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壊れない武器が弓だっただけ

作者: ヤク男
掲載日:2026/08/31

『壊れない武器が弓だっただけ』


第一章 「オレに引けない弓はない」

 その日、武器屋には、身長二メートルを優に超える大男がたたずんでいた。

分厚い肩。太い首。丸太のような腕。

どう見ても剣士向きの体格だ。

その男、ガルドは、折れた剣を持っていた。

「またか」

店主が話しかける。

「頑丈がとりえの武器だったんだがな。」

「そう。丈夫そうだったから選んだんだ。」

ガルドは困ったように頭を掻いた。

これで剣は三本目。

その前には斧を二本。

槍を四本。

どれも長くは持たなかった。

別に乱暴に扱っているつもりはない。

普通に振っているだけだ。

ただ、

ガルドは昔から、力が強すぎた。

本人にとっては、それが当たり前だった。

「……弓は?」

「弓?」

親方はしばらく黙った。

そして店の隅に置かれた一本の弓を指差した。

「それでも使ってみろ」

古びた軍用長弓だった。

「木じゃねえ。魔獣の腱を芯に使ってる。普通の人間には重すぎるが……お前なら持てるだろ」

ガルドは弓を手に取った。

「…」

弦をつまむ。

引く。

ギリッ。

親方の目が見開かれた。

ガルドはさらに引く。

ギギギギ……。

矢の長さ分ぐらいまで引く。

弓は――壊れなかった。

「…………」

ガルドは弓を眺めた。

「いいな」

「……」

「これは壊れない」

ガルドは少しだけ笑った。

「これにする」

それが、ガルドが弓使いになった理由だった。

弓術に憧れたわけではない。

遠距離攻撃が得意だったわけでもない。

ただ、弓は壊れにくかった。

三日後。

ガルドは冒険者ギルドにいた。

「武器は弓ですか?」

「ああ」

受付嬢が巨大な弓を見る。

「使い始めて三日だ」

「三日?」

ガルドは頷いた。

「まだ壊れない」

「?」

受付嬢は依頼書を差し出した。

「初心者向けの魔物討伐はいかがでしょう。街道付近にゴブリンの群れが――」

「分かった」

ガルドは依頼書を受け取った。

その背後には、すでに数人の冒険者がいた。

その中の一人が、ガルドの弓を見て笑った。

「おいおい、あんなデカい弓を持ってるぞ」

「引けるのかよ?」

「見せ物じゃないのか?」

ガルドは振り返った。

「引けるぞ」

「オレに引けない弓はない」


そして、街道から少し離れた森。

ガルドたちはゴブリンの群れを発見した。

「十二……いや、十五匹」

同行した冒険者が剣を抜く。

「俺たちが前に出る。弓なら後ろから援護してくれ」

「分かった」

ガルドは矢をつがえる。

距離は三十メートルほど。

狙いを定める。

矢の長さギリギリまで弓を引く。

放つ。

ドゴン!

凄まじい音とともに、背後の木に縫い付けられるゴブリン。

「……」

「……」

「すげえな」

ガルドはつぶやく。

「当たった」

三日間は練習だったので動くものに当てたのは初めてだった。

その後も数匹仕留めた。

ガルドは思った。

(弓なら足が遅くても関係ない)


