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第二章 ワンスアポンアサマータイム ④ 

第二章③

オレはカエデが所属するカラオケ研究愛好会に松尾彩という素敵なコがいるのを見つける。補習ではカエデのおかげで中間考査をなんとか乗り切り、亜空間カラオケ大会の会場へウマやポテチたちと向かう。

 フロアに転がり込んだエルザを見て、オレたちは大笑いをしながらエレベーターを降りた。   

 そこも悪趣味なインテリアだった。エンジに白のマーブル模様の床は鏡のように磨かれて、スケートリンクのように滑らかだった。それよりもフロア全体がまるいホールで、壁面がすべてガラス張りなのだ。照明がヘンに暗くて、外の光だけで照らしているようにも思えた。天井がなければ屋上だ。

 フロアの真ん中に毛足の長いラグマットが敷かれていて、その中央に置かれた黒光りをしたソファにカエデたちはいた。エレベーターの階床ボタン《R》で示したラウンジそのものだ。

 エルザの登場の仕方に彼女たちは唖然としている。エルザはうつ伏せに倒れたまま「死んだ…」と呟くと、ゆっくり立ち上がり、視線を投げているカラ研の連中に手を挙げていうのだ。

「経済学科の山野です。よろしく」

 すると、目が点になっていたカエデも次々に紹介しだした。

「アタシが秋野クンの同級生で照山です。左からアヤ、ラン、スー、ミキ。みんな、教育学科です」

 アヤ以外は補習に参加している顔だから、オレとポテチは知っていた。こっちもオレが紹介した。

「学生がカラオケをやる部屋にしては贅沢すぎるんじゃないか?」

 それぞれが手近のポジションに落ち着くと、オレはカエデにきいた。エルザは当然のように窓際には近づかない。

「ここ、お客様用なの。夏休みで使わないから。いいでしょ、ロマンチックで?」

「お客様?」

「学祭でアタシたち、〝亜空間昭和歌声ラウンジ〟っていう模擬店をやるのよ。そのときに使うフロアなの」

「へえ」

 カエデたちは、こうして学生生活を謳歌しているらしい。メタフィジカルだからなんでもできるけど、このゴージャスなインテリアは、フィジカルに戻ったら反動で立ち直れそうもないくらいの現実に叩きのめされるような気がする。

「じゃあ、なんか歌ってよ」

 オレが催促すると、ポテチ贔屓の(シス)姉妹(ターズ)が立ち上がって準備するのだ。それをカエデが紹介する。

「それじゃあ、ランチャン、スーチャン、ミキチャンが歌います。〝キャディーズ〟の『やさしい悪魔がにくい』です。拍手!」

 オレたちが拍手をするとラウンジの空間に画面が現れた。大きくタイトルが表示され、演奏が始まると歌詞が流れ出した。そのバックはペンライトが波を打つライヴ会場なのだ。スポットライトもエモーショナルに踊っている。

 ゴルフウェアみたいなルックスの三人組は、歌いなれた十八番のようで振り付けも息がぴったりと合っていた。

「うまいなあ、みんな。実物もこんなだったの?」

「アタシたちが生まれるずっとまえだから見たわけじゃないけど、実物は女のコ三人にバックバンドがいたみたいだよ。生きてれば、もう八十歳を超えてるんじゃないかな」

 そのカエデの横からウマが質問している。どうやらリクエストするコンソールの使い方がわからないようだった。

「アタシにチャットでタイトルを送ってくれれば、やります」

「おっ、歌うんだ? そうだよな、ろくに仕事もしないで練習してたからな」

 ウマは熱心にモバイルをいじりながら、「うるせえな」と呟く。

「おい、ウマが歌うんだってよ」と、オレはみんなを煽った。

 ヤンヤの喝采のなか、ウマがマイクを握ると画面にタイトルとオリジナルのパフォーマーの名まえが現れた。


《老人と子どものオルガ (ひだり)朴念仁(ぼくねんじん)()まわりシティーズ》


♪ドビドバ~ パパイヤ~


 ヘンな合いの手みたいなコーラスが始まると、オレはカエデにきいた。

「なんだ、これは? こんな歌あったの?」

「どこかの施設で聴いたことあるよ、コレ。けっこう人気があったみたいね」

「この〝地まわりなんとか〟ってヤツ?」

「歌ってるのはベテランの俳優さんらしいよ。これ一曲だけのコラボユニットだったみたいね」

 ウマは、あまりやる気がなさそうに、いつもの声でぼそぼそと歌っている。

 

