表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第二章 ワンスアポンアサマータイム ⑥

第二章⑤

夏期補習二週目。オレが好きな〝ウミユリ〟というバンドの曲『ブルーサバーバンスカイ』が挿入曲となっている映画『夏草のいざない』は、なんとアヤがパッドに入れて持ち歩くほど好きな作品だということがわかる。

 あくる朝、オレはポテチがいつもバイクを停める場所から教室に向かうあいだに、昨日あったことを打ち明けた。

「女のことに詳しいオマエと見込んで、ちょっとききたいんだけど… 」

 ポテチはいつものように、長閑な郊外のスコンと抜けた朝の青空のような清々しい笑顔でこっちを見る。

「なによ、やぶからぼうに」

「ウチのバーサンが、角で小さなタバコ屋をやってるのを知ってるだろ?」

「ああ、母屋のね」

「今朝、ウチのオフクロからきいたんだけどさ、昨日の昼ごろにカエデのお父さんがタバコを買いにきたんだって」

「へえ」

「自転車に乗って、こんにちはーなんて感じで」

「近くなんだもんな?」

「アイツのウチは獄門寺(ごくもんじ)だよ。高校のときに引っ越したらしいんだ」

「獄門寺? 獄門寺からユウヒのところまで自転車できたの?」

 オレは頷いた。獄門寺からこのあたりまでは自転車で三、四十分は軽くかかる。

「獄門寺のコンビニにはタバコを置いてないのかなあ」

 オレは、ポテチのそんなボケを期待したわけじゃない。

 獄門寺は隣町八川(はちかわ)の、そのまた向こうの町なのだ。しかも八川駅は複数の路線が乗り入れている、このへんの主要駅だ。乗降客の多さから駅前などは当然ながら大繁華街になる。タバコを置いている店がないはずはない。

「いくらタバコ屋が少ないといったって八川みたいな大繁華街を素通りして、わざわざタバコを買いにこんな遠くまでくるかってことだよ」

 ポテチは意味ありげな含み笑いを浮かべるのだ。

「ユウヒのウチだって知っててきたのかな?」

「だから、同級生の照山の父ですって自己紹介したらしい。どう思うよ?」

「確信犯だな」

「なんの?」

「将来、婿になる男の家を見にきたんだろ」

「冗談はともかく、カエデが家族にオレのことをなにかいったってことだろうけど… 」

「結婚したいとか?」

 オレは膝が抜けそうになった。

「そういうことになるのかなあ」

「冗談、冗談」と、ポテチはまるで他人ごとの明るさだった。

「ウマやカエデ本人にも内緒にしといてくれよ」

「了解!」

 嫌がらせのような、これみよがしの大声で返事をした。

 ところが、この男は教室に入るなり、カラ研の連中が屯しているなかに混じってなにかいってるのだ!

 そこへカエデがやってきて、その話をきいて顔色が変わる様子が遠巻きに見てとれた。オレは後悔した。やっぱりポテチなんかに打ち明けるのではなかった、と。

 カエデがこっちを振り返るので、オレはにこやかに手を挙げた。いつもどおりを装っているつもりだった。しかし、それが彼女にとって茶化しているように見えたのかもしれない。その日は休憩時間になっても、彼女はオレの席に近寄ろうとしなかった。それどころか、姿さえ見えなかった。

 オレはポテチにきいた。

「おい、今朝の話を彼女たちにいっただろ?」

「大丈夫、大丈夫。内緒にしといてねっていっといたから」

「どこまでが内緒なんだよ。本人だって知ってるんじゃないのか?」

「さっき、怒ってお父さんに電話してたよ」

「なんてことしてくれたんだよ。オレがペラペラとなんでも喋るみたいじゃないか」

「いやあ、ユウヒは奥手だからオレがアシストしないとカノジョがつくれないだろ?」

「オレのためにやったっていうのか!」

 悪びれることもなく、涼しげな顔をしているのだ。勝手なヤツだ。

「ポテチ、オレにもいちおう好みがあるんだけど」

「えっ、カエデちゃんは趣味じゃない?」

 ポテチは、ここで初めて焦った顔をした。

「だって、いい感じじゃないか。いつも夫婦漫才みたいで」

「そりゃ、同級生だからだよ。カノジョのタイプじゃない」

「早くいえよ! どうするんだよ、もう暗黙のカップルだぜ」

 それはこっちのセリフだ。オレは頭を抱えた。

「だれがいいの? だれ? だれ?」

「もう、オマエにはなにもいわない!」

 

