第四章 海のポテチ ①
第三章③
オレはバイト先から任されたヘンな仕事の実態を知る。
モバイルが、のたうち回ってがなり立てている。
――なんだ、なんだ…!
目が醒めてモバイルの時間を確認する。午前0時過ぎ。さっき寝てから二時間しか経ってないじゃないか、と思った瞬間気づいた。そうだ、これから西伊豆に向かうのだ。アイツらが迎えにくる時間なのだ。
慌てて窓を開けると、まえの道路にウマのセダンが停まっているのが見えた。その鼻先にポテチのバイクもある。エルザは車中なのだろう。
「起きた、起きた。オーイ」と、いつも元気なポテチが手を振っている。
「大声を出すな、夜中だぞ」
降りてシャッターを開けると、さっそくウマが荷物を持って入ってきた。
「いつきたの?」ときくと、「ちょっとまえ。オレたちが着いた直後にポテチがきた」とこたえた。
「オマエら、少しは寝たのかよ?」
彼らの顔を見回すと、眠そうな顔をしているのはウマだけだった。だがウマの眠そうなのは、いまに始まったことではないから心配ないだろう。これがポテチのように活気が漲った表情をしていたら、かえって心配だ。
ウマは倉庫に停めてあるワゴンに、なにやら荷物を積みだした。
「オマエ、こんなに持ってきて、どこにいくつもりなんだよ? 夜逃げじゃないんだから」
「ビーチマット、ビーチチェア、ビーチパラソル… オレのクルマには女のコたちが乗るから頼むわ」
「往きはオマエがこれを運転するんだぞ」
オレは自分のデイパックを放り込んでいった。
「いいけど、どうせタンデムならエルザの方がいいんじゃないの?」
「エルザはバイクの交代要員だ。ポテチがグロッキーになった場合のためにな」
「じゃあ、オレのクルマはだれが運転するんだよ」
「高速に乗れば自動運転だから、だれが乗っても一緒だろ?」
バイクは自動運転というわけにいかないから、交代要員はクルマで寝ていてもいいようにするという作戦なのだ。オレもウマも自動二輪の免許を持っていなかった。
「高速でいくの?」
そばできいていたポテチがきく。
「えっ… 一般道でいくの?」
オレもウマも予想外のことに、声をそろえてきき返す。
「早く着かないか? オレは交代なしで大丈夫だよ」と、にこやかなポテチ。
彼の説によれば、高速でいけば現地の西伊豆までは夜中だから四時間あれば着くという。いまから出れば、夜明けにはカエデたちの泊まっているホテルに着いてしまうというのだ。カエデたちと待ち合わせをしたのはホテルに午前八時ころだ。
「シタだと?」ときくと、それにはウマがこたえた。
「高速より早く着くわけないから、四時間以上はかかるってことだ。でも、八時間はかからないな」
「そんなにかかってたまるかよ。いくだけで、ぐったりじゃないか」
「夜中だから、けっこうスムーズだと思うよ。平日だし」とポテチ。
「帰りはウエで帰ることになるんだから、往きはカネのかからないシタでいこうぜ」と、エルザもポテチに賛同する。
「エルザの意見は尊重しないとな」とオレがいうと、ウマは「なんでよ?」と眉をひそめるのだ。
「ポテチとウマの分は全部オレが持つ。だからオマエらはカネのことで余計な心配はするな。どっちにしろ、稼いだバイト代から天引きさせてもらって、残りをヤマ分けにするだけだから」
「結局は自分のカネを遣うようなもんだ」
ウマとポテチは顔を見合わせる。
「なんかオレだけ仲間はずれみたいだな」
不愉快そうな表情のエルザにオレは釈明した。
「エルザには悪いけど、ポテチの取り分を来月渡せないから、こういうことにしたんだ。そのかわり、オマエの意見はきく」
ポテチは来月帰ってしまうので、バイトの分け前を渡すのが休み明けになる。
「エルザの言いなりかよ?」と不服そうなウマに、オレは念を押した。
「言いなりとはいってない。意見をきくといったんだ」
「きくだけ?」
「きくだけ。あくまで合議制でいこう」
「なんだか納得したような、しないような…」と、エルザは困惑顔だ。
そんなことをしているうちに午前一時を回ってしまった。ルートはポテチ推奨のシタみちで南下し、湘南の海沿いの国道をたどって西へ向かうことにした。
オレのワゴンに乗り込むウマに、カエデから預かった外付けメモリーを渡した。
「なに、これ?」
「カエデが勉強しろって。昭和ポップス大全集」
「エエ?」と、ウマはあからさまに渋い表情をする。
「ウエに乗らないってことは自動運転なしってことだからな。居眠りしないように、それをよく聴きな。それでもダメなときは交代のフォーメイションだ」
「シタのみちじゃ、フォーメイションもオートメイションもないだろ」と、まだブツブツいっている。
「湘南まで下れば海岸通りで小田原まではウエをいくから、それで勘弁しろよ」とポテチはいって出発するのだ。
