第十六章『卒業と旅立ち』
春の陽射しが穏やかに降り注ぐ朝、もふもふカフェには一足早く新芽の香りが漂っていた。桜の花がほころび始め、街全体が柔らかな色彩に包まれている。将之はルカを連れていつものようにカフェに向かいながら、春の空気に心が弾むのを感じていた。
カフェの中も春らしい装飾が施され、店内は心地よいぬくもりに満ちている。動物たちも窓際で気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。
「おはようございます!」
元気に声をかけると、幸華が少し控えめな笑顔で迎えてくれた。しかし、どこか寂しそうな表情が気になり、将之は首をかしげた。
「幸華さん、どうかしましたか?」
「いえ……その、実はちょっとお話がありまして……」
そう言いかけた幸華の背後から、美優香が現れた。
「将之さん、少し時間をもらえますか?」
カフェの奥に呼ばれ、そこには広孝や拓麻、佑佳、涼楓も集まっていた。みんな表情が少し曇っている。美優香が静かに口を開いた。
「実は……幸華が、この春でカフェを卒業することになりました。」
その一言に、将之は驚いて目を見開いた。
「卒業って……どうして?」
幸華は少しうつむきながら、ポツリと話し始めた。
「私、動物のケアについてもっと学びたくて、専門学校に通うことにしました。将来は、動物介護士として働きたいんです。」
その決意を聞いて、将之はしばらく言葉が出なかった。カフェでの幸華の姿が、自然と頭に浮かぶ。控えめで、けれど誰よりも動物に優しく接していた彼女が、新たな夢に向かって歩き出そうとしている。
「そうか……すごいですね。幸華さんなら、きっと動物介護士になれると思います。」
将之がそう言うと、幸華は少し涙を浮かべながら微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、やっぱり寂しくて……このカフェが大好きだから。」
「俺たちも寂しいけど、幸華の決意なら応援しないとな。」広孝が大きな手で幸華の肩をぽんと叩く。
「そうだね。幸華さんの優しさがあれば、きっとどこに行っても大丈夫です。」
涼楓も、少し硬い表情を崩しながらうなずいた。
「幸華がいないと、カフェの整理が大変になるな。」
拓麻が無表情ながらも心配そうに言うと、幸華は少し笑った。
「もう、拓麻さん、ちゃんとやってくださいね。」
そのやり取りに、自然と場の空気が和らいだ。
卒業の日が近づくと、スタッフ全員で「幸華の送別会」を開くことになった。カフェが閉店した夜、テーブルに並ぶのは美優香特製の料理と、みんなが持ち寄った手作りお菓子。動物たちも一緒に輪になって、穏やかな時間が流れる。
「みんな、今日はありがとう。」
幸華が少し涙ぐみながら話し始めた。
「カフェで過ごした日々は、本当に宝物です。動物たちの可愛さに癒されて、スタッフの皆さんと一緒に働けて、とても幸せでした。」
「こちらこそ、ありがとうな。幸華がいたから、カフェがもっと優しい場所になったんだ。」広孝がしみじみと言うと、他のスタッフたちも頷く。
「これ、よかったら持って行ってください。」将之が差し出したのは、ルカの写真がプリントされた手作りカレンダーだった。
「わあ、可愛い……ありがとうございます!」
「少しでもカフェを思い出してくれたらって思って作りました。」
佑佳も、整理整頓のコツを書いたメモ帳を手渡し、拓麻は幸華が好きだった手作りのクッキーを袋に詰めて渡した。
「これ、うまく焼けたか分からないけど……」
「嬉しいです。拓麻さんのクッキー、大好きです。」
涼楓も少し照れながら、幸華にハーブティーのセットを差し出した。
「リラックスできるように、夜飲むといいよ。」
「ありがとうございます、涼楓さん。」
そして、美優香が小さな箱を差し出した。
「幸華、これを。」
中には、小さな花のブローチが入っていた。幸華がよく動物たちに付けていたデザインとそっくりだ。
「私が作ったの。動物たちも応援しているって気持ちを込めて。」
「美優香さん……ありがとうございます。」
涙を浮かべながらブローチを胸に付ける幸華を見て、スタッフ全員が自然と拍手を送った。
送別会の最後、美優香がゆっくりと語りかける。
「幸華、これから大変なこともあるかもしれないけど、ここはいつでも帰ってきていい場所だからね。動物たちも、私たちも、待ってるから。」
「はい、必ずまた帰ってきます!」
その言葉に、将之も胸が熱くなった。幸華がここで育んだ優しさが、きっと新しい場所でも誰かを癒すのだろう。仲間が夢を追う姿を見て、将之は自分ももっと頑張らなければと感じた。
その夜、星が輝く空の下、幸華の笑顔がいつもより少し大人びて見えた。仲間たちに囲まれて、幸華は笑顔で新たな一歩を踏み出した。
(終)