今に至るわけだ、ここまではただの家庭内のいざこざだったのだがこれからはより悪化していく。
明らかにそれは故意に必然的に行われた。
朝のいつものホームルーム、それは突然に起こった。
「あー、皆、今日から転校生が来る」
ほー……男か女か、してさてどっちだ。
クラスは雑音で盛り上がるをみせる。
「やっぱり、転校生といわせれば、外に待機で教師が呼んで登場だよな!?私は、教師人生で一度でもいいからこれがしたかったんだ!」
「もったいつけずに早く呼べよな、年増が」
クラスの生徒が騒ぐなか俺の小言に対する殺意が教卓から伝わるように感じるのは俺の自意識過剰だと信じたい。
「コホン…じゃあ、入れ」
「はい」
何処かで聞き慣れた、水すらもよく通り過ぎそうな、けれどもちょっと棒読みな気がするその声はいつも俺の横で丸くなっているあいつに他ならなかった。
それを裏付けるようにゆっくりと教室の扉をくぐり抜けさらさらとしている髪がゆれ、目はジトっとしているがどこから仕入れてきたかわからない俺と同じ学校の制服を着ている。
女子高生が制服を着ると可愛さ3倍アップと言うのも本当のようだ、少しだけだが心が跳ねた。だが重要なことはそんな緩い高校生の感情ではなくあいつの耳!あれは流石にヤバイとしか言えない。コスプレで通るのか!?
そもそもなんであいつはここに?
少しながら動揺はするものの冷静な振りをした。
「まぁ、じゃあ自己紹介をだな」
「はい……猫屋敷奏音といいます」
「猫屋敷は親が海外で仕事をしておりこの頃日本に来たそうだ、帰国子女というやつかな」
「そんなにたいしたものではありません」
「そう謙遜するな、見た目も可愛いし何よりおとしやかだ、がはは」
あんたと並ぶとより、な。
「皆、よろしくお願いします」
ひゅー!よろしくー!とクラスがざわめいた。
「えー、こほん、では……」
「ん?」
「どうしたの猫屋敷さん?」
「ピーピーうるさいヒヨコたちにあいさつしてやろうかな......クンッ!」
あ、あれは、中指と人差し指を揃えてクンッ!と天に向かって突き出し、自分を軸とした広範囲を微塵もなく破壊させるあの人の技!
「え?猫屋敷…さん…」
馬鹿かてめぇは…。
あいさつ代わりにこの技を披露し、一瞬にして教室は凍土と化した。
「ハゲの人が言ってた…」
全員唖然としている中、嵐山の熟女があー、あいつか、かませ犬のと言い何とか空気が解凍された。数秒後には皆何もなかったかのように元に戻った。
高校生の流す力…恐るべし!
てかそんなことより皆何で突っ込まないんだよ、耳!耳!!
軽い会釈とともに首を少し曲げる。ドキッとする仕草を分かっているのだろうか。
「男子ィ!初日から食いにかかるなよ」
こいつが本当に教師なのか、はたまたそこらにいる破落戸のボスなのか本当に迷うことがある。
「――凄く可愛いねぇ!ねぇ?吹雪!」
「ん?あ、ああ…」
呆然としている俺に話しかけてきたこいつは関城萌。目は大きくふわっとしている感じで金髪のさらさらな髪を腰の辺りまで落としている、肩幅も狭く背も低いため話すとき上目使いになりやたらドキドキする。まぁ入学当初から仲がいいのもあるが今は横の席だ。近所付き合いは大切である。
何も知らなければそうだなとか軽く同意出来るのものなんだけどなぁ。
「どーしたの?」
俺以外には耳が見えていないのか…見えてるんなら誰かなんか言うよな、なら学校では関わらないでいいや。
「いや、おとなしそうだな、と思って」
ナッパの真似をする女子高生はおとなしくないと思うぞ。
「だねー、後で話しかけてみようよ!ね!」
「いやー、その…なんというか」
「もうー恥ずかしいの?シャイだなぁ」
「いや…そんなのではなくて」
「僕も一緒だから!」
「ん…そーいや、お前男だったな」
「えぇ!?また忘れたの!?何回も言ったのに!」
「お前が悪い」
「何でぇ!?」
「第一にその髪!伸ばし過ぎだっての、腰まであるじゃん」
普通のむさい男子高校生がやったらトイレで口からお好み焼きの元が大量生産されるわけだが、こいつの場合はトイレで大量の命の元がふぅ…という声とともに尽き果てることになるかも知れない、それほど女の子に見える、背も低いためショタコン、いやこの容姿ならロリコンもか、そんな特殊な性癖をお持ちの方が居たら涎を垂らしながら近づいて来るだろう。