街に戻ったガルドは、報酬を受け取ってギルドを出る。

その背中を、一人の少年が見ていた。

年は十六、七歳。

煤で汚れた服。

腰には工具。

手には小さな弓。

少年は、ガルドが担いでいる弓をじっと見つめている。

少年の名はリュート。

リュートは呟いた。

「魔獣の腱を使ってるのか?」

近づく。

弓を見る。

ガルドが振り返る。

「何だ?」

「その弓、見せてくれ」

「いいぞ」

リュートは弓を受け取る。

「……重っ」

「そうか?」

「お前、これ持って歩いてるのか?」

「ああ」

「引ける?」

「引ける」

「どれくらい?」

ガルドは少し考えた。

「壊れるまで」

「……」

リュートの目が輝いた。

「面白い」

「何が?」

「俺なら、もっと強い弓を作れる」

ガルドはリュートを見る。

少年は弓職人だった。

しかも、

弓を見る目が、普通ではない。

「名前は?」

「リュート」

「ガルドだ」

「ガルド」

リュートは笑った。

「お前、もっと強い弓、欲しくないか?」

ガルドは少し考える。

「欲しい」

「じゃあ」

リュートは手を差し出した。

「一緒に作ろうぜ」

ガルドはその手を見る。

そして握った。

「分かった」

こうして、

怪力しか取り柄のない弓使いと、弓を極めようとする若き職人。

二人の旅が始まった。


第二章 「最初の弓」

リュートは、工房で育った。

工房で育った彼は、弓に使える素材について、かなりの知識を持っていた。

 黒樫。

 鉄樺。

 巨獣の腱。

 ワイバーンの翼膜。

 魔獣の角。

 ミスリル。

 竜骨。

それぞれの硬さ。

しなり。

耐久性。

リュートは知っている。

ただし、

知っていることと、使えることは別だった。

「ワイバーンの腱が欲しい」

リュートが言う。

ガルドは頷く。

「どこにある?」

「市場にある」

「なら買えばいい」

「……一本で金貨十枚」

「高いな」

「そういうこと」

竜の骨なら、もっと高い。

ミスリルなんて、職人が気軽に買えるものではない。

ましてや神獣や古代魔獣の素材など、王都の大商会でも滅多に扱わない。

リュートには知識があった。

だが金がなかった。

「だから最初は普通の素材で作る」

リュートは工房の棚から木材を取り出した。

「これは?」

「黒樫。珍しくない」

「強いのか?」

「弓材としては上等。でも特別じゃない」

次に腱。

「これも普通の魔獣の腱」

そして鉄。

「これも普通」

ガルドが三つを見る。

「これで作れるのか?」

「作れる」

リュートは胸を張った。

「素材の性能がそのまま武器の性能になるわけじゃない」

リュートは知っていた。

高価な素材を使えば、良い弓は作れる。

しかし、それでは職人として面白くない。

限られた素材から、どこまで性能を引き出せるか。

そこに彼の技術がある。

木材の繊維方向を選ぶ。

腱を一本ずつ処理する。

鉄を薄く加工する。

異なる素材を重ねる。

接着剤にも工夫をする。

そして何より、

ガルドの身体に合わせる。

「普通の弓を強くするんじゃない」

リュートは設計図を広げる。

「お前専用に作る」

「俺専用?」

「そう」

ガルドの腕の長さを測る。

肩幅を測る。

手の大きさを測る。

引き絞れる距離を測る。

「お前は普通の人間より腕が長い」

「そうだな」

「だから弓も長くする」

「なるほど」

「お前は普通の人間より力が強い」

「ああ」

「だから普通の弓じゃ駄目だ」

「なるほど」


数日後。

完成した弓を見て、リュートは満足そうだった。

 黒樫。

 普通の魔獣の腱。

 普通の鉄。

どれも高級素材ではない。

だが、組み合わせと構造は普通ではない。

「引いてみろ」

ガルドが弓を持つ。

引く。

ギギギ……

さらに。

ギィィィ……

完全に引き絞る。

弓は耐えた。

リュートは拳を握る。

「……やった」

ガルドは弓を眺める。

「壊れない」

「ああ」

「前よりいい」

「当然だ」

リュートは笑う。

「俺が作ったんだからな」

試射。

標的は百メートル先。

ガルドが狙う。

放つ。

ズドンッ!!

