表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

第十五章『春の兆し』

 冬の厳しい寒さがようやく和らぎ、街には少しずつ春の気配が訪れていた。もふもふカフェの窓際には、小さな花の鉢植えが並び、店内にも春を感じさせるデコレーションが施されている。動物たちも活発さを取り戻し、カフェの中を楽しそうに駆け回っていた。

 将之は、ルカが店内を元気に走り回る姿を眺めながら、カフェラテを一口飲んだ。

「ルカ、今日はやけに元気だな。」

「春だからでしょうかね。動物たちもどこか浮き足立ってる感じがします。」幸華が笑顔で答える。

「確かに、春って何かが始まるような気がして、ワクワクしますね。」

 その時、カウンターでスコーンを焼いていた美優香が声をかけた。

「今日は新しいメニューを試してみたんです。春の味をイメージして、桜風味のスコーンを作ってみました。」

「桜風味?いいですね、春らしいです。」

「将之さん、よかったら味見してください。」

 美優香が焼き立てのスコーンを差し出すと、ほんのりピンク色で、桜の花びらがあしらわれている。その可愛らしさに思わず笑みがこぼれる。

「いい匂いですね……いただきます。」

 一口かじると、ほんのりとした甘さと桜の香りが口いっぱいに広がった。

「美味しい!ほんのり塩味もあって、甘さが引き立ってますね。」

「そうなんです。桜の塩漬けを使ってみました。春の訪れを感じてもらえたら嬉しいです。」

 その時、奥から広孝が大きな声で笑いながら登場した。

「春か……俺もそろそろ動き出すかね!」

「動き出すって、何かやりたいことでもあるんですか?」将之が尋ねると、広孝は腕を組んでにやりと笑う。

「今度、外で小さな運動会をやろうと思ってさ。動物と一緒に走れるレースとか面白くないか?」

「いいですね、それ!春らしくて元気が出そうです。」

「それなら、動物と人が一緒に挑戦できるゲームを考えましょう。」味夏がすぐに乗り気になり、メモを取り始めた。

「春の運動会か……楽しそうですね。」

 そんな話をしていると、外からお客さんたちが続々とやってきた。春の陽気に誘われて、カフェにも活気が戻ってきたようだ。

「今日は常連さんも多いですね。」

「そうですね。冬の間はなかなか来られなかった方も、ようやく顔を見せてくれるようになりました。」美優香が嬉しそうに言う。

 ふと、窓際で静かに本を読んでいる拓麻が、小さな声でつぶやいた。

「……春か……新しいこと、やってみたいな。」

「拓麻さん、何かやりたいことがあるんですか?」

「いや、特に決まってるわけじゃないけど……もっと動物たちに喜んでもらえるようなこと、できたらいいなって。」

「例えば、動物たちと一緒に過ごすスペースをもっと充実させるとか?」

「そうだな……でも、どんな環境が一番いいのか、もっと勉強しないと。」

 その真剣な眼差しに、将之は少し感心した。無口で無愛想な拓麻だが、動物に対する愛情は人一倍強い。それがカフェの雰囲気を支えているのだと、改めて感じた。

 その時、カフェの奥で涼楓が犬たちのケアをしていた。ブラッシングをしながら、ふとつぶやく。

「春は換毛期だから、毛がいっぱい抜けて大変だけど……これもまた成長の証。」

「涼楓さん、動物たちの世話、いつもありがとうございます。」

「別に、私がやりたいからやっているだけ。」

 淡々としたその言葉の裏には、しっかりとした信念が見え隠れしている。涼楓が黙々と動物たちの毛を手入れする様子を見て、将之は自然と心が落ち着いた。

 夕方、カフェが少し静かになった頃、美優香が将之に声をかけた。

「将之さん、最近少しずつ顔が柔らかくなってきましたね。」

「そうですか?都会にいた頃より、確かに自然に笑えるようになったかもしれないです。」

「それはきっと、動物たちが癒してくれているからですね。」

「そうですね……ここに来てから、日々が穏やかで、心がほっとする瞬間が増えました。」

「それは良かった。将之さんが笑っていると、ルカも嬉しそうに見えます。」

 その言葉に、将之は少し照れながらルカを撫でた。

「これからも、この場所を守っていきたいです。春が来て、新しいスタートを切れるように。」

 美優香は優しく微笑みながら、カウンターに並ぶ花を見つめた。

「春は、何かが変わるきっかけになりますからね。」

 その言葉が、将之の胸に深く響いた。これから訪れる新しい季節を、どんな気持ちで迎えようか。動物たちと共に過ごすこの場所が、さらに多くの人を癒せるように、少しずつ自分も変わっていきたい。そんな思いが、心の中で芽生え始めていた。

 ルカが甘えた声で鳴き、将之の膝に乗ってきた。その温かさが、春の兆しのように心に染み渡った。

(終)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