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史上最弱の北北西魔王(美少女)をアイドルプロデュースします!




ここは魔王城。

俺は魔王討伐に来た勇者。


の、はずなんだが……。


「ふ、ふえぇん……。どう、しよ……。ふえぇん」


目の前の女の子の、ルビーのように赤い瞳がみるみるうちに潤んでいき、早々に決壊して泣き出すのを、俺はオロオロしながら見つめることしか出来なかった。




ちょっと、状況を整理しよう。


俺は田中響也、26歳。至って普通のサラリーマンをしていたはずだが、気づいた時には異世界へ召喚されてしまっていた。


その上、ろくな説明もなく、何が何だか分からないうちに勇者に仕立てあげられ、魔王討伐へ送り出されてしまったのが今朝のこと。


簡単な地図を貰っただけで、仲間もおらず一人きりなので脱走も出来るんだが、この森のど真ん中でどこに逃げればいいのか……。


悩んだ末に、結局のところ、魔王城を目指した。

最強と名高い北の魔王を討伐すれば、そのエネルギーで元の世界へ送り返せる、という教会の言葉を信じて。




だが、辿り着いた魔王城はギリ城といえなくもない、くらいにこじんまりしたものだった上、よくあるダンジョンのように魔物が跋扈していることも無かった。


構造自体は迷路のようだったので多少は手こずったが、歩き回るだけで到着してしまった恐らく最奥の部屋では、先程の少女が泣いていたわけだ。




……どうしよう、と泣きたいのはこっちの方だぜ?




何はともあれ、目の前で泣く10歳くらいの銀髪ボブカット少女を放置出来るほど、俺は人でなしではない。

服装が明らかにゴスロリで、ガチっぽいドレスなのがいっそ不気味だけれど、とりあえず今は気にしても仕方がない。


「あの、何に困ってるんだい? 俺で良ければ相談に乗るよ?」


小さい女の子を相手にした経験など、俺には皆無だ。辛うじて、学生時代の後輩の女子との会話を思い出しながら、話しかけてみる。


「ふえぇん……」


力なく泣き続ける女の子。

マジで、どうしたらいいんだ……。


元から色白なのだろうが、それにしたって顔色が悪い。俺は勇者で治癒魔法が使えるはずなのだが、サラッと説明されただけのモノを他人に使うのはかなり躊躇する。


うーむ……。どうしたものか。


泣いている女の子→慰める→頭を撫でる!


なんかのアニメで見たような流れを思い出した俺は、とりあえずしゃがんで視線を合わせ、軽く頭を撫でてみる。


「まあ、ちょっと落ち着けよ。大丈夫だって」


何がどう大丈夫なのか、欠片も分からんが一旦慰めてみよう。


「ふえぇ、だって、だってぇ……。ゆーしゃが、来るの……。ルゥア、もう、魔力ないのにぃ……」


「そうかそうか。勇者が来たら、何で困るんだい?」


「ゆーしゃは、まおうを、倒すんだって……。やだよぉ、消えたくないよぉ……ふえぇん」


なるほどな?

俺に討伐されそうで、泣いてるわけだ。


冷静に考えたら、魔王討伐って殺すわけで、こんなに幼い少女なら、殺されたくないと泣いても何の不思議もない。


「じゃあ、勇者が居なくなったらそれでいいのか?」


「うん、たぶん、大丈夫だと思うの……。でも、ルゥア、もう魔力がないから……。

やっぱり、消えちゃうかも! うえええん!」


現実を考えてしまったのか、少女の泣き声のトーンが上がる。


「あぁっ、ごめん、ごめんな、俺嫌なこと聞いたな?」


俺が討伐しようがしまいが、どちらにせよ死にそう、と。見た感じ弱そうだし、魔力がないというのも頷ける。魔物的なのも居なかったしな。


「あのさ、魔力って、どうやったら溜まるんだ?」


このボロボロと泣いている少女に何かしてあげたくて、一応聞いてみる。


「ニンゲンの、強い想いが、魔王の使える力になるの。でも、ここにはニンゲン来てくれないの!」


なるほど。どんなシステムなのかは分からんが、人間の想いが必要なんだな。


じゃあ。


『泣きやめ、泣きやめ、頼むから、泣き止んでくれえ!!!』


俺も人間なので、この想いでもどうにかなってくれないだろうか。


「ふぇ?身体が、あったかい……。あったかいよぉ……」


よし、効いてるみたいだ!

でも女の子はまだ泣いている。


『泣きやめ、頼むから!! 俺の居心地悪いって!! 泣き止んでくれえええ!!!』


「うぅ……ひっく、ひっく……」


大号泣がおさまって、少し泣き止んでくれそうになってきた。


『この子可哀想だよな!! うん、可哀想だ!!俺が気合い入れるだけでこの子が消えないならそれで充分!!