矢は標的の中心を外れて地面へ。

ガルドは首を傾げる。

「外した」

リュートは標的を見る。

「……そうだな」

そして地面を見る。

巨大な穴。

「でも、弓は無傷だ」

「矢は?」

「粉々」

「そうか」

リュートは拾った矢の破片を見つめた。

そして笑った。

「次は矢だ」

その夜。

リュートは帳簿を開いた。

現在の所持金。

少ない。

高級素材を買う余裕などない。

だが、必要な素材の名前はすべて頭に入っている。

しかし、どれも高価で、入手困難。

だからこそ、

「自分で取りに行けばいい」

リュートは呟いた。

翌朝。

「ガルド」

「何だ?」

「旅に出よう」

「……素材か?」

「そう」

ガルドは頷く。

「分かった」

リュートは笑った。

「話が早くて助かるよ」

そして二人は旅立つ。

最初の弓は、ありふれた素材で作られた。

だが、それでも普通の弓とは比べものにならなかった。

次に二人が手に入れる素材が、どれほどの弓を生み出すのか。

それはまだ、誰にも分からない。


第三章「最初の素材」

ガルドとリュートが旅に出て、一週間。

二人はまだ、冒険者としては無名だった。

稼ぎも少ない。

宿代を払い、食事をすれば、残るのはわずかな銀貨。

それでもリュートは満足していた。

「見つけた」

森の中。

リュートがしゃがみ込み、地面から一本の細い枝を拾い上げる。

「これ、黒樫だ」

「強いのか?」

「弓に使える。しかも若木じゃない。かなり質がいい」

「売れるか?」

「そのままなら銀貨数枚。でも加工すれば――」

 リュートは枝を眺める。

「ガルドの弓の材料になる」

「じゃあ持って帰ろう」

次は、森に生息する魔獣から弓に使える素材を集める。

高級素材は買えない。

ならば、自分たちで手に入れる。

「この魔獣の腱は使える」

「こいつの角は?」

「矢尻にできる」

「牙は?」

「加工できるけど、今はいらない」

「これは?」

「売ろう」

「分かった」

ガルドが魔獣を仕留める。

リュートが素材を選別する。

使えるものは持ち帰る。

使わないものは売る。

無駄がない。

その日、二人は銀貨十二枚を稼いだ。

「悪くない」

リュートが財布を確認する。

「これで宿代を引いて……銀貨六枚」

「増えたな」

「ほんの少しな」


第四章 「もっと強く」

リュートは弓の設計図を広げている。

「今の弓は、まだガルドの力を全部受け止められていない」

「そうか?」

「そうだ」

リュートは弓を分解する。

「弓そのものはかなり良くなった」

「でも、もっともっと強くする」

「引けるよな?」

「オレに引けない弓はない」

「よし!」

翌朝、リュートは新しい弓を作っていた。

材料はまだ高級品ではない。

黒樫。

普通の魔獣の腱。

鉄。

そして二人が集めてきた素材。

リュートは木材を削る。

腱を加工する。

何層にも重ねる。

弓の形を調整する。

さらに、以前よりも長くする。

「長すぎないか?」

ガルドが聞く。

「お前にはこれくらい必要」

「そうか」

「腕が長いんだから、使える弓も長くする」

リュートは弓の両端を確認する。

「普通の人間なら扱いづらい」

「俺なら?」

「扱える」

リュートは笑った。

「だから作るんだ」

数日後。

新しい弓が完成した。

以前より長い。

以前より重い。

そして、以前より強い。

リュートは矢を一本差し出した。

「まず撃ってみろ」

ガルドが弓を構える。

引く。

ギギギギ……

弓は軋む。

しかし、耐える。

標的は百メートル先の岩。

「撃て」

リュートが言った。

ガルドは放つ。

ズドォォォン!!

矢が岩に当たる。

そして、

ドゴォォォォン!!

