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第二章 ワンスアポンアサマータイム ③

第二章②

夏期補習でオレは中学の同級生のカエデと再会する。彼女はポテチのことも知っていた。そして大学ではカラオケ研究愛好会に所属しており、ポテチの提案で彼女たちとバカンスの計画を立てることに…


 翌日の補習後、その日はカラオケの件で、カエデはオレたちのテーブルでメシを喰っていた。おもにポテチが主導権を執って彼女と相談している。

 カエデが提案する。

「リモートじゃなくてさ、メタフィジカル(=疑似空間)でやろうよ。その方がリアルでいいじゃん」

「そうすると、どこにアクセスすればいいのかな?」

「アタシたちがいつも使ってる場所があるから、そこでいいでしょ?」

「カラオケの練習をしてるの?」

「そう。慰問にいってリクエストされたりするんだけど、昔の歌ばかりだから知らない曲がいっぱいあるのよ」

「そんな歌がライブラリーにあるの?」

「いま、なんでもあるよ。よほどマニアックなものじゃないかぎり」

「へえ」と、オレたちは感心した。

 するとオレたちも、なにか歌える曲を考えておかないといけない。明日は午前中に中間考査があるのだ。バイトだって、カラオケの時間までには片づけないといけない。

「できれば古い曲を歌ってほしいなあ」とカエデはいう。

「昭和中期から後期のもの。そうすればアタシたちも参考になるから」

 カエデがいうのには、彼女たちが慰問にいく施設の利用者は、そのころに青春時代を送った人たちが多いということらしい。

「そんな古い歌、なんか知ってる?」

 ポテチはオレにきいてくる。

「オレは仙人じゃない。そんな時代のものを知ってるわけがない」

 だが、ウマはいうのだ。

「ユウヒは映画に詳しいから、昔の映画がらみの歌なら知ってるんじゃないの?」

「サントラのこと? でも、歌えるかなあ。洋楽ばかりだし… 」

 するとカエデがきく。

「秋野クン、なんでそんな古い映画に詳しいの?」

「オレのジーサンが映画マニアで、小さいころからよく観せられたんだ。ウチには、そんな映画のソフトがいっぱいあるんだぜ」

「どんなのがあるの?」

「わかるかどうか知らないけど、『大脱線』とか、『北京の休日』とか… 」

 ウマが口をはさむ。

「『WC7』シリーズなんか、初代のヤツだぜ」

「えっ、初代って〝ショーンコメディ〟?」

 オレが頷けば、「〝ノラさん〟シリーズは?」ときいてくる。

「ああ、『弟はつらいよ』ね。あれはジーサンがあまり好きじゃなかったみたいで、一本もない」

「それでマニアといえるの?」

 カエデは大袈裟に反応するのだ。

「映画マニアと〝ノラさん〟マニアはちがう。ジーサンは洋画専門だったんだ」

「でも〝加山裕次郎〟なんかは全部あるじゃん?」と、またややこしくなるようなことをウマがいう。

「それはジーサンが好きだったから」

「洋画でもミュージカルはないんだろ?」

「それはジーサンが嫌いだったから」

「でも『マイフェアレディZ』はあったじゃないか」

「ミュージカルは嫌いだったけど、ジーサンはあの主演女優のファンだったんだよ」

 そこへカラオケ研究愛好会の連中が通りかかった。

「カエデ、先にいくね」

 そういったのは松尾彩だった。彼女のうしろに例の三人組がいて、ポテチに色目を使っている。アヤはオレたちに見向きもしないで食堂をあとにした。しかし、オレの鼓動は高鳴っていた。


 ――なんて素敵なコなんだ…!


 だが、それを蹴飛ばすようにウマはいうのだ。

「あの髪の長いコ。なんか、おタカくないか?」

「アヤ?」

「あのコもくるんだろ?」

「人見知りなのよ」と、庇うようにカエデはいった。

「みんな、オマエやポテチやカエデみたいな、あけっぴろげの性格じゃないんだ」と、オレもフォローした。すると突然、彼らは驚いたような表情でオレを見るのだ。

「秋野クン、アヤのこと知ってるの?」

「知るわけないだろ。一般論だよ」

 今度はヘンな笑みを浮かべるカエデだった。


 その夜、配達が終わってもポテチは帰らなかった。いつもは伝票だけ戻して先に帰ってしまうのだが、今夜は明日のルートの検索を手伝ってくれるとでもいうことなのか?