届け、俺のこの想い!!!!』


この可愛らしい女の子が、自分が消えそうだと泣くのがあまりに可哀想で、どうにかしてあげたい。

そう強く願った時。


「えっ?」


突然、召喚された教会で背負わされた聖剣とやらが、背中にあっても分かるほど光り輝き始めた。


しかし、それに戸惑う間もなく。


「ふえぇ……ん……ふ、ぅ……ううん……ぅ……すやぁ」


「はあ!?」


泣き声が穏やかになってきて、遂に泣き止んでくれるかと思ったら寝たんだが!?


俺の肩に崩れ落ちるようにもたれかかってきたので慌てて受け止める。

思いのほか軽くてびっくりしたが、小さい子どもってのはこういうものなんだろうか。


硬い石の床に寝かせておくのはどうかと思うが、何せ勝手が分からない。

考えた末に自分の足を犠牲にすることにした。俺の胡座の中にすっぽりとおさまる小さな身体を眺めつつ、これからどうしたらいいのか途方に暮れる。


だが、涙の跡の残る幼い寝顔を見ると、心がぎゅうっと苦しくなった。こんなに小さな子が、一人で勇者と戦うのは、確かに泣き出したくなるほど辛いだろう。


「……はぁ」


しかし、俺とて一文無しの身。

この子が可哀想だとは思っても、してあげられることはそう多くない。


強いて言えば、俺が強く願った時に聖剣が光り輝いたことだろうか。なんか、魔法はイメージの力とか言ってたし、俺の気合いが関わっているんだろうとは思う。


背負ってるのが重いから横に置いた剣は、ファンタジーっぽい見た目ではあるが今は光ってはいない。


「んー、分からんなぁ」


俺の胡座ですぴすぴ眠る幼女はあどけない寝顔を晒していて、さっきまでよりは顔色も良くなっている。

それを見ていたら、『まあいいか』と思えるのも不思議な事だ。


可愛らしい銀髪幼女がちょっと元気になったのなら、それでいいだろう。


……俺自身の問題が何一つ解決していないのは、見なかったことにしたい。




✧••┈┈┈┈┈┈••✧




「うみゅ〜……ふぇっ!?」


素っ頓狂な声をあげて、幼女が起きた。

顔色もマシになっていて何よりだ。ちょっとしたお昼寝で回復するとかマジで子どもかよ。


「起きたか。色々聞きたいことがあるんだが、いいか?」


子ども相手に聞くのもな、とは思うが、現状コイツしか話し相手が居ないので仕方がなかろう。

膝に幼女を座らせている構図は若干犯罪臭が漂うが、見なかったことにしたい。


「ん、えと、いいけど……。でもね、今からゆうしゃが来るみたいなの。ちょっと待っててくれる?」


見た目に見合った幼めな口調で、こてんと首を傾げる姿はかなりかわいい。


「その話なんだが、俺が勇者なんだがどうしたらいいんだろうか」


「ゆうしゃ!? 大変なの、ゆうしゃが来たの!!」


「あ痛っ」


膝の上で突然暴れられ、彼女のデコが俺の顎にクリーンヒットした。


「あ、ご、ごめんなの! いたい? 大丈夫?」


「大丈夫だ」


かなり痛かったが、幼女に心配されるのもアレなので大丈夫と言っておく。

紅葉のような小さな手で顎をなでなでしてくれる。かわいいな。


「で、えっと、なんだっけ……。そう、ゆうしゃが来るの!」


「そうだな。それで、俺が勇者なんだが」


「そう! って、ええっ!!??」


何回やるんだ、このやり取り。


「どうしよう、どうしようなの!」


「どうしたいんだ?」


「えっと、ええっと……。あのね、北のお兄さまが、『勇者の強い想いが魔王を強くする』って言ってたの。

だから、勇者に怖い思いをさせて、『死にたくない』って思わせるんだって」


「なるほどな。今のところ怖くはないな」


そう言うと、みるみるしゅんとしてしまう。