深夜の静まりかえった街をポテチのバイクの音が響きわたる。オレはバイクにタンデムしながら、うしろを振り返った。すぐうしろをウマのセダンを運転するエルザ、そのうしろには、もうヘッドライトしかわからないがオレのワゴンを運転するウマと続く。
まえを見れば、今日もアロハのひらめく半袖から逞しい腕をのぞかせるポテチの背中だ。タンデムなど補習以来なのでホントならポテチの脇にしがみついていたいところなのだが、だれが見ているわけでもないのに照れくさくて、かえってアンバランスな体勢になるタンデムバーをギュッと握っていた。
夜の空っぽの街は不思議な景色だった。このあいだカラオケ大会をやったメタフィジカルの街が現実にあるようだった。街灯は皓々とみちを照らしているのにだれも歩いていないし、そうかといって信号が規則的に変わるさまは死に絶えた街とも思えない。
もしかしたら、こんな時間に友だちとツルんで出かけるというのは初めてなのではないか。まだ出発して一キロもきてないはずなのに、興奮のあまり総毛立つほどだった。こんなに刺激的な体験をしたことは、たぶんない。
しかし、そんなワクワク感も大きな幹線道路に出たところで終わった。やはり、夜でも世のなかには眠っていない動脈があるのだ。街道は、昼間に比べれば断然少ないが、交通量はあるものだ。
大通りをいくのかと思いきや、ポテチはそこを横切って、また眠りに就いている住宅街を走る。平日の夜だからすいているといっていたが、それでも近道を選んでいるようだった。バイクのハンドルに装備したモバイルホルダーの画面に示されたルートとは、あきらかにちがっている。うしろの連中も金魚のフンのようについてきた。
丘陵の尾根をはしる大きな幹線に出たところで、ポテチはみちの端にバイクを停めた。エルザたちも、それに倣って脇にクルマを停める。
通りは片側二車線の広さだったが、交差点の角にある大きなモール以外になにもなかった。まわりは、すべて鬱蒼とした樹木に囲まれているとしか思えない。虚無的な道路灯がみちの先に続いている。こんな光景も昼間の配達では見ることがない。
「どうした、オシッコ?」
ポテチは長い脚をまわして跨っていたシートから降りた。こっちを見てちょっと愛想笑いを浮かべると、タンデムバッグからウィンドブレーカーを取りだした。オレはそれほど感じないが、ポテチはもろに風を受けて走っているのだ。夏だといっても、やはり尾根の深夜は冷えるのだ。
それを羽織って「オシッコなら、そのへんの木の陰でやれよ」という。
「まだトイレ休憩には早いだろ」と、なんの気なしに見れば、最後尾のウマが木陰に入っていく。
「アイツは出がけにトイレにいかなかったっけ?」
「オシッコもウマなみなんだろ」と、運転席から顔を出したエルザはいう。
「ウマって、そんな頻尿なの?」
「ヒンヒンいうだけあってな」と、ダジャレにもならないことをいいながらエルザは肩をすぼめた。
そこでポテチから提案があった。要所々々の拠点までバラバラでいかないかという。
「先頭だと、どの程度で走っていいかわからないから気を遣うんだよ」
「そうだな。交差点の信号のタイミングなんかでな」
「目的地を決めておけば、そこまではツルむ必要がないだろ。なんかあったらオレたちはインカムをつけてるから、ハンズフリーでいってくれ」
エルザも、特に反対する理由はない。
「どうせ、オレが最後だ」と、繁みから出てきたウマ。
「無理にとばすことないよ」
最初の拠点は湘南の海沿いの国道に出る突当りのファミレスにした。
「ここから二時間くらいじゃないか」と、ポテチは時計を見ながらいった。
「オレが着くまで待っててくれよ」と、不安げな表情のウマ。
「心配するな。オマエは太古の歌でも聴きながら、のんびりこい」
「なんかこれさあ、ホンワカしたものとか、演歌みたいなのとかばっかりで眠くなってくるんだけど。ラジオ聴いていい?」
オレは思わず吹き出してしまった。
「そんなに真剣に聴いてたの?」
「だって、次のカラオケ大会までにレパートリーを増やさなければと思って」
するとエルザが「オレが聴く」といってメモリーを要求するのだ。どうせ、エルザもウマの言葉をきいて、自分もレパートリーを増やそうと思ったにちがいない。
「最初の『恋人もいないのにアナタは京都へいくの』と三、四曲目あたりの『白い色は恋人がサンタクロース』は、なかなかいい曲だよ」などとやっているふたりを横目にポテチはバイクのエンジンを駆けた。
「先にいくぜ」といって走りだした。あっという間に、二台のクルマは闇に紛れてしまった。ポテチは先導から解放されたとたんに、フルスロットルでカッ飛んだ。
「うわ~~~!」
思わずオレはポテチの脇にしがみつく。夜間でひと目がなく、クルマの一台も走っていない、かなりの距離の直線道路。ここを思い切り爆走したかったのか。
――なんてヤツだ、目もまともに開けていられない!