大きな岩がバラバラになる。

ガルドは弓を見る。

「……強くなったな」

リュートは満足そうに頷いた。

だが地面を見ると、矢は完全に砕けている。

リュートは拾い上げる。

「やっぱり矢が問題だ」

「作るのか?」

「もちろん」

「材料は?」

「今あるもので試す」

リュートは砕けた矢を見つめる。

「まだ金は足りない。高級素材も買えない」

そして、工房へ戻る。

「だから今は――」

リュートは笑った。

「普通の素材で、どこまでやれるか試す」

ガルドも頷く。

「オレに引けない弓はない」

「いや、今は矢の話をしてるんだけど」

「そうか」

「……まあいいや」

 二人の旅は、まだ始まったばかりだった。


第五章 隣国襲来

王都に、鐘が鳴り響いた。

朝から何度も。

街の人々が何事かと通りへ出る。

やがて、兵士が叫んだ。

「隣国軍が国境を越えた!」

ざわめきが広がる。

隣国は、この大陸でも有数の経済大国だった。

豊かな鉱山。

大規模な工房。

巨大な造船所。

そして、それらによって生み出された大量の兵器。

今回の侵攻軍にも、それが惜しげもなく投入されていた。

大型投石機。

巨大弩。

攻城塔。

そして、

「船が来るぞ!」

王都から少し離れた港町。

海の向こうに、黒い影が並んでいた。

大型軍船。

一隻や二隻ではない。

何十隻もの船が、隊列を組んで迫ってくる。

「……多いな」

ガルドが呟く。

隣でリュートが望遠鏡を覗く。

「多いなんてもんじゃない」

「勝てるか?」

「普通にやったら無理だろうな」

港町では志願兵が集められていた。

二人もその列に加わる。

「俺たちが何か役に立てる?」

受付の兵士がガルドを見る。

巨大な弓を背負っている。

「……弓兵か?」

「ああ」

「なら城壁へ」

リュートも同行する。

「お前は?」

「弓の職人です」

「なら弓兵の補助を」

「分かりました」

敵軍は強かった。

最初の攻撃で、巨大な石が飛んできた。

ドォン!!

 城壁が揺れる。

「投石機だ!」

「射程が長すぎる!」

こちらの弓兵が射返す。

しかし届かない。

リュートがガルドを見る。

「届く?」

「たぶん」

ガルドが弓を構えた。

城壁の兵士たちが振り返る。

「おい、あれは何だ?」

「弓……なのか?」

ガルドが弓を引く。

ギギギギ……。

弓が大きくしなる。

そして、

ズドォォォン!!

矢が飛んだ。

一直線。

だが、投石機の中心から少し外れた。

「外した!」

兵士が叫ぶ。

次の瞬間。

ドゴォォォン!!

投石機の横の地面が吹き飛んだ。

巨大な木製兵器が横転する。

「…………」

「…………」

ガルドが呟く。

「外れた」

リュートは頭を抱えた。

「まあ……壊れたからいいけど」

敵船がさらに近づく。

巨大な船体。

厚い装甲。

甲板には兵士と大型弩。

「ガルド」

「何だ?」

「船の帆柱」

リュートが指差す。

「あれを狙って」

「分かった」

ガルドが狙う。

風が強い。

リュートが風を見る。

「少し左」

「分かった」

放つ。

ズドンッ!!

そして、

ドゴォォォン!!