「そうなの。わたし、全然怖くないの……」


「でも、怖い気持ちじゃなくてもいいんだろ? さっき俺が『泣きやめ!』って思っただけでも、回復したみたいだし」


「……そうなの! 魔力が全然無くて、もう倒れそうだったのに、今はちょーっとだけ、元気だよ」


やっぱりあの顔色の悪さはデフォルトでは無かったか。


「それは良かった。ずっと魔力が無いって言ってるけど、魔力が無くなったらどうなるんだ?」


「お城と一緒に、ルゥアが消えちゃうの。それは絶対イヤなの。怖いの」


俺のシャツの襟元をぎゅうっと握って訴えるのは子供のようで、ルゥアは本当に怖いんだと思う。


「ちなみに、あとどれくらいは消えなくて済みそうなんだ?」


「んと、あそこ見て欲しいの。今は18でしょ?」


ルゥアの小さな手が示す先の壁にはぐにゃぐにゃした模様に縁取られた掲示板のような物が貼られていて、『18』と表示されている。


左側にはかなり空白があるのを見るに、もっと桁の多い数字を表示する前提なんだろうな。


「魔力が18ポイントあれば、どれくらい持つんだ?」


「そうねぇ。今日は大丈夫だと思うの。明日は、多分大丈夫だと思うけど……。どうかなぁ」


「おい、ギリギリじゃねぇか」


思ってたより消滅の危機で、思わず言葉も荒くなる。


「そうなの。大変なの!」


紅い瞳が切実に縋り付くように見つめて来るが、俺に出来ることなんてあるんだろうか。


「とにかく、ルゥアのことを真剣に考えて祈ってみるか」


俺も人間なので、俺の想いは魔力になる。

勇者だからより一層効果的かもしれない。


そう思って30分程真剣に祈ってみたのだが。


「ダメだなぁ……」


魔力は18からビクともしない。

さっきルゥアが倒れそうだった時と比べて、気持ちも落ち着いているし、必死さは少ないから魔力がほとんど貯まらないんだろう。


「ぁっ、減っちゃった……」


見ている間に、18から1ポイント減って17になってしまった。

俺の普通の祈りでは、魔王であるルゥアを維持するのには足りないのか。


ルゥアはとてもとても辛そうに『17』の表示を見つめ続ける。

そりゃあそうだろう。

余命宣告の確実版で、自分の命が刻一刻と減っていくのを思い知らされてしまうのだから。


「ぅう……。やっぱり、わたし、ダメなんだ……。

消えちゃうんだ」


紅い瞳が絶望の淵に落ちていきそうで、それをどうにかしてあげたい。

見知らぬ世界の事とはいえ、目の前で泣いている女の子が居れば、助けてあげたいと思うのが人間じゃないか。




✧••┈┈┈┈┈┈••✧




「それで? ルゥアは魔王なんだろう?」


泣きわめいた後ですやっと眠って、ようやく回復してまともに話が出来そうだから、最初から確認していこう。


「うん。私は『北北西の魔王 ルゥアリティス・ツェーエンアウゼ』なの!」


「なんて?」


ルゥアの本名らしきものを名乗られたが、あまりにも長すぎる。

世界史苦手な俺が一発で覚えられるわけが無いな。というかほとんどの人間が無理だろコレ。


「ルゥアリティス・ツェーエンアウゼなの! でも長いからルゥアでいいの。北のお兄さまもそう呼ぶから」


本人がルゥアと呼んでいいと言うなら、覚えられなくてもまあいいか。覚えた所で噛まない自信は全く無いし。



というか、北北西魔王って何だよ。恵方巻きかよ。

普通あっても東西南北4人じゃないか?

この世界の魔王、多すぎるだろ。



「それならルゥアって呼ぶな。それにしても、北北西とは……。

俺は本当は、北の魔王を倒しに行くはずだったんだが、もしかして途中で迷子になったのか?」


「えっ、お兄さまの所へ行っちゃうの!?

