第四章『見つけた温もり』
迷子犬の捜索が終わり、もふもふカフェは再びいつもの穏やかな雰囲気を取り戻していた。スタッフたちはそれぞれの日常に戻り、カフェにはふわふわとした柔らかい空気が流れている。窓辺の席でカフェラテを飲む将之の足元では、ルカが気持ちよさそうに丸まっていた。
「将之さん、あの時は本当に助かりました。」美優香が隣の席に座り、優しく微笑んだ。将之は少し照れくさそうに頭をかく。
「いや、あの時はルカのおかげですよ。俺一人じゃ、きっと見つけられなかった。」
「でも、ルカを信じて追いかけてくれたのは将之さんです。あの判断がなければ、きっとポメラニアンは見つからなかったと思います。」
その言葉に、将之の胸が少しだけ熱くなる。動物が苦手だった自分が、今ではカフェの一員として認められている気がして、自然と肩の力が抜けた。
「美優香さん、俺、ここに来てから変わった気がします。都会で疲れ切ってた自分が、動物たちと触れ合って、こうして……誰かの役に立てるようになってきたっていうか。」
「私もです。都会での生活に疲れて、何か心が折れそうな時があって……それでも、このカフェを開いて、動物たちと過ごすことで元気をもらっています。だから、将之さんが来てくれた時も、すごく嬉しかったんです。」
美優香の言葉は素直で、心にまっすぐ響く。普段は柔らかな笑顔を絶やさない彼女だが、こうして本音を聞けたことが嬉しかった。将之は、自然とその横顔に見入ってしまう。
「美優香さんがここにいるから、このカフェがこんなに素敵なんですね。」
将之がぽつりと漏らすと、美優香は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに照れたように視線を逸らした。
「そんなことないですよ。私はただ、動物が好きで……それだけです。」
「でも、その気持ちがちゃんと伝わってるから、動物たちもここに集まってくるんじゃないですか?」
「そう……かもしれませんね。」美優香がふっと笑みを浮かべ、カウンターの方を見つめた。その目はどこか遠くを見ているようで、将之は少し気になった。
「美優香さん、もしよければ……何か、悩みとかあるんですか?」
その問いに、美優香は一瞬だけ沈黙したが、やがて柔らかく首を振った。
「大丈夫です。今は、こうしてみんながここに集まって、動物たちが元気でいてくれることが一番の幸せですから。」
その言葉が本当だとわかるからこそ、将之はそれ以上追及しなかった。代わりに、静かにカフェラテを啜り、店内の賑やかな様子に耳を傾ける。
その時、広孝が笑い声をあげながら近づいてきた。
「将之さん、美優香さん、こっち来てくださいよ。ルカが新しいトリック覚えたんです!」
「え?ルカが?」将之が驚きつつ立ち上がると、ルカもつられて尻尾を振りながら駆け寄ってきた。広孝が合図を送ると、ルカは小さな声で「ワン」と鳴き、両前足を揃えてぴょんと跳ねた。
「おお、すごい!」将之が歓声を上げると、美優香も笑顔で拍手をした。
「頑張ったね、ルカ。偉い偉い。」美優香が優しく撫でると、ルカは嬉しそうに目を細めた。
その時、カフェのドアが開き、あのポメラニアンの飼い主が顔を見せた。白い毛並みがふわふわと揺れ、飼い主と一緒にゆっくりと歩いている。
「先日は本当にありがとうございました!」飼い主が深々と頭を下げ、ポメラニアンもおとなしく座っている。
「良かったですね、元気そうで。」将之が微笑むと、広孝がルカの頭を撫でながら笑った。
「やっぱり、ルカは探偵の才能があるのかもしれませんね。」
「探偵ルカか……かっこいいな。」将之がルカに向かってそう言うと、ルカは得意げに胸を張っていた。
その様子を見て、美優香もほっとした表情を浮かべる。迷子の犬を見つけ出したことで、地域の人たちからも感謝され、もふもふカフェの存在はより一層愛されるようになった。
将之はふと、動物たちが人と人を繋いでくれていることに気づいた。都会では考えられなかった人の温もりが、ここには確かにある。そう感じた瞬間、将之の心には自然と「守りたい」という思いが芽生えた。
「これからも、もっとカフェに貢献できるように頑張ります。」
その言葉に、美優香は静かに微笑んで応えた。
(終)