矢は帆柱ではなく船体に命中。

船体に大穴が開いた。

海水が流れ込む。

「……」

リュートが呟く。

「もう少し狙いを右にしてくれれば、完璧だったんだけど」

「難しいな」

だが敵船は傾き始めている。

周囲の兵士たちから歓声が上がった。

それから数時間。

ガルドは撃ち続けた。

投石機。

攻城塔。

大型弩。

船。

城壁へ近づく大型兵器。

普通の弓兵が狙うには大きすぎる目標を、片っ端から破壊していく。

命中精度は普通だった。

だが、外れても近くに落ちれば十分だった。

「矢を!」

「持ってきた!」

ガルドの背後には、空になった矢筒がいくつも転がっている。

リュートが次々に矢を渡す。

「まだ撃てる?」

「ああ」

「矢は?」

「まだある」

「よし!」

敵軍の進撃が止まった。

やがて夕方。

隣国軍は撤退を開始した。

海上では、破壊された船が沈みかけている。

投石機も何台も破壊されていた。

城壁の上。

ガルドは静かに弓を担いだ。

「終わったな」

リュートが言う。

「ああ」

「……疲れた?」

「少し」

「俺はものすごく疲れたよ」

リュートはその場に座り込んだ。

「でも、」

「いいデータが取れた」

リュートの目が輝いていた。


第六章 褒美

翌日。

二人は王城に呼び出された。

大広間。

国王が玉座に座っている。

その前に、ガルドとリュート。

「此度の戦いにおいて、そなたらの働きは大きかった」

国王が言う。

「敵の大型兵器を多数破壊したガルド。そして、その弓を作ったリュート」

二人は黙って聞いている。

「王国を救った功績に報い、褒美を与えよう」

国王が笑う。

「望みは何だ?」

ガルドとリュートが顔を見合わせる。

ほんの一瞬。

そして二人は、

「弓の素材を!」

声が完全に重なった。

大広間が静まり返る。

「…………」

国王が瞬きをする。

「……金ではなく?」

「素材を」

「爵位でもなく、土地でもなく、宝石でもなく?」

「はい」

「では、何の素材だ?」

リュートが前に出る。

「敵軍が置いていった兵器の材料を」

「……兵器?」

「はい。特に大型弩に使われている木材。弦の素材。それから装甲板に使われていた金属。可能なら…」

リュートは一息つく。

「国庫の希少素材も」

国王はしばらくリュートを見つめた。

「……そなた、本当に職人なのだな」

「はい!」

即答だった。

ガルドも頷く。

「俺も素材が欲しい」

「そなたまでか」

「弓を作るから」

国王は笑い出した。

「よかろう。好きなだけ持っていくがいい」

リュートの目が輝く。

「本当ですか!?」

「ただし、国庫にある希少素材には限りがある」

「十分です!」

国王は側近に命じる。

「二人に使用許可を与えよ」

「ありがとうございます!」

その日の午後。

二人が城を出ようとすると、別の兵士が駆け寄ってきた。

「リュート殿!」

「はい?」

「王立兵器工房からです」

紙を渡される。

「戦場で使われた弓の改良を頼みたいそうです」

リュートが目を通す。

「……仕事の依頼?」

「はい」

さらに別の兵士。

「こちらも」

さらに一枚。

「これもお願いします!」

さらに。

「狩猟用の弓を!」

「こちらは大型弩の改良を!」

気がつけば、リュートの腕には依頼書が山のように積まれていた。

「ちょ、ちょっと待って!」

リュートが叫ぶ。

「俺、一人しかいないんだけど!」

ガルドが横から依頼書を覗く。

「仕事が増えたな」

「増えすぎだ!」

「金は?」

「……ある程度は稼げそう」

「ならいいな」

「よくない!」

そして数日後。

王都の一角に、小さな工房ができた。


第七章 「工房」

戦争が終わってから、三か月。

二人の生活は、大きく変わった。

金はある。

素材もある。

そして何より、

立派な工房がある。

「……広いな」

ガルドが工房の中央に立つ。

天井は高く、奥には炉。

木材を加工する作業台。

金属を加工する設備。

素材を乾燥させる棚。

そして大量の弓と矢を保管できる倉庫まで備えられている。

リュートは工房を見回した。

「夢みたいだ」

「そうか?」

「前は、宿の裏で弓を削ってたんだぞ」

「そうだったな」

「それが今はこれだ」

リュートは笑った。

「やっと本格的に弓が作れる」

まず始めたのは、弓矢の量産だった。

王国からの依頼が多かった。

戦争で消耗した武器を補充しなければならない。

リュートは設計図を作り、材料を選び、作業工程を決めていく。

納品はガルドがした。

荷車は必要なかった。