インカムにエルザの声が入る。
《ここはよく張ってるところだぜ、気をつけろ》
エルザのいう「張ってる」とは、警察が速度取締装置で違反者を取り締まっているという意味だ。しかし、ポテチは意に介せず次の信号で止まるまで一気に駈け抜けた。
「もう一時過ぎだ。営業時間外だろうよ」
「警察に営業時間があるのか?」
オレはこの先、まだ肝を冷やすのかと思うと落ち着かなかった。それに急に寒くなってきた。さっき、オレもパーカーを羽織ればよかったといまさらのように後悔した。
少し明るい交差点で止まったときに振り返ったが、うしろからはヤツらのヘッドライトすら見えない。
「ポテチ、ちょっと待たないか? ワゴンにオレのパーカーが入ってるんだよ」
「この先は街なかだし、もうそんなに飛ばせないから大丈夫」と、彼は肩越しにいうのだ。
――他人ごとだと思って…
しばらくすると、ポテチのいうように明るい商店街らしき通りに出た。どうやら、このへんはどこかの駅に近いところなのだろうと思われた。深夜でも、ぱらぱらと人が歩いている。昼間なら繁華街の類なのだろう。
そこでもポテチは細かく路地を入っては抜けた。スピードを出せないぶん、近道を選んでいるとしか思えない。なにをそんなに急いでいるのかと思えた。まあ、すいている大通りを冷たい風を切って走るよりはマシだと思えた。
閑静な住宅街から、やがて公園緑地のような森のなかになった。みちの右側は川が流れているらしく、木陰から向こう岸の街灯りがちらちらと見える。
水の流れる音がヘルメットの彼方から響いてくる。湿った冷気が、いまは気持ちよかった。澄んだ夜空の瞬く星を見ていると頭のなかがクリアになるようだった。こんな感覚も味わったことがない。
いまごろ、カエデたちは深い眠りの底に落ちているのだろう。アヤも一緒にいるのだ。彼女もおなじ夜空の下にいると思うと、なんだか胸が締めつけられるような夏の夜だった。
対岸はここよりだいぶ低いようで、もとはフラットな田園地帯だったのだろう。ところどころに農地らしい空き地が目立つようになる。そんななかにもコンビニがあり、その先にはラヴホテル、向こうの地平にGSの照明まで見えた。
夜なので距離感がつかめないが、だだっ広い平地の真ん中に巨大な建物が何棟も固まってあり、それらがライトアップされていた。その手前には高架橋のあるプラットフォームらしきものも見えて、どうやら駅なのではないかと思えた。
眼下には適度な間隔で白いLEDライトやオレンジのナトリウム灯。それらに混じって赤、青を繰り返すシグナルが無数にころがって、その寂寥感が日ごろの面倒なことから解放されているのだという実感にもなった。
景観は爽快なのだが、オレたちが走っているところは薄暗いモノクロの静止画像のような路地ばかりだった。信号で停車するたびに、夏の匂いがする。
「どのへんなの、ここ?」
「国道をいけば、もうウエのインターのあたりだよ」
すると、インカムからウマの声がした。
《オマエら、国道を走ってるんじゃないの?》
「国道はすいてるだろ?」とポテチ。
《昼間に比べればな。でも、大きいトレーラーがけっこう走ってるから怖いよ》
「国道じゃ、早く着きすぎるからな」
オレはウマに「オマエは、いまどのへんにいるんだよ?」ときいた。
《さっき〝ナントカ十字路〟という交差点を過ぎた》
ポテチは肩越しにオレを見ていうのだ。
「その〝ナントカ〟がわからなけりゃ、ぜんぜん見当がつかない」
一方、エルザからはなんの音沙汰もなかった。それからしばらくは、みんなが沈黙をまもり、夏の深夜をエンジョイしていた。
ふいに二車線ある大きな通りに出た。だが、街灯があるにもかかわらず薄暗いのだ。まるで巨大な私道か、営業終了のモールみたいだ。その緩やかな勾配を上がった先に明るい場所が見えた。
大きな三叉路で、そこに出るまえにポテチはバイクを裏路地みたいなところに入れた。駐車場だった。隅の方に停めてある数台のスクーターの横にバイクを滑り込ませた。
つづく
毎週金曜日23時に更新します。
*作中の人物、団体、作品等の名称は、実在する一部を除き、特定のモデルはありません。