 昼に食堂にいけば、ポテチはオレを避けるように、もうカラ研の連中のテーブルにいっているのだ。

「なにか、あったの?」と、ウマが不思議そうにポテチとオレを見くらべている。

「なにもない!」

「やっぱり、なにかあったんだ」

 オレの様子から、ウマは彼なりに察するところがあったのだろう。せっかく楽しい夏休みになったと思っていたのに、まさかこんなことになろうとは…

 そのときだった。ウマが、にこやかに手を挙げた。オレが振り返ろうとすると、隣にカエデが座った。

「・・・ 」

 オレはいつもカエデに対して、どんな反応だったかわからず黙っていた。向こうのテーブルの連中が固唾をのんで、こっちを見ている。

「秋野クン」

 カエデはひとの顔も見ずに呼びかけた。

「はっ」

 オレはいつもカエデに対して、こんな反応であるはずがなかった。

「せっかくなんだけど、どう考えてもあまりいい返事ができそうにないの」

「は?」

「秋野クンとは中学からの同級生だし、いいお友だちでいたいから」

「はあ」

「ことわっていい? いままでどおりのお友だちでってことで」

「はあ?」

 カエデがなにをいっているのか、オレはまるで要領をえていなかった。

「いいでしょ? がっかりしないでね」

「ちょっと、待てよ」

「秋野クンの気持ちは嬉しいけど、どうもそんな気になれないのよ。ねっ?」

「なにをいってるんだよ。なんの話だか知らないけど、オレがまるでキミに交際を申し込んでるみたいじゃないか」

「エッ?」

 今度はカエデが怪訝な顔つきをするのだ。

「だって、秋野クンがアタシと交際したがってるって、ポテチクンが… 」

「なーにぃ!?」

 オレは向こうのテーブルにいるはずのポテチを探した。もう、いないのだ。「おかわりシスターズ」とアヤの目がオレに集中しているだけだ。

 

 ――あの野郎…


「ポテチは、なんていったんだよ!」

 カエデは、ぽかんとしてオレを見ていた。

「ウチのお父さんが秋野クンちにいったんでしょ?」

「そうらしいな」

 すると、ウマが面白そうに口をはさんだ。

「カエデちゃんのお父さんがユウヒの家にいったの? なにしに?」

 カエデが困ったような顔をしているので、「オマエは黙ってろ」とウマを窘めた。彼は両掌をこちらに向けて「わかった」というしぐさをして見せた。

 カエデの話は続く。

「お父さんはね、アタシが中学の同級生に会ったって話をしたら、昔住んでたあのへんに、そういえばそんな商店があったな、と思って気の向くままいってみただけなんだっていうのよ。アタシが秋野クンに好意を持っていて、それをお父さんにいったと思ったんでしょ?」

「いや、そこまではいってないけど、どう思うかってポテチにきいたんだよ」

「ポテチクンは、秋野クンも好意を持ってるらしいよって。アイツはシャイだから、代わりにメッセンジャーになってやらないと、なんていうのよ」

 ポテチのいっていたことと大筋でまちがいはないようだ。

「よけいなことを… オレにだって選ぶ権利があるんだ」

「なんですって!」

 とたんにカエデは爆発した。

「エッ、エッ?」

 オレは思わず本音を口走ったらしい。

「アタシにだってあるわよ! だいたい、アンタはねえ…」と、カエデはオレに掴みかかってきた。防戦一方のオレに、いつのまにか、どこから出てきたのか知らないが、ポテチとウマが間に入って止めている。カラ研の連中もカエデを抑えて宥めている。