「むぅー」
「今時そこまで伸ばしてる女子もそういないだろ」
「髪については、前も理由話したよー忘れたの?」
「それは覚えてる」
確かあれは学校で喋るようになって少ししたときに尋ねたことだ、なぜそこまで髪を伸ばしているのかと、まぁ個人のファッションや趣味の範囲かもしれないから深く考えた質問では無かった。
萌は小学生のころ、父親に会社のパーティへ連れて行って貰ったときに酒の入った親が一発芸としてかつらを脱いだらしい、親が剥げておりなおかつかつらを愛用していたとは萌は知らず、そうとうなショックを受けたらしい。俺でも受ける、正直キツイ。それから髪を出来るだけ伸ばし自分のトラウマから逃げようとしているとのことだ。
「あんまり思い出したくないから言わないでね」
「分かってるよ、しかし話しかけるのならひとりで行け」
「でもでもー」
「その話し方もだ、女子っぽい」
「僕は女の子と遊んだりばっかだったからこんな喋り方がデフォなの!これでも努力してるのにー!」
プンスカと効果音がつきそうに怒るところがまたかわい…いやまだ俺はそちら側に落ちるわけには逝かない。いつの日も正義のために暗黒面に立ちはだかるジェダイでありたいものだ。
際限なくこいつは男の娘である、こいつが失うものは童貞よりも処女が先だろう。あーナンマイダブナンマイダブ。
そういえば、ここ二か月で男子から三回告発されたって言ってたな…こいつのマシュマロみたいなお尻は守るの大変そうだ。
「ぅー、ごめんなさい」
「はぁ…まぁ直せないこともある、ゆっくりできるとこまでやれよ」
「うん!ありがとう、でも僕は本当に吹雪に最初に話しかけて良かったよ、吹雪は優しいし、気楽に話しかけられる」
「そうか?俺はそんな自分に自信がないが」
「そんなことないよ!吹雪はスゴイ!」
そこまで褒められると悪い気はしない。
「そうか、ありがとよ」
「うんっ!へへっ」
カワユス……じゃねぇ!堕ちるだろが!!
昼休みに入り俺は萌と共に昼飯を頂いた、ダリィ…奏音はこちらをチラチラと見ていたが目を合わせないようにしていたし転校生によくある質問やらなんやらで周りを取り囲まれていた。
「猫屋敷さんってどこに住んでるの?」
「さぁ、どこでしょう?ふふふ」
黒魔術でも使いそうな声色で答えている。
キャラ変わってんぞ!?
「――吹雪はさぁ、一学期にあるキャンプ何か役員みたいなのなるのかな?」
耳を澄まして盗み聞きしていると萌が話しかけてきた、盗聴は一時中断だ…って俺は何してんだか。
「あーあったなぁそんなやつ」
「どうせならさ、一緒がいいなぁって」
「まぁ俺も班分けとか部屋割りとかお前とがいいな」
「うん!!!だよねだよね!」
「ああ、そうだな、風呂とかどうなるんだろな」
「ふえっ!?ふふ風呂!?」
だからお前は女なの?男なの?大概にしないと確認してしまいそうな変態さんがここに一人。
「何だよ」
「え?いやー皆とかなぁ?」
「そうだろ、個人の風呂なんか使わせたら金が吹っ飛ぶ」
「だよね、はは」
「嫌なのか?」
「うーん、僕は時間かけて髪の手入れするからなぁ」
あー、そうか、ハゲオヤジか。
「相当時間かけてそうだな」
「うん、すっごく」
「まぁ数日だろ、我慢しろよ」
「意外とその数日で地獄に落ちるんだよっ!?」
剥げるのを地獄と表現するあたり可哀想な奴だ。
「そ、そうなのか」
そうだよ!!と萌が言うと同時に掃除のベルが鳴った。
「あ、そろそろ掃除だ」
「行くかぁ、しかし、飯食うとほんとねみーなぁ」
「だね」
掃除、午後の授業、ホームルームも終わり机にぐったりと倒れているといつの間にか俺の席の前までダリィ…改め奏音が俺の机の前まで来ていた。
「―――吹雪、帰ろう」
「え!?ちょっ…あいつなんで転向生から下の名前で呼ばれてるんだよ!」
「手だすのはえーなー」
「うらやまけしからん!」
周りの人間のヒソヒソとした声がはっきり聞こえてくる、迷惑なことをしやがって!
