第十四章『バレンタイン騒動』
冬の寒さがまだ残る中、街は少しずつ春の気配を感じ始めていた。そんな季節の移り変わりを楽しむように、もふもふカフェでも新しいイベントの準備が進められている。今度のテーマは「バレンタイン」。美優香が中心となり、スタッフ全員でアイデアを出し合っている。
「バレンタインかぁ……やっぱりチョコレートは外せないよね。」味夏が元気よく提案すると、美優香がうなずいた。
「そうですね。チョコを使った動物用おやつも作りたいけど、犬や猫には危険だから、代わりにキャロブパウダーで作ってみようかと思ってます。」
「キャロブ?ああ、チョコの代わりに使うやつですね。」将之が興味津々に聞くと、佑佳が冷静に補足する。
「キャロブはカロリーが低く、カフェインも含まないから安全です。バレンタイン限定のおやつとして出すのはいい案ですね。」
「それ、俺も手伝います!」広孝が張り切って手を挙げる。厨房の広孝は力仕事を任せられることが多いが、実はお菓子作りも得意なのだ。
一方、動物たちもバレンタイン仕様のアクセサリーを付け始めている。ルカは赤いハートのチャームがついた首輪、猫たちはリボンがついたカラーを身に着けている。その愛らしさに、お客さんたちも自然と笑顔がこぼれる。
「これ、似合ってるかな?」美優香が手作りのハート型ブローチをルカにつけてみると、ルカは誇らしげに胸を張っている。
「おお、ルカもおしゃれになったな。」将之が撫でると、ルカは嬉しそうに尻尾を振った。
当日、カフェはハートや花で飾り付けられ、店内が一気に華やかになった。特設コーナーでは、手作りの動物用おやつが並び、人用のチョコレートケーキも販売されている。お客さんたちが次々と訪れ、バレンタイン限定メニューに舌鼓を打っていた。
そんな中、ハプニングが発生する。厨房から、突然大きな物音が聞こえたのだ。
「うわっ、やばい!」
広孝の声に、将之が慌てて駆け込むと、キッチンの床にチョコレートクリームがぶちまけられている。その横で、子猫のミントがベトベトの状態で座っていた。
「ミント!どうしてここに?」
「キッチンの扉が開いてたみたいです……」幸華が焦りながらタオルを持って駆け寄る。
「とにかく、ミントを拭いてあげよう。チョコを舐めてないといいけど……」涼楓が冷静にチェックし、どうやらチョコ自体は舐めていないことがわかり、全員ほっと胸を撫で下ろす。
「せっかく作ったチョコクリームが……でも、ミントが無事で良かった。」将之がため息をつくと、広孝が苦笑いを浮かべた。
「まあ、やり直しだな。ミント、お前も手伝うか?」
その頃、店内でも別の騒動が起きていた。犬のポコが、バレンタイン仕様の包装紙を加えたまま走り回っているのだ。追いかける子どもたちと共に、カフェ内が一時騒然となる。
「ポコ、待って!」
ルカも一緒になって追いかけ、なんとかポコを捕まえると、包装紙はすっかりボロボロになっていた。
「やれやれ、今日は賑やかですね。」美優香が苦笑いしながら、壊れた包装紙を片付ける。
「これもバレンタインのハプニングってことで。」将之がフォローすると、幸華が笑顔で頷いた。
「動物たちも、今日は特別ってわかってるんでしょうか?」
そんな中、カウンターで黙々とコーヒーを淹れていた拓麻がぽつりとつぶやく。
「チョコケーキ、もう一回作るか。こっちは無事だったから、数を増やそう。」
頼もしいその言葉に、広孝も気を取り直し、手際よく作業を再開する。
午後になると、カフェはますます混雑し、バレンタインの特別感が一層高まってきた。将之は動物たちの様子を見守りながら、お客さん一人ひとりに声をかけている。
「可愛いね、このリボン。」
「ありがとう!うちの子も同じリボンを付けてますよ。」
会話が弾む中、ふと美優香がカウンターに並べたチョコレートを手に取った。
「将之さん、これ、良かったらどうぞ。」
「え?俺にですか?」
「はい、感謝の気持ちです。いつもカフェを支えてくれてありがとう。」
美優香が照れたように差し出すと、将之は驚きながらも受け取った。
「ありがとうございます……すごく嬉しいです。」
そのやり取りを見ていた味夏がにやりと笑い、広孝が肘でつつく。
「お、なんかいい雰囲気じゃないか?」
「いや、そういうんじゃ……!」将之が慌てて否定するが、美優香は笑顔のまま「ふふっ」と軽く笑った。
「バレンタインって、不思議ですね。少しだけ特別な気持ちになります。」
その言葉に、将之はなんとも言えない温かさを感じた。街中が恋の話題で溢れている中、もふもふカフェでも小さな愛が芽生えつつある。動物たちも、スタッフたちも、みんなが少しだけ幸せな気持ちで包まれる、そんなバレンタインの一日だった。
(終)