ダメなの、ルゥアのゆうしゃなんだから!」


縋るよう目で必死に訴えるのは可愛いが、そんな残酷なことはしない。


「大丈夫だ、ここに居るから」


「絶対、ぜったいだよ!?」


「分かった分かった、大丈夫だって」


ルゥアの小さな手が俺のシャツの胸元をぎゅうっと握る。

服が伸びるんじゃないかって思うほどの力が込められていて、彼女がどれだけ俺を必要としているのか、伝わってきた。


それでなくとも、俺はヤローに興味はない。

この小さな手を振りほどくことは、俺には出来ないな。


「あのね、ゆーしゃ、名前は?」


こてんと首を傾げる姿は本当に可愛らしい。

ゆるキャラみたいだ。


「俺は田中響也だ」


「タナカキョーヤね! 短いから、一回で覚えたよ。ルゥア、えらい?」


「はいはい、えらいえらい」


マジで子どもかよ、っていう野暮なツッコミはせず、おざなりながらも頭を撫でて褒めておいた。

すごく満足げにニヒニヒ笑っているので良かったんだろう。


「あのね、タナカキョーヤ。タナカキョーヤは、ルゥアのだからね? 間違えてほかの魔王のとこへ行っちゃだめだよ?」


「分かった。だけど、タナカキョーヤ呼びは止めてくれないか。普通にキョーヤでいい」


「ん、分かった!」


ふふふ、と笑う魔王ルゥアはやけに機嫌が良さそうで。

何がそんなに楽しいのかは分からんが、真っ青な顔で泣いているよりは余程いいと思う。




✧••┈┈┈┈┈┈••✧





「で、ルゥアは何が出来るんだ?」


まったりお喋りしている場合じゃないんだよ。

危機感無さすぎて忘れそうになるが、コイツの命が残り僅かなのは間違いないんだからな。


「うたが得意なの! ねぇ、聞いてくれる?」


「いいよ」


「わーい、やったー!」


ぱあぁっと得意げな笑顔で、飛び跳ねるように立ち上がるルゥア。反動で俺の足が痛い。


「じゃあ、うたうね!」


すぅ、と大きく息を吸ってから始まった歌は、俺の知らない言葉で不思議と吸い寄せられるような魅力のあるものだった。


揺れる銀髪も黒いスカートも、まっすぐに見つめられる紅い瞳も何もかもが綺麗に見えて、一気に心奪われた。


その時。


バチィ、と強い衝撃をうけて、後ろにひっくり返った。

石の床に危うく後頭部を打ち付けそうになったし、立っていたらなかなかのダメージだぞ。


「キョーヤ、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。続けてくれ」


ルゥアは心配そうに歌を止めてくれたけれど、さっきまでの魅力的な歌の続きが早く聞きたくて先を促す。


でも、今度はさっきのように目を吸い寄せられて動かないなんてことは無かった。

ただひたすらに、かわいいルゥアが歌っているだけだ。


穏やかな歌を聞き続け、何となくふわふわしていい気分になった所で歌が終わった。


「キョーヤ、どうだった?」


「ルゥアはとても歌が上手いな。これなら人間はルゥアに夢中になるんじゃないか?」


「でも、これは【魅了のうた】っていう魔法だから、これで私のことを考えてくれても、魔力は貯まらないの」


「あっ、これルゥアの魔法だったのか」


「そうなの。だから、途中で勇者の精神耐性が発動して、キョーヤが倒れちゃったの」


なるほど。

魔王の洗脳にかかりそうになっていた、ってことか。


「でも、魔法を耐性で破ったあとも良い歌だと思ったぞ?」


「それは、わたしの歌が上手だからだよ!」


めっちゃくちゃ得意げなルゥアの頭を撫でて褒めておく。


「うん、ルゥアの歌は上手かったぞ。他にはどんな歌を知ってるんだ?」


「んーと……【悲しみのうた】とか、【興奮のうた】とか、【いのちのうた】とかかな」


「歌ってみてもらえるか?」


「もちろんだよ! キョーヤが聞いてくれるの、嬉しいもん」


うふふ、と笑うルゥアは心の底から嬉しそうだ。

この魔王城にどのくらい居るのかは知らないが、少なくとも歌を聞いてくれる人は居なかったのだろう。



悲しみの歌は文字通り悲しくなる魔法で、興奮の歌もテンションが上がる魔法のようだ。

だが、最初の衝撃の時に耐性が出来上がったのか、俺は魔法にかかってしまうことは無い。


ウッキウキで歌うルゥアが可愛いだけだ。


そして、【いのちのうた】はというと。


「これ、回復魔法か」


最近特に調子の悪い腰も、ずっとルゥアを座らせていたせいで少し痛い太ももも、完全に治ったようだ。


「うふふ。ルゥアのうた、凄いでしょ? 【いのちのうた】は、わたしの配下を元気にする魔法なの」


「なるほどな。ルゥアの配下って、誰のことだ?」


俺がしれっと配下扱いされていることにはこの際目をつぶろう。


「ルゥアの能力は、作ったぬいぐるみが配下になって、自分で戦ってくれるのよ。わたしは弱いけど、みんなは凄いんだから!

……今は魔力が足りなくて動かせないんだけどね」


ぬいぐるみを操る魔王(幼女の姿)か。それは、かなり弱そうだが、強いぬいぐるみも作れるんだろうか。

少なくとも、勇者に恐怖を与えるのには限りなく向いていないだろうな。


まあルゥアは嬉々として解説してくれているのでそっとしておこう。


「でも、この魔法の歌だと、魔力は貯まらないんだよな?」


「うん」


それだと意味が無いが、方法を考えれば魔力をガンガン稼ぐことも出来るんじゃないか?


