第五章『季節が変わる頃』
もふもふカフェに通うようになって数か月が経ち、季節はゆっくりと秋から冬へと移り変わっていた。街路樹の葉は赤や黄色に色づき、風が冷たさを増していく中でも、カフェの中はいつもと変わらず、温かく穏やかな空気が流れている。
将之は今日もカフェの一角で、カフェラテを片手に動物たちと過ごしていた。足元にはルカが丸まっており、その柔らかな毛並みが寒さを和らげてくれる。
「寒くなってきましたね。」将之がつぶやくと、近くで掃除をしていた幸華が微笑みながら頷いた。
「はい。でも、動物たちも冬支度を始めているんですよ。見てください、モルモットのふわふわ度がアップしてます。」
指さす先には、丸々とした体をさらに膨らませて、ふさふさの毛がモコモコしているモルモットがいる。まるで小さな毛玉のようで、将之は思わず微笑んだ。
「本当だ、なんか暖かそうですね。」
「寒くなると毛がふわっとしてくるんです。特にルカも、冬毛に変わってきてますね。」幸華がルカを撫でながら言うと、ルカは少し照れたように鼻を鳴らした。
「冬支度か……俺も暖かいコートを買わないとな。」そう言いながら、将之はこの街の冬をまだ知らない自分に気づいた。都会では、ただ寒さを避けるだけの日々だったが、この街では季節を楽しむ余裕がある。それが新鮮で心地よい。
その時、奥の厨房から香ばしい匂いが漂ってきた。美優香が焼き上げたばかりのアップルパイを運んできたのだ。
「将之さん、よかったらどうぞ。今日はリンゴ農家さんから新鮮な紅玉をいただいたので、焼きたてです。」
「ありがとうございます。」フォークでパイを切り分け、一口食べた瞬間、甘酸っぱさとシナモンの香りが口いっぱいに広がった。
「美味しい……本当に美味しいです。」素直に感想を述べると、美優香は少し照れたように笑った。
「寒い季節には、こういう温かいデザートがいいかなって思って作りました。」
「さすがですね。食べるだけで心がほっとします。」将之がそう言うと、厨房から顔を覗かせた味夏がウインクした。
「でしょ?美優香さんのアップルパイは最高なんだから。私なんて、つまみ食いしたい衝動を抑えるのに必死だったよ。」
「味夏、それは内緒にしてって言ったじゃない。」美優香が困ったように笑うが、そのやり取りも微笑ましい。
カフェが少しずつ冬仕様に変わっていく中、スタッフたちの動きも変化していた。佑佳は店内のレイアウトを考え直し、冬でも暖かく過ごせるように工夫を凝らしている。広孝は外回りのチェックをしながら、動物たちが風邪を引かないように注意していた。
「季節が変わっても、カフェの温かさは変わらないですね。」将之がふと漏らすと、広孝が力強く頷いた。
「そうだな。どんな季節でも、ここが居心地のいい場所であり続けるために、俺たちが頑張らないと。」
その言葉に、将之は自分もその一員であることを再認識し、自然と笑顔がこぼれた。すると、拓麻が猫を抱えながら無言で近づき、ぽつりとつぶやいた。
「……この子、膝の上が好きみたい。寒くなってきたから、くっつきたがってる。」
拓麻の腕にすっぽり収まっている猫は、満足げに喉を鳴らしている。その様子を見て、美優香が優しく微笑んだ。
「動物たちも冬を感じているんですね。寒さが苦手な子もいるから、しっかりケアしてあげないと。」
カフェの中では、寒さを忘れるほどの温かさが満ちていた。スタッフたちはそれぞれの方法で動物をケアし、冬でも快適に過ごせる工夫を重ねている。その一体感が、カフェの雰囲気をさらに和やかにしていた。
将之は、この場所が自分の心の拠り所になりつつあることを実感しながら、冬の訪れをしみじみと感じていた。美優香が淹れてくれた温かい紅茶を一口含み、窓の外の木枯らしにそっと目を向けた。
「ここに来てよかった……」その言葉を心の中で反芻しながら、将之はますますこの街に愛着を抱くようになっていた。
(終)