 ポテチが騒動の発端になったことを詫びて、なんとかその場はやり過ごせたが、おかげでオレは顔にミミズ腫れをつくって、その後の配達ではマスクをした怪しい人物でやらなければならなくなった。

「貸しだからな」とポテチに恨めしそうにいえば、彼は「オトコの勲章だ」と悪気なく笑っているだけなのだ。


 その翌日、キズバンだらけの顔で教室にいけば、「おかわりシスターズ」がひとの顔を見てクスクス笑っている。

「なんか、オマエらふたりが痴話ゲンカをしたくらいの話になってるぜ」

 ポテチは澄ました顔で、まったくの他人ごとなのだ。

「オマエのおかげで傷だらけの青春だよ」

 そこへカエデが教室に入ってきた。もう一件落着ということになっているのだが、なにか後味の悪さみたいなものがあって、まともに顔を合わせられなかった。ポテチも速やかに自分の席に戻っていった。

 出席をとっているときに蔦葉はオレの名まえを呼んだあと、顔を見て眉をひそめた。

「秋野、その顔どうした?」

「いや、ちょっと… 」

「ムシにでも刺されたか?」

「ムシじゃあないんですけど―― 」

 教育学科の領域で、「おかわりシスターズ」が肩を震わせているのが見えた。くそお、笑ってやがるな…と癪にさわった。

「時季はずれの盛りがついたメスネコにひっかかれて… 」

 教室中が笑いに包まれた。蔦葉は奇妙な顔をした。

「ネコにひっかかれたのか?」

 そのとき、だれかがドンと机を叩いた。蔦葉はカエデの方に顔を向けた。

「どうした、照山?」

「いま、机の上にムシがいたので」

 どうやら机を叩いたのはカエデらしい。

「刺されないように気をつけろよ」と蔦葉は気遣ったが、本当はなにもかも知っているのかもしれない。

 