♪やめてけろ ケバケバ…


 ポテチが笑いながら、いってくる。

「なんだよ、《ケバ》とか《チンコ》って」

 オレも笑っていたが、カエデをはじめとする女子たちは、まるで聴いていないかのように、しらっとしていた。

「カエデ、このタイトルの《オルガ》ってなんのことなの?」

 カエデは、ちょっと首を傾げただけで答えようとしなかった。

「?」

 ウマが歌い終わったので、今度は彼にきいてみた。

「おい、《オルガ》ってなんだよ?」

性的(オルガ)高揚(ズム)。老人や子どものオルガズムを刺激するのをやめてくれって歌なんだ」

「それでケバだの、チンコだの… 」

 途端にポテチがウマの頭を叩いた。

「そんなの歌って面白いか? 場所をわきまえろ!」

「痛いな。だって、歌詞が憶えやすかったんだもん」

 いつものように悪びれないウマ。当然、拍手もパラパラだった。

 シラケたのを盛り返そうとカエデが歌い出した。


《ふたりの日曜日はダメよ 安部マリア》


 さっきの三人組の歌と同じような軽快な昭和アイドルポップスだった。デートの待ち合わせの場所へ心躍らせて向かうという能天気な歌詞だ。

 ポテチが彼女たちにきいたところによれば、この〝安部マリア〟という歌手は必ずリクエストがあるという当時のトップアイドルだったらしい。

「よし、今度はオレが歌うぞ」といって、ポテチがモバイルをいじりだした。

 歌い終わったカエデが送信されたタイトルを確認する。

「夜明けの…スキャンティ?」


《夜明けのスキャンティ 由美(ゆみ)さおり》


 また、ヘンな言葉が登場した。曲は《ルルル…》というスキャットから始まるのだが、それが終わると今度は《ラララ…》になり、さらに《パパパヤ…》に変化して、ちっとも歌が始まらないのだ。

「これも知ってる?」

 オレがカエデにきいてみると、彼女は首を振った。

「こんなの初めて聴いたわ」

「じゃ、タイトルの《スキャンティ》ってなんだかわからないよね?」

「スキャンティって、たぶん女性の下着のことだよ」

「下着? パンティ?」

 カエデは鼻で笑うと「もっと小さいヤツ。エロ下着」と教えてくれた。

 やっと歌が始まった。ポテチはもともとキーが高いのか、わざと高音で歌っているのかわからないほどキンキン声を出すのだ。歌のうまい下手はともかく、そのパフォーマンスは女のコたちに大ウケだった。

《スキャンティ》がなんだかわかると、歌詞の内容もなんだかエロチックに聴こえるから不思議だ。しかも、この歌詞には一言も《スキャンティ》という単語が出てこないところがエロチックだ。

「サンキュー!」といって、歌い終わったポテチがソファに座ると、ウマがお返しとばかりに彼の頭を叩くのだ。

「場所をわきまえろ!」

「だって歌詞が少なくて憶えやすいんだもん」

 次に補習シスターズの一人、ランチャンが歌った。


《夜がけで 坂本リンダ》


♪夜がけで張り込みをしてみた ぬけがらの部屋のなか だれもいない…


 南米のフォルクローレのような旋律で、昭和ポップスのバリエーションの豊富さに感心した。ポテチも聴きながら驚いたようにいう。

「このサビのベースのリフは凄いな」

 彼は高校時代にバンドを組んでいたことがあるといっていたので、そういうところに目ざとく気づくのだろう。

「あったぞ」と、いままでおとなしかったエルザが呟いた。全方位夜景が見えるフロアだから怯えていたわけじゃなかった。コンソールからライブラリーを閲覧していたのだ。

 カエデが曲を入れると、エルザはマイクを握る。


(おお)チンチン バニータイツ》


「イヌが大したチンチンをするという歌かな」とウマがいう。

「大したチンチンをするイヌってなんだよ。きいたことないぞ」

 今度はロシア民謡みたいなメロディだった。それにも拘らずエルザは演歌みたいな渋い低音で歌うのだ。歌の内容は、雪が積もった朝に子どもが並んでオシッコで雪に文字を書くというような内容だった。

