第三章『初めての試練』
もふもふカフェが静かな街の一角で人気を集め始めた頃、カフェにはいつものように動物たちの穏やかな気配が漂っていた。木漏れ日が差し込む窓辺では、猫たちが気持ちよさそうに丸くなり、犬たちはお客さんの足元でくつろいでいる。そんなゆったりとした空気の中で、将之はすっかり常連となり、カフェの雰囲気に溶け込んでいた。
「将之さん、最近忙しそうですね。」広孝が声をかけてきた。
「仕事が少し立て込んでて。でも、ここに来るとホッとするんですよ。」将之が微笑むと、広孝も満足げに頷く。
そんな穏やかな日々が続いていたが、ある日、カフェの外から不安げな声が聞こえてきた。入口の方へ目をやると、息を切らせた中年の女性が立っている。
「すみません!うちの犬がいなくなってしまって……」
その一言に、カフェの空気が一変した。美優香がすぐに女性を席に案内し、落ち着いた声で事情を聞き出す。
「どんな犬でしょうか?いなくなった場所や時間も教えてください。」
女性は震えながらも懸命に説明する。白いポメラニアンで、朝の散歩中にリードが外れて走り出してしまったらしい。付近を何度も探したが見つからず、カフェの動物好きな人たちなら何か情報があるかもしれないと思って訪れたという。
「最近、この辺で迷子の動物が増えているんです。」美優香が真剣な表情でつぶやいた。
「実は、他にも迷子になった猫や犬の話を耳にしています。何か共通点があるのかもしれません。」佑佳が冷静に報告する。カフェのホワイトボードには、近隣で見つかった迷子動物の情報がいくつか書かれていた。
「これは……ただの偶然じゃないかもしれないな。」広孝が考え込む。
「とにかく、私たちもできる限り探します。もし他に情報が入ったら教えてください。」美優香が優しく声をかけると、女性は少しほっとした表情で頭を下げた。
その後、スタッフ全員が集まり、動物たちを一時的にバックヤードに避難させ、捜索の作戦を立てた。幸華が迷子動物の特徴をまとめ、拓麻が近隣の公園や路地を探す係に名乗り出た。味夏はSNSを使って迷子情報を拡散し、佑佳は警察や保健所に連絡を取る。
「俺も手伝います。」将之が意を決して声を上げると、広孝が力強く頷いた。
「心強いですね。じゃあ、将之さんには住宅街の方面を頼めますか?」
「了解です。」
カフェが一時的に閉店する中、将之は街を歩き回りながら、道端や公園をくまなく探した。普段穏やかな街も、この日ばかりはどこか緊迫感が漂っている。将之の頭には、必死に飼い犬を探す女性の姿が浮かんでいた。
「ルカ、何か感じるか?」一緒に連れてきた柴犬のルカが、鼻をクンクンと鳴らして匂いを追っている。普段は甘えん坊のルカだが、今日はどこか頼もしく見えた。
「こっちか?」ルカが急に走り出し、将之もその後を追いかける。ルカが駆け込んだ先は、古びた倉庫の裏手だった。薄暗く、少しひんやりとした空気が漂う。耳を澄ますと、かすかに鳴き声が聞こえた。
「もしかして……?」慎重に近づき、木箱の陰をのぞくと、そこには震えている白いポメラニアンがいた。見るからに疲れ果てているが、ルカが近づくと少し安心したように尻尾を振った。
「見つけた……良かった……」将之は胸をなで下ろし、ポメラニアンを抱きかかえる。懐からスマホを取り出し、美優香に連絡を入れると、すぐに広孝たちも駆けつけた。
「よくやったな、将之さん!」広孝が嬉しそうに笑い、ルカの頭を撫でた。ポメラニアンの無事を確認した美優香も、心底ほっとした表情を浮かべる。
「これで少しは安心ですね……でも、どうしてこんなところに?」味夏が首をかしげる。
「もしかしたら、誰かが故意に放した可能性もありますね。」佑佳が慎重に推測を述べた。
「確かに、不自然です。もう少し周囲を調べた方が良さそうですね。」拓麻も同意する。
見つけたはいいが、解決には至っていない。しかし、迷子の犬が無事だったことは、スタッフ全員にとって大きな安堵だった。飼い主の元へ戻るポメラニアンを見送りながら、将之は胸の中で静かに決意を固めた。
「俺も、もっとこのカフェの力になりたい。」
美優香がそっと隣に立ち、柔らかな笑顔を見せた。
「ありがとうございます、将之さん。あなたがいてくれて、本当に助かりました。」
その言葉が、今まで以上に心に響いた。カフェの存在意義、動物たちを守るためにできること――将之の中で、新たな使命感が芽生え始めていた。
(終)