 途中の休憩時間にカエデがオレのところにやってきた。オレは反射的に顔面を腕でガードした。

「秋野クン、昨日はごめんなさい―― なによ、その手は?」

「もう、勘弁してくれ」

「ひどい顔ねえ」

「こういう顔にしたのはだれだよ?」

「そもそもウチのお父さんが突然、秋野クンのウチになんかいくのがまちがいのもとだったのよね。激怒しといたから」

 カエデはもう、けろっとしたものなのだ。こういうさっぱりした性格は嫌いじゃない。これがカエデじゃなければ、オレも素直に好意を持っているといえたかもしれない。

「まさか、お父さんもこんな顔にしたんじゃないだろうな?」

 カエデは破顔して「いくらなんでも実の父ですよ。しかも、お父さんは中学の校長先生なの。そんな顔して街を歩けますか?」という。

「カエデのお父さんは校長先生なの?」

「そう」と頷く。

「それでオマエも先生になるために教育学科に?」

「まあ、そんなところかもね」

「なにを教えるんだよ、古いポップス?」

「古いポップスってなによ。そんな科目ある?」

「だって、古いポップス好きなんだろ?」

 すると、突然彼女はオレの机を思い切り叩くのだ。オレは慌てて、そこから避難した。

「アンタはいつも、ひとこと多いんだよ!」

 さっぱりした性格だと思っていたが、まだ根に持っていたのかもしれない。こういう凶暴性さえなければ、とてもいいコだと思うのだが…


 その日のバイト終わりで、いつものようにオレの部屋にウマとポテチがいた。ポテチは要領が異常によくて、明日の伝票から自分担当のものをさっさと整理すると、こういった。

「そろそろ補習も終わりだな」

「そうだな」と、オレは伝票を見ながら気のない返事をした。

「明後日は最後の考査だろ?」

「イヤなことを思い出させるなよ」

「先週みたいにカノジョに頼めばいいじゃん」とウマ。

「カエデのこと?」ときき返すと、ふたりそろってヘンな笑顔をつくっている。

「オレはあんなパワハラ女、好きじゃないぜ」

「それはわかってるけど、そう思ってないヤツがいっぱいいるぜ、なあ?」

 ポテチとウマは、ニヤニヤしながらお互いを見て何度も頷くのだ。

「オレ、今度からカエデを()()()()って呼ぶことにしようかな」

 オレがそういうと、ウマが笑いながら忠告する。

「ダメダメ。かえって、なんかあったと思われるだけだから」

「オマエらのせいだぞ、オレが結婚できなかったら」

「結婚できなかったら、オレがなんとかしてやる」とポテチが胸を叩くのだ。どうして、そんなに自信満々でいえるのか不思議だ。意味もなくモテるのは自分だけだということを、まだ自覚できてないらしい。

「カエデちゃんでいいじゃないか」

 他人ごとのようにいうウマ。

「そんな運命はいらん」

「そんなことより」とポテチが割り込む。

「当面の問題を解決しようじゃないか」

「当面の問題?」

「修了考査だよ!」

「だから()()()()にきいてみろよ。どこが出るのかって」

 ポテチはオレにモバイルを渡そうとするのだ。思わずオレは拝むようにした。

「ポテチ、頼むよ。オレはあの一件があるからいいづらい」

「あんなに仲がいいのに?」

「うるさいよ。オマエには貸しがあるんだからな」

 ポテチは含み笑いでカエデに連絡を取りはじめた。

「カエデちゃん、いいコじゃないか」と、ウマはまだいっている。

「オマエ、少ししつこいんじゃないのか?」

 ポテチが大声でなにかいっている。

「アヤ? また、そんなこといってるのか? ダメ、ダメ! いまさら… 」

「アヤ」とは、きき捨てならない固有名詞だ。

「おい、どうした? アヤちゃんがどうかしたのか?」

「海にこないっていってるらしいぜ」

「なんでよ?」

「なんでよ?」と、ポテチはオウム返しにモバイルに向かっていう。

「カエデちゃん以外に知らない人ばかりだから、アウェイ感があるらしい」

「このあいだ一緒にカラオケやった仲じゃないか。なんで、そんなアウェイ意識を持つんだよ!」

「イヤなものはしょうがないだろ」とウマは呆れたようにいう。

「だってアヤちゃんがこなけりゃ、カエデ姉妹とそのツレだぜ」

「オネエチャンとそのツレに、なんか期待感があるんだよなあ」とノンキにいうウマ。


 ――冗談じゃない。アヤがいかない海水浴など、ボディランゲージで補習授業するようなものだ。オレもいくのをやめるぞ!


「オマエは能天気すぎる! 世のなか、そう甘くはないぞ」

「そんな大げさなことか?」

 ポテチが笑いながらいうのだ。

「カエデちゃんにもきこえてるぜ」

 ポテチはモバイルをオープンにしていた。

《どうしたの、秋野クン?》

 カエデは半分笑いながらいう。

「どうもこうもないもんだ。じゃあ、伊豆の施設にはオマエ独りでいくのか?」

《だからアヤとふたりで――》

「アヤちゃんはそのまま帰るっていうの?」

《だって、いかないっていうんじゃ帰るしかないでしょ?》

「オマエは冷たい女だな。なんとかしろよ。アザラシが見れるとか、なんとかいって」

《なんで伊豆の海にアザラシがいるのよ》

「見学でいいからきなさいって」

 カエデはモバイルの向こうで笑いを殺しているようだった。

《秋野クン、アヤが好きなの?》

「どうしてそうなるんだよ?」

《アヤに妙にこだわってない?》

「いや別にアヤちゃんでなくても、おかわりシスターズでもいいんだけど、カエデの家族とそのツレみたいになるよりはいいだろ?」

《おかわりシスターズはこられないけど… わかった、なんとか説得してみるわ》

「頼むよ」

 モバイルを切ると、ポテチは目をまんまるにしていうのだ。

「試験のこときいた?」

「えっ… まだ、きいてなかったの!?」


つづく


 

毎週金曜日23時に更新します。

*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