 ポテチは映画ソフトのパッケージが並んでいる棚を見ながらいう。

「早くそれ終わらして、明日の試験の予習しようぜ」

 

 ――なるほど、それが目的だったのか。


「独りの方が捗るんじゃないのか?」

「だって、どうすればいいのか、ぜんぜんわからないもん」

「考える力がないのか、オマエは?」

「いいよ、オマエら試験勉強しろよ。こんなのアプリでやりゃあ、すぐだ」と、珍しくウマが気を利かせた。だが、こんな状態で頭になんかはいるものか、とオレは思っていた。

「ポテチ、テキストの訳はとってるんだろ? とりあえず、それをまる暗記しろよ」

「いや、オレはとても追いつかなくて、二日目からまったくとってない」

「なにしに補習いってるんだ? じゃ、これを写せ」と、オレはタブレットを見せた。

「どこが出るの?」

「それがわかれば苦労しない」といいかけて、ぽんと手を叩いた。なんで、さっき食堂で気づかなかったのか。

「ポテチ、カエデにきいてみろよ。こういうの得意だろ?」

 ポテチはウィンクすると、早速モバイルを取り出した。すぐに繋がったみたいで、彼はオレのタブレットを見せろと手ぶりで要求した。

 その間にオレとウマは明日のルートをアプリで検討していた。

「そうだ…」と、ウマはおもむろに顔をあげた。

「エルザに連絡してなかった」

 オレは地図を見ながら「怒るぞ、アイツ」と脅かすようにいうと、ウマもあわててモバイルを手に取る。なんのことはない、結局オレが明日の下準備をしているじゃないか。

 ウマとポテチがそれぞれの相手と喋っているさまは、まるで混線した同時通訳みたいだった。

「なんでも、六十年以上まえの古いポップスを研究してる女のコたちなんだよ。だから、一曲でも多く古い歌が聴きたいんだってさ。わかった?」

「アヤちゃんはこなきゃダメでしょ。どうしてこないの? メタフィジカルだぜ、そんなに心配なの?」

「なにを興奮してるんだよ。オレだって知らないんだから。音楽配信サイトで手あたり次第調べろよ」

「オレたちがそんなに信用できないっていうの? 人畜無害なうえにメタフィジカルだぜ。なにができるっていうんだよ。わかった、オレが直接連絡するから」

 ふたりのうるさい声に苛まれながら、下準備も予習も遅々として進まなかった。


 補習が始まって最初の週末。

 今日は中間考査だった。テストだけだったので、十時過ぎにはポテチのバイクにタンデムしていた。

 カエデのおかげで、なんとか切り抜けることができた。彼女はたいしたものだ。ピンポイントで出題箇所を抑えている。問題は英作文だった。こればかりは教えてもらうわけにいかなかった。

《Once upon a time》を使って短文をつくれというミッションなのだ。おなじ解答が二つも三つもあったら、いかにもおかしいではないか。

 ポテチはノンキにいうのだ。

「オレは《あるところにお爺さんとお婆さんがいました》と書いた。ユウヒは?」

「オレはテキストの頭の部分を置き換えて、そのまま書いたよ」

「《昔々、遥か彼方の銀河系で…》ってやつ? なるほど、その手があったか」

 だが、本当はちがうことを書いたのだ。そんなのは面白くない。


《Once upon a summertime, I met her.》


そう書いたのだ。オレは、すでにこの時点で自分の歴史的な出会いを予感していた。だが、そんなことはポテチにいえない。まだ歴史は始まろうとしているところなのだから。

 ウマに連絡を取って落ち合ってみると、アイツはまだ五件とやっていなかった!

「頼んでおいてこんなこというのもなんだけど、なにしてたんだよ?」

「今晩歌う曲を練習しながらやってたら、そっちの方に力が入っちゃって… 」

 ウマは恥ずかしそうに笑ってごまかしていた。

 要領のよいポテチのようなヤツもいれば、要領がわるい、というよりも要領という概念がないヤツもいる。世のなかはバランスがとれている。こんな狭い関係のなかに両極端がいるなんてことは稀じゃないか。ウマには多めに分け前をやろうと思っていたが、三等分で十分だと、このとき決心した。

 早めにオレとポテチが参加したぶん、その日は配達が驚くほど早く終わった。まだ、陽が残っているのだ。もっとも件数をセーブしていたということもあったのだが。今夜は亜空間カラオケ大会なのだ。


 夜になって、オレたちはカエデが指定したメタフィジカルのマップ上にダイブした。

 黒い大理石みたいなツヤのある材質のエントランスを入ると、なかは白一色のインテリアだった。シンプルなデザインだが清潔感と妙な高級感が漂っていて、オレたちのような昼間配達のバイトをやっている学生にとっては、およそ場ちがいという雰囲気だった。

