第二章 ワンスアポンアサマータイム ⑤
第二章④
カエデたち〝カラ研〟の連中とオレたちは中間考査後の週末、亜空間カラオケ大会を楽しんだ――
翌土曜日のこと。
今日は朝からポテチと二人でバイトをやることになっていた。ウマは夕べのカラオケ大会の解散際に「疲れたから明日はいいだろ?」といってきた。疲れているのはみんな一緒だが、頼んでいる手前あんまり無理はいえない。かえって、その方が仕事が捗ると思ったから「勝手にしろ」と返事した。ところがアイツは昨日とんでもないヘマをやっていたことがわかった。
朝、荷物をもらいに集配センターにいったとき、所長に呼び出された。オレが回ったウチではなかったので、最初はなんのことかわからなかった。
要するに客から苦情が入っているというのだ。今度こんなことがあったら辞めてもらうといわれた。
オレがしょげた顔で荷物を持って戻ってくると、ポテチが待っていた。
「どうした? なんかあったの?」
「いや、ウマがさ…」と、オレはことの次第を話した。
所長によると、門扉に付いているポストに「宅配物はドアのまえに置いておくように」という貼り紙あったらしい。ウマはそれを門扉の内側に放り込んだだけで配達済みにしたようなのだ。壊れ物ではなかったので、それだけなら問題にならなかったかもしれない。ただ、昨日は昼過ぎにゲリラ豪雨があり、ドア前なら庇があったものを門扉の内側に置いただけだったので、すっかり濡れてしまったという。今後気をつけてほしいという苦情だった。
「大目に見てくれる客でよかったんだぞと怒られた」
「貼り紙を読まなかったんじゃないの?」とオレの話をきいたポテチはいう。
「オレはそのウチに何回かいったことがあるんだけど、ドアのまえって通りからまる見えなんだよ。いつも盗まれないかなって気にはしてたんだけど、指示どおりにしてたんだ」
「気を利かせたつもりで陰になってる門扉の内側に置いた、と?」
「たぶん、そうだよ。まさか、そのあと大雨になるなんて考えてなかったんだろ」
「モノはなんだったのさ?」
「伝票には進物としか書いてなかったけど、おそらく食品だろうと思う。お中元だよ」
「じゃあ、台無しだ」と笑う。
「通販の注文品とかじゃなかったし、発送元や中身の確認ができたから弁償とまではいかなかったけど、所長にエライ怒られた」
「しょうがないよ、良かれと思ってやったことなんだから」とポテチは気にも留めてなさそうだ。
「そんなことより、やっつけようぜ」
ポテチは、いつもパワフルだし、頼りがいがある。細かいことは気にしない前向きなところがオレには足りないのかもしれない。オレは最初けっこう腹が立っていたのだが、こうして例年より楽に仕事ができるのはコイツらが手伝ってくれているからで、任せたオレの責任だと思うようにした。
夕べは楽しかったが、それを上回る反動がいつもあるような気がする。気を引き締めないといけないと、その都度思うのだ。
こうして土、日は二人で配達を片づけた。荷物破損の件は、ポテチと相談してウマの耳には入れないことにした。
あけて月曜日の朝、教壇に立った蔦葉は中間考査の講評をしていた。
「おしなべて大きなまちがいはないが、最後の英作文はあまりいただけなかったな」
例の《Once upon a time》を使ったミッションのことだ。
「及第点をあげといたが、みんな想像力に欠けるものばかりだぞ。《あるところにお爺さんとお婆さんがいました》とか、テキストそのままで《遥か彼方の銀河系で》とか。そのあとが続いてないんだよ」
ポテチもそう書いたといっていたが、みんな考えることはおなじなのだろう。蔦葉がいわんとしているのは、それでどうした、の部分がないということだ。
「なかには出題を変えてしまったヤツもいる」
《Once upon a time》の《time》を《summertime》にしてしまった、というのだ。まぎれもないオレの答案だ。
「決まり文句を使った文章を書けといってるのに、そうじゃなくしてしまってるんだ。《summertime》にすると意味が変わってくるんだよ」
蔦葉がいうには《summertime》にしてしまうと、《あの夏》もしくは《夏に一度》という意味になるらしい。
「夏の一度って、なんだって話だよ。気温の話かって」
つまらないことを付けくわえて、ホワイトボードにオレの解答例を書いた。
《Once upon a summertime, I met her.》
「文法的にはまちがいではないんだが、こうなると《昔々》ではなくなってしまうな。《あの夏、彼女と会った》って。少なくとも《昔々》よりは最近だ」
オレは、そういうつもりで書いたんだ。綿密にいえば《出会った》と。
「しかも、この意味深の文章も、あとがない。会って、どうしたのかがないんだ」
――あるわけない。そんなもの、書きようがないではないか!
