00.4『ハジメテの戦闘と失ったモノ』
銃声が3連発、鳴り響いた。
アサルトライフルから発砲された銃弾が空を切る。
飛び跳ねて素早くかわすバブルボムが、エレーナの後ろにいた僕めがけて飛んできた。
「伏せて!」
声に反応して、僕はその場に伏せた。
その瞬間、ビリィユ丘が一瞬揺れたように感じたが、気のせいだろうか。
銃を構えるエレーナは間髪入れずバブルボムに向かって撃ち込んだ。
空中で迎える水性モンスター。その異様で透明な体躯をいくつもの銃弾が貫通すると、無数の風穴が開いた。
だがしかしノーダメージだったようだ。バブルボムは活き活きとした様子であらぶり、銃痕は塞がっていく。
.......と、急な寒気が襲ってきた。
悪い予感といった類の【良くないことが起こる】前兆のような感覚。
僕の足元まで飛んできたバブルボムが体の色を変える。血のように真っ赤な色に。
「ヒジリ!!逃げて!!」
「コイツッ!」
パンッ!!
ハンドガンの照準を合わせて引き金を引くと同時に、予感が的中する。
反撃に出たバブルボムは真っ赤な体液を吐きかけてきたのだった。
命中率50%──
僕の弾は二分の一の確率を外して、敵には当たらず地面を抉った。
「目の前なのにどうして外れるんだ!クソっ!」
反対に敵が放った真っ赤な体液が僕の両脚にかかった。たちまち燃え上がるような熱さと激痛が押し寄せてくる。
耐えきれず僕はその場に崩れた。
「ぅあぁああーーーー!!」
「ヒジリ!」
エレーナは広げていた手のひらをアサルトライフルに戻すと、残弾を思いっきり連射した。
蜂の巣のようにボコボコとバブルボムに穴があく。その内の一発が中心核をかすった。
「バブルボムは自身のテリトリー内で標的を確認すると、高確率で強酸性の体液で攻撃をしてくるの。当たり所が悪ければ即死よ」
致命傷だったようでバブルボムは木陰で震えている。核はキズから崩壊を待つだけなのか、少しずつ崩れていた。
ふと、その核の一部分が点滅しているように見えた。なんだろうか、あの光は。
身構えていたエレーナがすぐに駆け寄ってきた。
熱さのせいで意識が朦朧としてきたが、なんとか足元に目をやると僕の両脚から白煙が上がっているのが見えた。
強い刺激臭。膝から下が溶けて骨が剝き出しになっている。
「ごめん。僕はダメみたいだ。アイツは倒したの?」
「核を攻撃したから大人しくなったわ。それよりヒジリの脚を治療しないと」
僕の足元に目を落とすエレーナの表情は暗い。それにとても疲弊している。
「私、攻撃魔法が使えないから……、何度もバブルボムの動きを止めるストップ魔法をかけていたの。でもアイツのレベルが強すぎて、僅かな時間しか止めることができなかった」
悔しそうに唇を噛む。
さっきビリィユ丘に揺れを感じたのはエレーナが魔法を使っていたからだったのか。
「待っててね」
エレーナは首にかけていたネックレスを胸元から取り出した。ネックレスの先端にあるエメラルド色の結晶を僕の足元にかざす。
「レイネージア∞ヒール」
聞き覚えのない呪文だ。
結晶が魔力を感知して不思議な光を帯び始める。次第に術式が読み込まれ自然法則が変成されていく。
回復魔法の最上系だろうか。
光に包まれた僕の脚は、まず炎症反応が抑え込まれ、骨と神経が復元された。
徐々に痛みと熱さが和らぎ、脚の筋肉や皮膚組織が再形成。まるで乾いた枯れ木に水が通っていくように、瑞々しく艶のある肌色が蘇ってくる。
あっという間に僕の膝から下は形、感覚を取り戻していた。
「回復魔法も使えるようになったんだ。すごいよ」
「……これで、良い」
フッ……と、糸が切れたように力が抜け、倒れそうになるエレーナの肩を抱く。
「エレーナ!」
「だ……大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけ」
力を使い果たしたのか、エレーナは目を瞑った。
──呪われた者は引き寄せチマウんだヨ。運命をナ。
誰だ──
誰かが頭の中で囁いている。
そういえば【倒したはずのモンスターはその後どうなった?】
核にダメージを負わせたので、すでに消滅しているのだろうか。
先程バブルボムが落ちた木陰に目をやると【そこには何もなく】、僅かな液体の跡だけが残っていた。
いない……、死んだのか……?
いや、何か大事なことを見落としている。瀕死のモンスターが、ただ己が崩壊するだけの運命をそのまま受け入れるだろうか。
己の最期をただ大人しく待つだろうか。
『バブルボム』──自爆!
気付いた時には、爆発に巻き込まれるには十分な距離にまで、バブルボムが接近していた。自爆でターゲットを始末するという手段を行使するために。
これから大きな爆発を起こすために、モンスターは体全体を凝縮させる。
爆発による衝撃が来るよりも速く、エレーナが反応していた。
右手に握った結晶を、襲ってきたバブルボムに向けて呪文を唱えながら。
「バリアッ……!!!」
ボンッ!!
次に意識が戻った時には、ビリィユ丘が焼け野原になっていた。
モンスターは完全に消滅したようだ。
エレーナが咄嗟にバリア魔法を発動してくれたおかげで、僕は助かった。
が、しかし──
傍に倒れているエレーナは、血と埃にまみれて右腕を失っていた。ジュゥウ……と熱を帯びる右肩の傷口は焼け焦げている。
バリアのために差し出した代償が、右腕とあの結晶だったということなのか。
「……うぅ……」
「エレーナ……!!」
──息がある!すぐに治療しなければいけない。
回復魔法も使えない僕には、エレーナを治す術がなかった。