「ルゥアは、他の歌を覚える気はあるか?」


「うた好きだから、たくさん知りたいの。キョーヤ、教えてくれる?」


やる気十分なようなので、俺がその場で歌える流行りの歌を聞かせた。俺の歌はそんなに上手ではないが、音痴でもないからルゥアに聞かせるには十分だろう。


「うん、ステキな歌なの! わたし、歌ってみていい?」


一回聞いただけで歌えるのか、と驚いたが、ルゥアの実力は想像以上だった。

俺がよく聞いていた本家を余裕で越えるほどの美声と迫力。声の質も雰囲気も、全てが完璧だった。

鼻歌のように気軽な調子で歌っているのに感動させられるとは……。


「どう?」


少し自信なさげにルゥアが聞くのは、俺のリアクションが薄かったからだろう。


「いや、凄いよ。素晴らしい歌だった。ルゥアは絶対に歌を武器にした方がいい。

下手に戦うより、ずっといいと思う!」


俺の語彙力の無さが恨めしいが、自分に出来る限り褒めたたえる。


「えへへ、そうかな〜。キョーヤが好きなら、よかった!」


お気楽そうなルゥアは置いといて、彼女の生きる方法を真剣に考えよう。

この歌があれば、大概の人間はルゥアに興味を持つと思うんだ。そうしたら、『魔王城で魔王のことを考える』という、魔力を作る条件を満たせるだろう。


だって、魅了のうたの効果を受けていないはずの俺ですら、こんなに感動したんだから。


日本では最近【推し】という言葉が流行っていたが、目指すのはそれだ。

アイドルになって、ファンを作って魔王城でライブをやれば、ルゥアが生きていくのに苦労しなくなるだろう。

少なくとも、俺と出会った時のように、真っ青な顔色で大泣きすることは無くなると思う。


チラッと魔力表示を見ると、17から22に増えている。魅了に掛かりかけた時は多分魔法の効果だと判定されたが、その後は俺の意思と見なされたのだろう。


3曲で5ポイントは結構大きいのでは無いだろうか。

1日10ポイント程あれば生きていけるようだし、二人くらい客が居れば良いことになる。


「ねぇキョーヤ、ルゥアのうた、キレイだった?」


色々と考え込んで黙った俺を、下からルゥアが見上げてくる。

その紅い瞳は不安げに揺れていて、魔王だというのが信じられなくなりそうなくらい。


「ああ、とてもとても綺麗だった。

だから、それを活かしてルゥアの魔力に変えられないかと考えているんだ」


「キョーヤ、ほんとにありがとう。わたし、勇者や冒険者が来るのが怖くて。

どうしたらいいのか、分からなかったの」


その言葉は、ルゥアの心の底からの本心だろう。

考えなしな所もあるが、きっと根本的には、考えれば考えるほど怖くなって動けなくなったんだと思う。


「でもね、キョーヤが居たら、大丈夫かも、って思えるの。ありがとう!