彼女と出会ってしまったって話なのだから。それ以上でも、それ以下でもない。まだ彼女とはなにもしていないし、ろくに話もしたことがない。ただ、見つけたという事実があるだけだ。
「そこでだ」と、蔦葉はホワイトボードをどんと叩く。
「今週末、補習最後の修了考査では、このだれかが勝手に直した例文の続きを問題として出そうと思う」
「エエ~~」という拒否反応を示した声が一斉にあがった。オレも漏れなくそのコーラスに加わった。しかし、蔦葉はオレたちの抵抗をものともせずにいうのだ。
「女性の場合は《I met him》から、その続きの文章を考えろ」
一つ終われば、また一つ始まる。オレは去年、英語の授業をサボったことをあらためて後悔した。でも考えようによっては、ポテチやカエデたちに出会い、そして彼女を発見することになったのだから、そのくらいの代償は当たり前なのかな、と前向きにもなれた。ポテチなら、そうするだろう。
食堂に向かうあいだ、ポテチはいうのだ。
「あの夏、彼女に会った。そして、ボクらはカラオケにいった」
オレも考えた。
「あの夏、彼女に会った。そして、彼女は妊娠した」
ポテチは睨むような表情で、オレの頭をド突くのだ。
「痛いな… 」
まだ金曜日の夜が続いているようだった。カラオケ大会のときも思ったが、ポテチは力の加減ができないのかと思うほど強くド突くのだ。
恨めしげに彼を見上げると、甲高い声で笑いだして、あとを続けた。
「たった一度なのに…そして、オレは一発必中の男になった」
今度はオレがポテチをド突いた。
食堂では、相変わらず面長のウマが待っていた。カエデも先にきていて、今日はウマとおなじテーブルに座っていた。
オレは、もうウマに何件やったかきかないことにしていた。そうすることで気まずくなるような関係ではなかったが、ウマの怠惰が感染るような気がしたのだ。もちろん荷物破損の件などいわない。
カエデはオレたちに気づくと、なにを話していたのか知らないが、笑いながらきく。
「ポテチクンは、なにを歌う予定だったの?」
ポテチは意味がわからず「?」という顔をしている。
「オンマサンはね――」
彼女のいう「オンマサン」とはウマのことだ。カラ研の連中にとって、「ウマクン」はいいづらいらしい。
「〝談合坂4989〟の『月がとても青いから帰り道は遠回りしてみた』を歌うつもりだったんだって。なんかオンマサンと〝談合坂〟って笑えるんだけど」
「だって、あそこのカラオケには昭和の歌しかはいってないんだもん」とウマは口をとんがらせる。
「オレは〝はきものがかり〟の『ちょい古』を歌いたかったな」とポテチ。
「秋野クンは?」
「オレは補習の担当だからってわけじゃないけど、〝ウミユリ〟の『ブルーサバーバンスカイ』だな」
「ああ、そんな曲あったな」とポテチが思い出したように頷いた。
「アレ、なんかの映画で使われた曲だよなあ」とウマもいう。
「そう。SF青春映画『夏草のいざない』の挿入曲」
いまさらのようにカエデはきく。
「なんで蔦葉先生と、その〝ウミユリ〟が関係あるのよ?」
「蔦葉の妹の永遠は〝ウミユリ〟のメンバーだったんだよ」と、ポテチは優しく教えるのだ。きっとカエデは、この男があんな野蛮なド突き方をするとは思っていないだろう。
「蔦葉永遠ってシンガーソングライターでしょ?」とカエデ。
「いまはね。かつては〝ウミユリ〟って、Jポップのバンドのボーカルだったんだよ」
「ワンスアポンアタイムだよ」と、オレはシャレのつもりでいったがシカトされた。
「アタシ、最近の音楽のこと、ぜんぜん知らないから… 」
「有史以前の歌ばかり聴いてるからだよ」
そういったオレの足を隣りに座っていたカエデは、思い切り踏んづけた。
「痛っ…!」
オレがしかめ面をしていると、カエデはあらぬ方向に視線を投げて澄まし顔だ。
「さすがに映画通のユウヒらしい」
ウマが納得するように頷くと、カエデは衝撃的なことをきいてきた。
「秋野クン、映画通なの?」
「昔の映画ならな」
「なんで、そんな古い映画に詳しいのよ?」
「え…?」
オレは戸惑った。
――このくだりは、ついこの間やったばかりじゃなかったか?