「面白いんだよ、この歌」とカエデが解説する。どうやら彼女は、この歌も知っているらしい。

「オシッコで雪の上に、《小便をするな》って書くんですって」

「そういうのを本末転倒っていうんだよ」

「ところが《小》という字を書くコのアソコが大きいってほかのコが茶化したら、そのコは恥ずかしがってオシッコが出なくなっちゃったんだって」

「オマエ、女のコだろ? よく、ぬけぬけとそんな歌の解説ができるな」

 窘めながらも、オレたちは身を乗り出すようにカエデの解説をきいていた。

「結局、雪に書いたのは《便をするな》になってしまったって話なの」

「そんな歌なの? それで《大チンチン》?」

 オレはどうせ昭和の歌など色恋沙汰をテーマにしたものばかりだと思っていたから、ウマの下品な歌はともかく、さっきの張り込みの歌といい、こんな題材まで歌にしていたのかとますます感心した。

 歌い終わって、とりあえず最低限のノルマを果たしたという満足顔のエルザにオレたちはいった。

「よく、こんな歌を見つけたな? 子どもが立ちションで落書きしたって歌だろ、要は」

「ちがうよ。最後までよく聴けよ。オトナになって、あんな大きかったオチンチンはどこへいってしまったんだと嘆く歌なんだよ」

 オレたち三人は、同時にエルザの頭をド突いた。もう、だれも「場をわきまえろ」などとはいわなかった。

 しかし、エルザまでがこんな歌を畳みかけてくるとは思わなかったので、かえってオレはプレッシャーがかかった。オレだけがまともに歌うというわけにはいかなくなったのだ。

 

 ――流れから、オレも輪をかけて下品な歌を探さなければならないではないか!

 

 ポテチに急かされて、いよいよアヤが歌う番になった。エルザよりも存在感がなかった彼女をさっきから気にかけてはいたのだが、どんな曲を歌うのか?

「うまいの、彼女?」

 オレが興味本位にカエデにきくと「だれにきいてるのよ? あちこちの施設で歌ってるのよ、アタシたち」と顎をしゃくりあげる。

「それは大変失礼しました… 」


《アカシヤがアメをかむとき 石田(いしだ)佐知子(さちこ)


 妙に暗い歌だった。アヤの歌い方も、うまいのか下手なのかわからなかった。背景も、なにやら薄暗い公園のなかなのだ。いかにも昭和のじめっとしたムード歌謡に思えたが、演歌ではないようだった。

 オレはカエデにきいた。

「アカシアって植物のアカシア?」

「アカシアじゃなくて、()()()()よ。人の名まえになぞらえてるの」

「アカシヤってひとがいたの? 実際に? そのひとがアメを噛むって話か」

 カエデは頷くと「アカシヤナントカって落語家が、かつていたんですって。その落語家は当時、女性のうわさが絶えなくて、捨てられた女性の恨みつらみを歌っているの」

「タイトルに実名まで出して?」

「だから、わざわざカタカナで揶揄してるのよ」

 たしかに女性目線の歌詞だった。カエデの解説は続く。

「その落語家は滅多に自分の感情を出すようなことがなくて、喉のためにいつも楽屋で舐めているアメを噛み砕くときだけ、感情的になってるっていわれていたの」

「へえ」

「この歌は、その落語家に捨てられたある女性が薬物を過剰摂取して意識が薄れるなかで、冷たくなった私を見つけたとき、あのひとはアメを噛んでくれるだろうかという女心を歌ったものなのよ」

「凄い歌だな」

「しかも、最後は幽体離脱して、自分のぬけがらを見ているっていう設定なの!」

「恨み節かと思えば、心霊現象の歌だったって?」

「え~… 」

 そばできいていたウマやエルザが情けない声を出した。

「ポテチも気をつけたほうがいいな」

 オレたちは、ちらと彼を見た。そんなこととは露知らず、シスターズとなにやら盛りあがっている。


♪行き場を探して飛びたつ影よ~


 なんだか背筋がうすら寒くなるようだった。アヤに対しては、もちろん「お上手」の拍手は忘れなかったが、彼女はこんな不気味な歌が好きなのか?