「あー猫屋敷さん……僕もいいー?」
横の席で帰宅の準備をしていた萌も声をかける、今まで俺は萌と帰宅を途中まで共にしていた。
「うん」
「にしても吹雪、いつのまに猫屋敷さんと仲良くなったんだよぅ」
「え?あー、さっき偶然に!はは、は!」
「ぅー!教えてくれてもよかったのにぃ」
ちょっと無理があったか?
「吹雪、もう行こう」
「あ、ああ!萌も!」
「吹雪まってー!」
俺たちは逃げるように学校を後にした。
「そういえば猫屋敷さんはどこに住んでるの?」
帰路の数分は誰も話し始めずカオスが続いたが萌が会話の口火を切った。
「私は吹雪――」
コンビニでマシュマロを買って歩きながら食べるという行儀の悪いことをしながら奏音が答えようとしたが、
「と同じアパートに住んでるんだ!だ、だから知り合いなんだよ!」
と俺が間に入った。
「えー?でも学校ではさっき偶然にってぇ」
「それは……あれだ!引っ越して来て日が浅いから面識は無かったけど話したらおんなじアパートだったってわけだ」
隙だらけの言い訳だが萌はそこはかとなく純粋だった。
「あーなるほどねっ」
「……そう、私からも質問、えっと」
俺の話に合わせてダリィ…奏音が相づちを打った、意外と対応力がある。
「あ、僕は関城萌、よろしくね!それで何?何でも聞いてね!」
「あなたは吹雪の彼女?」
「ふぇ!?……や、やだなぁ!」
うわー、少し顔赤いってば……ねぇ。
「違うの?」
「僕は男だよぅ」
「私に嘘は通じない」
「本当だってばぁ!信じてよぉ!男だよ、皆疑うもん」
「ほんと?」
「うん」
「それは…ごめんなさい」
「ううん、分かりづらくしてる自分が悪いんだもの」
「なら何で腰まで髪を下しているの?」
んぐっ!あ、あ!僕こっちだから!と焦りながら走り出した。
「じゃあねまた明日ー!」
まだ教えたくはないんだろう、ハゲオヤジ暴露事件を。逃げるように駆け足で行った、またそれが内股でかわ……なにもない。
「ああ、じゃあな」
「さようなら…萌」
「君くらいつけろよ、俺ならまだしも」
「それもそう、萌君、友達一号」
あーそんなこと言っちゃうタイプか。
萌と別れた後、一直線で家まで帰った。
「ただいまー」
「おかえり、ただいま」
「おかえり」
何か恥ずかしい…何故だろう。
「聞きたいことが多いぞ」
「どうぞ」
「まず、お前、どーやって学校に入ったんだよ」
「企業秘密」
「じゃあその制服は」
「企業秘密」
「猫耳と尻尾のことは」
「企業秘密」
「そもそも企業じゃねぇだろが」
「それもそう」
「はぁ」
「じゃあ、耳のことを少し、この耳はあなたしか見えない」
「そーなのか、それを聞いて安心したよ、まぁクラスの人間の対応で何となくわかってたけど…尻尾は?」
「尻尾も見えないけど漫画で尻尾は腰に巻くのが普通だと言っていたから…腰に」
それ言ってたの絶対サイヤ人だろ、昼間といいこいつは…しかしなんとまぁ文字は読めるのね、喋れることに関してももはや聞く意味がなさそうだ。
「てか学校に入学ってどうやったんだよ、しかも海外から来たって」
「そこは、ちょちょいのちょい」
「企業秘密なのな!」
「うん、それに吹雪の親は海外旅行中、吹雪の親は私の親でもある」
「ああ…そうか」
「他には?」
「明日からも学校来るのか?」
「うん」
「どうして?」
「吹雪と一緒にいたいから」
ドキッとする一言を言われ心臓が跳ねる、自慢じゃないが俺は生涯でこんなこと言われたのは初めてだ。
「ひ、ひょうか…か、可愛いとこあるじゃん」
ドギマギして声が裏返ったせいもあり発音がまともにできなかった。
「うん、でも本当はマシュマロ食べたかったから」
前言撤回ィ!!!この糞猫がぁあああ!!
「後私のことは奏音って呼んで家の時はダリィでもいいけど」
「そーですねェ!奏音サァアン!!!」