量産品の製造が落ち着くと、リュートは一人で奥の作業場にこもるようになった。

今度は、

ガルド専用弓。

これまで集めた素材を並べる。

黒樫。

魔獣の腱。

ワイバーンの素材。

戦場から回収した特殊な金属。

その他、これまでなら手が届かなかった素材。

リュートは一つ一つを確認する。

「これなら……」

以前の弓より長くする。

ガルドの腕の長さに合わせる。

引き絞ったときの負荷を計算する。

弦も新しくする。

矢も変える。

重さ。

長さ。

重心。

羽根。

全てを調整する。

そして、

「できた」

ガルドが振り返る。

「もう完成したのか?」

「三週間かかった」

「早いな」

「三週間もかかったんだよ」

リュートは完成した弓を持ち上げる。

「これは今までとは違う」

ガルドが受け取る。

長い。

重い。

だが、手にはよく馴染む。

「引いていいか?」

「いや」

「なぜ?」

「今日はもう遅い」

「そうか」

「明日だ」


第八章 「また作り直し?」

翌朝。

街の外に巨大な標的が設置されていた。

そのさらに向こうには、岩壁。

ガルドは新しい弓を構えた。

リュートは少し離れて立つ。

「ゆっくり引いて」

ガルドが弦を引く。

ギィィィ……。

さらに引く。

ギギギ……。

弓は大きくしなる。

それでも耐える。

リュートの目が輝く。

「……すごい」

ガルドはさらに引いた。

完全に引き絞る。

弓は限界まで力を蓄えている。

「どうだ?」

「完璧だ」

リュートは笑った。

「撃て!」

ガルドが放つ。

ズドォォォォン!!

矢が飛ぶ。

一直線。

巨大な標的へ。

そして、

ドゴォォォォン!!

標的が吹き飛んだ。

その後ろの岩壁まで砕ける。

土煙が舞う。

しばらくして、静かになる。

ガルドは弓を見る。

「壊れてない」

リュートも弓を見る。

弓は無傷。

弦も無傷。

「……成功だ」

リュートは笑った。

「今までで最高の弓だ」

ガルドは満足そうに頷いた。

「いい弓だ」

「だろ?」

二人はしばらく黙っていた。

ありふれた素材から始まった。

魔獣を狩り。

素材を集め。

金を貯め。

戦争を経験し。

工房を手に入れ。

何本もの試作品を作った。

その集大成。

「……これでしばらくは大丈夫だな」

リュートが言う。

「ああ」

ガルドは弓を肩に担いだ。

「ただ」

「ん?」

「少し変な感じがする」

「どこが?」

「弓が」

「……?」

リュートはガルドを見る。

そして気づいた。

「…………」

「どうした?」

「ガルド」

「何だ?」

「お前……」

リュートは測定用の道具を取り出した。

 肩。

 腕。

 手。

 身長。

一つずつ測る。

「…………」

測り直す。

「…………」

さらにもう一度。

ガルドが尋ねる。

「どうした?」

リュートは以前の記録を取り出した。

比べる。

明らかに違う。

「……伸びてる」

「どれくらい?」

「身長が四センチ」

「そうか」

「腕も」

「そうか」

「肩幅も」

「そうか」

ガルドは特に気にしていない。

だがリュートは違った。

ゆっくりと、新品の弓を見る。

その設計図を見る。

そしてガルドを見る。

「…………」

「リュート?」

リュートは頭を抱えた。

「お前……」

「何だ?」

「まだ成長期なのか?」

「たぶん」

「たぶんって……」

リュートは天井を見上げる。

この弓を作るために、三週間。

素材を選び。

設計し。

加工し。

調整した。

そして完成した。

ガルドに合わせた弓。

最高傑作だった。

リュートは弓を見る。

ガルドを見る。

また弓を見る。

「…………」

「どうする?」

ガルドが聞く。

リュートは深いため息をついた。

「……また作り直し?」

ガルドは少し考えた。

「そうなるな」

「お前なぁ!」

工房にリュートの叫び声が響く。

ガルドは笑う。

そして壁に並んだ弓を見る。

最初の一本。

旅の途中で作った二本目。

そして今日の弓。

その隣に、リュートが新しい設計図を広げる。

「今度はもっと長くする」

リュートが言う。

「もっと強く」

ガルドが答える。

「もっと丈夫に」

「矢も改良する」

「分かった」

二人は顔を見合わせる。

リュートが笑った。

「じゃあ、まず素材を」

ガルドが言う。

「オレに引けない弓はない」

二人の弓作りは、まだ終わらない。


ー完ー



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