第七章『もふもふ事件簿』
冬の朝、もふもふカフェはゆっくりと営業準備を進めていた。外の寒さとは対照的に、店内はストーブの暖かさと動物たちの息遣いでぽかぽかしている。カウンターの上では、拓麻が黙々とコーヒー豆を挽き、美優香が焼き立てのマフィンをトレイに並べている。
「今日も寒いですね。」将之が店内に入ってくると、ルカが一目散に駆け寄ってきた。将之はルカの頭を撫でながら、ふとカウンターに目をやる。
「将之さん、今日はちょっと大変かもしれません。」美優香が微妙な表情で言う。
「何かあったんですか?」
「実は、今朝から動物たちの様子が少しおかしくて……特に猫たちが、やたらと同じ場所を見つめてるんです。」
その話を聞き、将之は猫たちが集まっている窓際に目を向けた。数匹の猫が同じ一点をじっと見つめ、警戒するように耳をピンと立てている。
「何かいるのかな?」将之が近づくと、猫たちは一斉に尻尾を膨らませた。普段は穏やかな猫たちが、これほどまでに緊張しているのは珍しい。
「何を見てるんだろう……」窓を覗き込むと、裏庭にふわふわの毛玉のような物体が転がっている。よく見ると、それは小さな野良猫だった。真っ白な毛並みが雪と溶け込み、まるで雪玉のようだ。
「もしかして、あの子が原因?」将之がつぶやくと、涼楓が静かに現れた。
「多分、外の子が縄張りに入ってきたから警戒してるんでしょう。猫って、そういうのに敏感ですから。」
「なるほど……でも、寒そうだな。」将之が窓を開けて声をかけると、白い猫はピクリと耳を動かし、警戒心を持ちながらもじっとこちらを見つめている。
「ここに来るのは初めてだよね。」涼楓が外に出てそっと近づくが、白猫は素早く物陰に隠れてしまった。
「慣れていない子ですね。でも、どうやら空腹みたいです。」涼楓はそっと猫用おやつを置き、少し離れて見守る。
「野良猫か……でも、ここに来たってことは、きっと安心できる場所を探してるんじゃないかな。」将之が心配そうに言うと、味夏がニヤリと笑った。
「まさか、将之さん、猫の気持ちが分かるようになっちゃったの?」
「いや、そんなことはないけど……都会でも、同じように寒さに耐えてた猫をよく見かけてて。」
「そうだね。でも、このカフェなら大丈夫。少しずつ慣れてくれればいいさ。」広孝が力強くうなずく。
その時、ルカが外へ出て、ふわふわの白猫の方へ近づいていった。警戒心を示すかと思いきや、ルカは低姿勢で鼻を近づけ、ゆっくりと尻尾を振っている。白猫も少し驚いた様子だが、ルカの穏やかな動きに安心したのか、匂いを嗅ぎ返している。
「ルカ、さすがだな。友好的だ。」将之が感心すると、涼楓がほっと息をついた。
「ルカは優しいから、きっと安心できたんでしょうね。」
その後、少しずつ白猫も警戒を解き、ようやくおやつに口をつけ始めた。美優香がそっと毛布を持ってきて、少し離れた場所に敷くと、白猫は恐る恐るその上に乗った。
「よかった。これで少しは温かいかな。」美優香が安堵の笑みを浮かべると、将之も自然と笑顔になった。
「それにしても、今日は動物たちの小さな事件が多いですね。」幸華が店内の様子を見回しながら笑う。
その直後、厨房から「にゃー!」という鳴き声が響いた。慌てて駆けつけると、モルモットのケージの中に猫が入り込んでいる。モルモットたちは丸まって震えており、猫は好奇心旺盛にケージの中を探っている。
「こら、勝手に入っちゃだめだよ!」拓麻がそっと猫を抱き上げると、猫は「ふにゃー」と不満げに鳴いた。
「今日はいろんなことが起きますね。」佑佳が帳簿を片手に苦笑いしている。
「でも、動物たちが元気なのはいいことです。これも日常の一部ですから。」美優香がそう言うと、カフェの中にほっとした空気が戻った。
外の白猫も徐々に落ち着き、ルカと寄り添うように毛布の上でうたた寝を始めた。将之はその光景を見て、動物たちが安心できるこの場所がいかに大切かを改めて感じた。
「動物たちも人間も、ここが安心できる場所であってほしいですね。」将之の言葉に、美優香が静かに頷いた。
「はい。もふもふカフェは、そんな場所でありたいです。」
ルカと白猫が寄り添う姿を見つめながら、将之の心には温かい感情がじんわりと広がっていた。今日もまた、カフェには小さな事件が溢れている。でも、その一つ一つが、人と動物を少しずつ繋いでくれる大切な出来事だと感じていた。
(終)