それに、魔力がもっと溜まれば、体を大きくすることも出来るの。そうしたら、冒険者がたくさん来ても、怖くなくなるかも」


「体を大きくする、っていうのはどういう事だ?」


幼女のままサイズだけデカくなるのか、成長するのか気になる。


「もっとキレイな、オトナのお姉さんになれるの! 西の魔王みたいな感じだから、それで歌ったらもっと冒険者を虜にできると思うよ」


「なるほど、それはいいな。

大きくなれるように、頑張ろう」


ルゥアの笑顔は輝くようで、とてもかわいい。が、幼女の姿だとどうしても犯罪感が漂う。

魔力があれば成長するのなら、その方がより効果的だろうし、俺的にも嬉しい。


ルゥアがかわいいとは思うが俺はロリコンではない。この可愛らしさのまま『オトナのお姉さん』になれるなら、それはそれは期待出来るだろう。

そのためにも、頑張って考えないとな。




✧••┈┈┈┈┈┈••✧




「で、これだけの実力があるのなら、人間を呼んで魔力を溜めた方がいいと思うんだが、どうしたらいいと思う?」


「んー、わたしじゃあんまり分からないから、北のお兄さまに聞いてみよっか」



俺の膝から飛び降りてどこかへ行き、すぐに戻ってきた。

手には謎の石版を持っていて、見るからに重たそうだ。


それをベッドの横の床に置いて。


「きどう!」


ルゥアが叫ぶと、ぱあぁっと白く光りはじめた。

その光が少し収まった所で


「北の魔王 レイザードロス・チェルシェヴァン!」


ルゥアが叫ぶと同時に軽やかなメロディが流れ始め、少ししたら。


「おぅ、ルゥア。生きてたんだな、よかった」


その渋い声と同時に、石版の白い光が男の形になっていく。


「ホログラムかよ、すげぇ」


まるで本当に目の前に居るかと思うほどリアルなホログラムが空間投影されて感動する。


いかにも魔王というような、捻れた角に黒のマント、暗い赤のシャツと黒のズボン。

見た目をイメージ通りにしているのは、やっぱり人間に恐怖を与えるためだろうか。


「お兄様、お久しぶりですの! ルゥア、元気になったんですよ!」


とても明るい声で報告するルゥアは、北の魔王を信頼しているんだろう。


「そりゃあ良かった。それは、後ろのそいつのおかげか?」


ルゥアが通信してるから見えてないかと思っていたら、俺のことも向こうから見えていたらしい。


「そうなの! タナカキョーヤだよ。ルゥアのゆうしゃで、何でもしてくれるんだよ」


ルゥアの紹介にはツッコミどころしかないが、ここで喧嘩するのもアレだ。


「初めまして、田中響也といいます。

異世界から来た勇者で、ルゥアの魔力を支援しています」


北の魔王と言うだけあって、目つきは鋭く理知的なので、ルゥアよりは余程賢いだろう。


「お前、勇者なんだろ? そんな硬っ苦しい喋り方しなくていいぞ。

勇者に畏まられた方が気色悪ぃ」


優男風な見た目に反して、なかなか豪気な男のようだな。


「じゃあ、手っ取り早く聞きたいことが幾つかある。

『魔王城で魔王に向けられた強い想いが魔力になる』とルゥアは言っていたが、本当か?」


「ああ、そうだ」


「それは、恐怖なんかのマイナスな感情でなくてもいいのか?」


「ポジティブで強い感情を抱かせるのは難しいからネガティブな方向になりやすいだけで、どんな感情でも大丈夫だ。

現に、西の魔王はニンゲンを飼っているらしいぞ。さすがに勇者ではない一般人だがな。

というか、お前は勇者だろう?

ニンゲン共を裏切っていいのか?」


口の端を引き攣らせるように笑う様はなかなか胴に入っていて、長年魔王をやっているだけあるなと感じる。


「俺は、どうせ従うなら教会のオッサンよりも可愛い女の子がいいからな」


キリッと効果音が付きそうなほどはっきりとそう宣言すると、北の魔王は高らかに笑った。


「カカカカカ!! そりゃあ面白ぇヤツだ。

男ってのはそうあるべきだよな!

んで? お前はルゥアをどうしたいんだ?」


先程まではルゥアを見ていた北の魔王の闇色の瞳は、今は興味深そうに俺を見ている。


「端的に言うと、ルゥアをアイドルにしようと思っている」


「アイドル?」


アイドルというのは、この世界では一般的ではないのか。

確かに、文明的にも現代日本には遠く及ばなそうだったし、アイドルは居なさそうだ。


「歌と踊りで人の興味を惹き付け、自分を好きになってもらって、支援したいと思って貰おう、という感じだ。

ルゥアは可愛らしい見た目をしているから、人間の冒険者にはウケると思うんだ」


「なるほど、文字通り偶像(アイドル)という訳か。一種の宗教のようだな。ルゥアの能力は催眠がメインだから、方向性としてかなり良いと思うぞ。

なんなら、俺の所に来た冒険者を何人か客として送り込んでやろうか」


「そんな事が出来るのか?」


「今までは、送った所で対処出来ないだろうと思っていた。だが、方向性が決まったならこちらから支援も出来る」


最強の魔王が支援してくれるというのは心強い。


「じゃあ頼めるか? なるべく早い方がありがたい」


「ルゥアの残り魔力を考えたらそうだろうな。数時間以内に送る」


そう言うと、向こうから通信が切れた。


「よし、これでいいな」


何も映さなくなった石版を眺めて満足げにそう言うと、隣に居るルゥアが涙目でこちらを見ていた。


「なんで、なんで冒険者を呼ぶの? ルゥア、死んじゃいたくないよぉ」


「だって、ニンゲンが来て魔力を作ってくれないと、数日中にはルゥアは死んでしまうじゃないか」


「でも、でも!! ニンゲンが来るなら、ルゥア、死んじゃう!

ニンゲンが何しに来るのか、キョーヤは知らないの? ニンゲンは、まおうを倒しに来るんだよ!?」


必死に言い募るルゥアはプルプルと震える腕で俺の服を握りしめていて、本当に怖いんだと思う。

たとえそれがただの現実逃避でも。


「そうだな。そいつらから魔力を取って生きるのが魔王だろう?」


「でも、ルゥアは無理なの! ルゥア、魔王なんてやりたくない!!