しかも、たしかおなじこの場所で、だ。
「ジーサンが映画好きだったから…」
まさか、このあとには「どんなのがあるの?」なんていわないだろうな。
「どんなのが好きなの?」
「・・・ 」
やはり、この女は自分の興味のあること以外にはメモリーを使わない主義らしい。カエデの世にもショッキングな欠点を発見してしまった。
そのタイミングで、まるでサマーブリーズのような爽やかな匂いが漂った。
「カエデ」
オレの心臓はキリで刺されたようにキュッとなった。その声は、まぎれもなくアヤ様だった。彼女は、オレたちに「こんにちはー」と挨拶する。
今日も涼しげで清潔そうなライトブルーのワンピース姿だ。
この前までよそよそしかったのに、さすがにカラオケ大会の効果は絶大だ。ポテチもウマも「よっ」と手を挙げたが、オレは緊張のあまり、なんのリアクションもできなかった。カラオケ大会のときも、ろくに喋れなかったし。
「アヤ~」
カエデは、「おかわりシスターズ」がいる向こうのテーブルへいこうとするアヤを呼びとめた。
「〝ウミユリ〟ってバンド知ってる?」
「聴いたことあるよ」
アヤは木洩れ日のような笑顔でこたえる。
「知ってるんだ?」
驚くようなまなざしのカエデに、オレはひと言いってやった。
「みんな、アンタみたいな懐古趣味だと思ったら大まちがいだ」
「うるさいなあ。映画は懐古趣味のくせに」
すると、アヤはそれを庇うように付けくわえた。
「ちがうの。アタシの好きな映画で曲がかかるシーンがあるのよ」
ウマが、すかさず口をはさんだ。
「それって、もしかしてユウヒのいってた映画じゃないの?」
「『夏草のいざない』?」
オレがタイトルをいうと彼女は相好を崩した。
「そう。知ってるんですか?」
「ボ、ボクもあの映画でかかる曲が好きなんです」
なぜかオレまで敬語になってしまう。アヤは、おもむろにショルダーからタブレットを取り出して、いじりだした。
「ここですよね」といって、タブレットをこっちに見せる。
そこには『夏草のいざない』で〝ウミユリ〟の曲がかかるシーンが映し出されていた。
♪sentimental おおぞら さみしくて 切なくて…
主役のイケメン役者と相手役のアイドル女優が、夏の午後の陽ざしを浴びて河原を歩くシーンだ。こんなPVは観たことがない。おそらく本編だろう。ということは、映画全部をタブレットに保存しているのではないかと想像できた。
オレたちは呆気にとられた。
「えっ… それ、持って歩いてるの?」
「好きなんです、この映画」と、アヤは照れくさそうな仕草をする。
いくら好きでも、持って歩くほどとは畏れいる。カエデに続いて、アヤの特異な趣向性も見てしまった。
オレは追い打ちをかけるように彼女にたしかめた。
「でも、この映画って結末がちょっとショッキングじゃない? なんか全体に暗い感じがするんだけど」
「よくわからないんですけど、アタシ、こういうのが好きなんですよ」
口角を上げるとチャーミングなエクボができる。素敵なコなんだが、趣向がわからない。
「アヤは、単純明快で果てしなく健全なものが嫌いなの。それ、どんな映画なの?」
頬杖のカエデがきくので戸惑ってしまった。
「実はオレも正座して観てたわけじゃないから、ストーリーをよく憶えてないんだ」
「それでよく映画通なんていうわね」
オレは慌てた。
「オレは映画通だなんていったことは金輪際ないぞ。いったのはウマだ。仮に、そうだとしてもだな、好きなものも嫌いなものもある!」
カエデは、まるできく耳を持たないというふうに、今度はアヤにきくのだ。
「ねえ、アヤ。どんな映画?」
カエデはアヤをポテチがいたところに座らせる。ポテチはとっくの昔にカツカレーをたいらげて、いつの間にか向こうのテーブルで「おかわりシスターズ」と談笑していた。オレは、もうドキドキで胸の高鳴りが聴こえてしまうのではないかと思ったくらいだった。
「全部話すと面白くないから大まかにいうとね…」と、アヤは『夏草のいざない』のストーリーを語りだす――
ある男子高校生が、夏休みの部活の帰りに電車で同級生の気になっていた女のコと偶然乗り合わせる。それをきっかけにふたりは頻繁に会うようになるのだが、落ち合う場所が近くにある川原の緑地公園なのだ。そこにはホームレスの居住区もあって、彼らはそのなかの空き家と思われるブルーシート小屋をラヴホテル代わりに使う。
あるとき、いきちがいがあって会えないことがあった。それ以来、彼は女のコに連絡がつかなくなる。男子高校生は彼女への思いを強くするのだが、そのころ彼女は――
「ふたりが待ち合わせした緑地公園のシーンでかかる曲が、〝ウミユリ〟の『ブルーサバーバンスカイ』なのよ」
「いまのところ、SFでも暗くもないみたいだけど?」と、カエデはキョトンとしている。
「数日後に、この川にある取水口の暗渠から大量の人骨が…」と、よけいなことをいおうとするウマの頭をオレはド突いていった。
「その先が恐ろしいんだよ」
「いてえなあ」と、眠そうなまなざしでウマがいう。そんなのを気にせず、オレはアヤに媚びる。
「しかし、この映画が好きだなんて奇遇ですね」
カエデは呆れた顔でウマにいうのだ。
「なにいってんのよ。ストーリーも憶えてないくせに。ねえ?」
「オレは、この曲が好きなんだ。映画はともかくとして」
アヤは、ただほほ笑んでいるだけだった。
つづく
毎週金曜日23時に更新します。
*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。