「アヤは暗い歌が好きなのよ」とカエデはいう。

「たとえば、おなじ石田佐知子の事故物件を歌った『うれないホテル』とか、〝にしだあゆみ〟の夜逃げをテーマにした『砂漠のような鳥取で』とか」

「にしだあゆみといえば『ブルーライトヨコシマ』だよな。ああいう明るいヒットソングを歌えばいいのに」

 すると、カエデは鼻でフンと笑っていった。

「『ブルーライト~』は金持ちのパトロンとデートする女子大生の歌だよ」

「エ~~~… 」

 オレたちは、そろって情けない声を出した。

 それにしても、さすがにカラオケ研究愛好会だけのことはある。ただ歌を探して練習するだけじゃなく、その歌の背景まで調べているところなどは立派に文化研究会として認めてもいいくらいだと思える。

「それで秋野クンはどうするの?」

 突然、カエデに突かれてオレは我に返った。

「今度は秋野クンの番だよ」

 

 ――しまった! いろいろ勉強になりすぎて自分の歌を入れていなかった…


「ちょ…ちょっと、一回とばしてくれ。考えてなかった」

 慌ててコンソールのライブラリーを見る。

「考えてなかったの?」

「考えてはきたんだけど、みんなのレベルに達していないのがわかったから考え直す」

「いいよ、それ歌えばいいじゃん。考えて歌うのは、そのあとでもいいでしょ?」

「いいや、どうしても一曲目だけは…」と、オレは目をサラのようにしてライブラリーをスクロールした。

「じゃ、アタシ歌う」と手を挙げたのはシスターズのミキチャンだった。


《だから私は北国行きで シュリッシュ》


 前奏はドラムのフィルが全開のカッコいい曲だった。ミキチャンは、さっきのアイドルポップスと変わって、もの凄いパンチのある歌い方になった。

「おー!」と男性陣は感激して拳を振り上げる。場がノリノリになっているなか、オレは独りでライブラリーに目を落としていた。

「カエデ、このライブラリーには最近のヒット曲がないけど… 」

 カエデは澄ました顔で「だってそんなの必要ないもの。ここにあるのは昭和の曲だけ」というのだ。

「マジかよ…」

 

  ――いち順したらオレを含めた男連中は、最近の曲を歌いたがるのではないかな、と思っていたのに…

 

 途方に暮れていると、次にはスーチャン、ランチャンが加わって〝パンクレディ〟の『猪のシンドバッド』が始まった。ルックスはイマイチなのだが、彼女たちのパフォーマンスはたいしたものだ。放っておけば限りなく歌い続けてくれるのではないか?

 ポテチは、いつの間にかアヤと和気あいあいで、無限に歌い続けそうな彼女たちのことを〝おかわりシスターズ〟と呼んでいる。早くオレも自分のノルマを果たして、ふたりの間に割り込まなければと焦った。

 そうやってオレが懸命に曲探しをしている横で、ウマがカエデにきいている。

「これはどういうことなの? イノシシの世界のシンドバッドってこと?」

「イノシシの世界」ってなんだ?とオレは思った。


 ――この途方もなく平和ボケ以外のなにものでもない昭和ポップスは、そんな奇妙な設定なのか?


「そんな世界はありません」と、カエデもおかしそうにいう。

 

 ――当然だ。そんな世界があってたまるか。


「ペットのイノシシの名まえなんです、これ。〝パシフィックオールスターズ〟の『いたちのエリー』とおなじテーマですよ」

 すると、ウマは納得したように「ああ、あれもペットの歌だもんね」と頷く。

「でも、なにもイノシシじゃなくてもさ…」

「この曲がヒットした年は、やたらとイノシシがタイトルに出てくる歌が多かったのよ。〝アイドルワンズ〟の『想い出の猪』とか、〝(まん)()聖子(せいこ)〟の『猪のバルコニー』とか… ()(どし)だったのかしら?」

 

 ――どうでもよい。そんなことよりオレの歌だ。


「よし、これだ!」

 こんな歌は知らないが、コイツらに対抗できるのはこれしかない。とりあえずオレは見様見真似で自分の曲を入れた。


《前立腺音頭 E・トーシロー&小松田(こまった)()(さお)


 画面のタイトルを見るやいなや、申し合わせたように男三人と、なんとカエデまでがオレの頭をド突いてきた。

 あとでカエデにきいたのだが、当時この歌は深夜の大人向けバラエティ番組の企画でつくられたらしいのだが、なぜか子どもたちの間で爆発的なヒットになったらしい。


つづく


 

毎週金曜日23時に更新します。

*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。

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