お兄さまみたいには、なれないもん!」


「そりゃそうだ。ならなくていいよ」


落ち着かせるように頭を撫でながら言うと、キョトンとしてこちらを見つめる。


「お兄さまみたいにならないの? ルゥア魔王なのに?」


「魔王だけど、北の魔王のようになるのは無理だろう?」


「うん」


「だから、ルゥアはルゥアなりのやり方で、魔力を取ろう。難しい事じゃないよ。

ルゥアはただ歌えばいい。北の魔王にも出来ない、ルゥアだけの魅力的な歌を」


「歌は、得意だから出来るよ。

でも、ニンゲンが来るんでしょ? ルゥアを倒しに来るのよ? そしたら、ルゥアは、ニンゲンを殺さなきゃならないのよ?」


歌うことへの抵抗はない。

ただ単に、冒険者と戦うことが怖いだけだ。


考えてみれば当たり前のことだろう。

誰だって、今から自分を殺そうとする奴が来るとなれば、怖いに決まっているし、どんな相手でも殺すのは怖い。


「ルゥアを倒しに来た奴を殺すなんて勿体ないことをしなくていいよ。

ルゥアの支配下に置いてしまえばいいんだ。俺みたいに」


「……そう、かも」


俺という身近な例があるおかげで、納得してくれそうな気配がする。


「でも、キョーヤは変なニンゲンだよ。ニンゲンはキョーヤみたいじゃないもん。

もっともっと、怖いんだよ」


さっきから「でも」ばっかりだ。

駄々っ子のようだが、何とかしてルゥアを納得させないと、結果的にルゥアが消えてしまっては、どうしようも無い。


「ルゥアは可愛いから、俺みたいにルゥアのことが好きになる人も居ると思うよ」


俺のその言葉を聞いた瞬間、ルゥアの顔がぽふんと真っ赤になった。


「ルゥア、かわいい? ルゥアのこと、すき?」


「うん。ルゥアは可愛いし、好きだよ。

だから、ルゥアに消えて欲しくない。

もしもニンゲンが襲いかかって来たら、俺がルゥアを守るから。

だから、ルゥアはニンゲンの前で歌ってくれないか?」


瞳と頬が同じくらいに真っ赤になったルゥアが、真剣に俺を見つめてくれる。


「キョーヤは、ルゥアだけの勇者だもんね?

ルゥアのこと、守ってくれる?」


「ああ、もちろん」


その返事を待ち焦がれていたかのように、俺の胸に飛び込んでくるルゥア。


「あのね、キョーヤ。わたし、怖いの。

でも、このままじゃダメだって、分かってるのよ?

だから、キョーヤが守ってくれるなら、キョーヤの言う通りにする」


ぐりぐりと俺の胸元に頭を擦り付けるようにするルゥア。甘えているのだと思うと、ルゥアがより一層可愛いと思い、抱きしめる。


こんな小さな身体で、自分を倒しに来る者に立ち向かうのは、さぞ怖いだろう。

だけど、ルゥアにはルゥアにしか出来ない生きる道があると思う。


ルゥアが消えるのは嫌だ。


それは、ルゥアだけじゃない、俺の想いでもある。

背中の剣がぽわりと光った気がした。




✧••┈┈┈┈┈┈••✧




魔王城へ入ってすぐの所に急ごしらえながらも作った舞台。

その隣の部屋で、いつでも出られるようにしてルゥアは待機しているはずだ。


俺はというと、北の魔王城から送られてくるはずの冒険者を上手いこと言いくるめる担当だ。


北の城にだけ繋がった転移陣が作動し、四人組の冒険者が現れた。


「えっ、ここどこだ?」


困惑する男たち相手に、すかさず営業トークを始める。


「おおっ、お客様、運がいいですね! ちょうど今から歌と踊りのライブが始まるんですが、見ていきませんか?」


「ん?ライブ? いや、俺たち街に帰るところなんだけど」


「魔王城攻略のお帰りですか? お疲れですよね、可愛い女の子を見て癒されませんか?

今ならデビューしたてなのでお金は頂いていませんよ。早い者勝ちですから、見るならお早めに決めてくださいね」


そう言っているうちに次の3人組が転移してきたのですかさずそちらにも話しかける。


人間というのは不思議なもので、『運がいい』とか『早い者勝ち』とか言われた後で、他の人が来ると「損したくない」と思うんだよな。

しかも人間なら誰でも好きな『タダ』だし。


そして、前の奴らが居るとそれにつられて一緒に行こうとするのもまた人間の習性みたいなものだろう。


そうして舞台のある部屋に、五組18人の冒険者もとい客が入った所で照明を暗くする。


客が戸惑う前にルゥアが飛び出して来て、そちらへパッとライトを当てると、一気にルゥアに注目が集まる。そこからはもう、ルゥアの独壇場だ。



「みんな、はじめまして! ルゥアだよ!