 現実(フィジ)世界(カル)ならまちがいなく門前払いだろうと思われたが、受付も警備員らしい人間も見当たらなかった。なにしろこのあたり一帯はひと気がまるでない。夏の夜だからこれでもいいが、冬ならひえびえとした冷凍庫のなかにいるような錯覚も起こさせたろう。

「だれの趣味なんだ、これ?」

 あちこちに目配せをしながらウマはいう。

「たぶん、〝カラ研〟の連中がつくった店なんだろうな」

「カラケン?」

 天然パーマの髪をドレッドのように後ろでまとめた傷だらけの顔のエルザは、かつてヤンチャだったころの鋭いまなざしを取り戻したようだった。

「カラオケ研究愛好会のことさ。今日、一緒にカラオケをやる女のコたちの研究サークル」と、オレは教えてやった。

「六十年まえのポップスを研究してるって連中か」

 エルザは口角を上げたが、目は笑っていない。

 そこへ遅れてポテチが合流した。エルザとは初めてだと思い、紹介しようとすると彼はもう話しかけている。

「やあ、キミもウマと一緒にいたなあ。よろしくな」

 ポテチは最初に出会ったときのことを憶えていたらしい。エルザは不愛想に軽く手を挙げただけだった。でも、ふたりともジーンズにアロハといういで立ちで、意外と気が合うのではないかと思えた。

「ここでカラオケやるの? 彼女たちは?」

 ポテチは、どんどんなかへ入っていく。

 受付のようなカウンターが正面にあるが、だれもいない。その奥に革のソファが対面で置いてある待合のようなスペースがあって、そこにも人っ子一人いないのだ。

「まだ、きてないのかな?」

「メタフィジカルだというのに、まさか化粧に時間をかけてるんじゃないだろうな」

 ウマが軽口を叩くと、途端に館内放送が響いた。


《コラーーー!》


 オレたちは驚いて、思わず天井を見上げた。声は上から聴こえてきた。

 そこには吹抜けのような高い天井からぶら下がった大きなモニターがあり、カエデの顔が大映しになっていた。


《なにが化粧に時間かけてるだ! 早くこい!!》


 カエデのうしろでは、もうノリノリで歌っている女性の声が聴こえていた。エコーがこれでもかというくらいかかっていて、いったいなんの歌だか、なに語で歌っているのかもわからなかった。もしかしたら、いま聴こえているのは歌ではないかもしれないという気もしてきた。

 カエデの指示通り、片開きの巨大な扉のついたエレベーターに乗って《R》というボタンを押した。どうやら最上階のことらしい。

 なかは内ガラスの二重壁になった大きな箱だった。ウマは「いくらメタフィジカルだとしても、ここまでリアルにする必要があるのか?」と眉をひそめる。

「そうだよな」とオレも思った。

 

 ――エントランスを入れば、いきなり設備のある部屋になっていてもいいじゃないか。

 

 ところが突然、エレベーターの箱は空中に飛び出したように外壁がなくなった。オレたちは街の上空に放り出されたように、宙を上昇していた。

「うわあぁ~!」

 外界を遮るガラスシールドをとおして、街灯りがデコレーションのごとく拡がっている。見上げれば星が煌く夜空だ。どうやらエレベーターは、あるフロアから建物の外壁を這うように設計されているらしい。カラ研の連中は、オレたちにこれを見せたかったのだろう。

 ポテチは子どものように、そのガラス面にくっついて外を眺め喜んでいる。一方のエルザは床に両手をべったりとつけてしゃがみ込んだ。

「どうしたエルザ? まさか、乗り物酔いだなんていうんじゃないだろうな?」

 エルザは床に顔を向け、しかも目まで瞑って「オレ、高いところダメなんだ…」と呟く。強面のエルザのウィークポイントが高所恐怖症だなんて、意外過ぎて笑えなかった。

 ポテチは面白がって、エルザの腕をとって立たせようとする。

「おい、こんな風景はフィジカルじゃ見られないぞ」

「よせ、この!」

 ポテチを押しのけて、彼は扉側の壁と向き合った。

「なにが面白くて壁なんか見るかねえ」と、ポテチはガラスに寄りかかって余裕の笑みだ。オレも、こんなエルザを見たことがなかった。

 やがて上昇していた床が停まると、エルザがしがみつくようにしていた扉が開いた。当然エルザは手応えを失い、向こう側に倒れる。まるでフィジカルだ。

「うわぁ~⁉」

 今度はエルザ独りの断末魔の悲鳴が響いた。


つづく





 

毎週金曜日23時に更新します。

*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。

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