ルゥアのステキな歌を聞いて、元気になって帰ってね!!」


キラキラの笑顔で可愛い女の子に言われると、嬉しい気持ちになるのが男のサガだ。


「じゃあまずは1曲目! 《魅了のうた》だよ!」


勇者として耐性のある俺でも純粋に聞き惚れてしまうほどの歌声だ。

耐性は無く、特に心構えもしていない冒険者たちは完全にルゥアの魔法にかかり、ぽーっとルゥアを見つめることしか出来ていない。


「じゃあ、次の歌だよ! 《虹》!」


これは、ルゥアが始めから知っていた歌じゃなく、俺が教えた歌だ。

魔法の力が無いから興味を引くならルゥアの腕前が必要になるが、その分魔力となってルゥアの収入になる。


元々討伐する気など無かった冒険者たちは《魅了のうた》で完全にルゥアの虜になり、今では魅了のうたの効果が薄れているはずなのに彼女から目を離せない。


次々と歌うルゥアは全力さやひたむきさが伝わってきて、俺までなんだか感動してしまう。

怖い怖いと泣いていたのに、ここまで良い舞台が出来るなんて、と。



「じゃあ、次の歌で最後だよ! 《癒しのうた》!」


ルゥアは、この観客たちが完全に自分の配下になったと思ったらしい。癒しを掛けて、魔法的に元気にしてあげるみたいだ。


「……あったかい……」


北の魔王城の冒険で疲れきった身体に、ルゥアの癒しはさぞ心地よいだろう。

歌の魔法で魅了された上に興奮もさせられて、精神的にも疲れていただろうし。


「今日は来てくれてありがとう!

またルゥアのライブに遊びに来てね〜!」


軽い調子で手を振るルゥアに手を振り返す客達は、トロンとした目をしていて、冷静な判断力が無くなっているな。


その証拠に、ルゥアだけに当てていた照明を普通に戻しても、しばらくはその余韻を噛み締めるようにその場を動かない。


「いかがでしたでしょうか。またの機会があれば、ぜひお越しください。

お帰り口はあちらです」


見かねた俺が案内を始めると、ぼーっとしたまま着いてくる。


「なあ、次のライブはいつやるんだ?」


そう聞いてくる奴も居たが、次の予定など何も決まっていない。


「近いうちに行いますので、その時はぜひ」


転移陣の青く淡い光に包まれて全員が帰って行くのを笑顔で見届け、控え室に戻ってもルゥアは居なかった。


なので魔王の部屋へ行くと、魔力掲示板の前で小躍りしているルゥアが居た。


「ねぇねぇ! キョーヤ! すごいの、すごいよ!!」


大興奮のルゥアが飛びついてきて、危うく後ろに倒れそうになる。


「おお、283か。結構いい方じゃないのか」


20に満たないポイントだったことを思えば、急成長だろう。単純に10倍になっているんだからな。


「すごいよ、すごい! それにね、全然怖くなかったの!

ニンゲンはわたしを倒しに来るって思ってたけど、皆とってもいい子だったよ。

ねぇ、また来てくれるかなぁ」


冒険者のむさ苦しい男を『いい子』と言うのはさすが魔王のセンスと言ったところだが。


「次のライブはいつだと聞かれたから、また来たいと思っているんじゃないのか」


「そっか、よかった! ルゥアの配下になってくれたからね、また来てくれるよね!」


ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶルゥアは、ライブが成功したのがとても嬉しいようだ。


「キョーヤ、ほんとにほんとにありがとう!

キョーヤが居なかったら、わたし一人じゃこんなこと出来なかったから。

きっと、ひとりぼっちで消えていくだけだったと思うの」


今までの苦しさと、興奮と喜びと。

様々な感情が紅い瞳の中で渦巻いているようで、みるみるうちに潤んでいく。


「ルゥアが頑張ったからだよ。

ずっと怖いと言っていたのに、あんなに堂々と歌えるルゥアが凄いから、皆が夢中になったんだ」


全力で頑張ったルゥアをただひたすらに褒めてあげたくて、銀色の髪を撫で回す。


「うん、ルゥア、頑張ったよ。

キョーヤが居たから頑張れたの」


これ以上なく嬉しそうな笑顔を、まっすぐ俺に向けてくれる。

それだけで俺も嬉しくて、この想いがまたルゥアの力になればいいなと願った。






「キョーヤ、ありがとう!」




このまっすぐに輝く笑顔が消えてしまわなくて本当に良かったと、そう思う。








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