第十一章『迷える子犬』
冷たい風が街を吹き抜ける早朝、もふもふカフェの店先に、小さな影が潜んでいた。将之がカフェに向かう途中、その影に気づき、ふと足を止める。
「なんだ……?」
うずくまっているのは、痩せ細った小さな子犬だった。全身が泥まみれで、震えながらこちらをじっと見つめている。目は怯え、耳を伏せているが、どこか助けを求めているような瞳だった。
「大丈夫か……?」
ゆっくりとしゃがみ込み、手を差し出すと、子犬は少し尻込みしながらも、鼻をくんくんと動かしている。ポケットから持っていたパンを差し出すと、躊躇しながらも一口かじった。
「お腹空いてたんだな……」
その時、カフェの扉が開き、美優香が顔を覗かせた。
「将之さん、どうしたんですか?」
「美優香さん、この子……カフェの前で震えてて……」
美優香もしゃがみ込み、優しく声をかけた。
「怖くないよ、大丈夫。寒かったんだね……」
その穏やかな声に、子犬は少しだけ警戒を解き、パンを夢中で食べ始めた。
「このままだと風邪を引いてしまうわ。中に入れてあげましょう。」
二人で慎重に子犬を抱きかかえ、カフェの中へ連れて行った。スタッフたちもすぐに気づき、幸華がタオルを持って駆け寄った。
「どうしたんですか、その子……?」
「多分、迷子か捨て犬だと思う。」将之が説明すると、広孝が眉をひそめた。
「こんな寒空の下、放っておけないな。」
「とりあえず、体を拭いて温めましょう。」涼楓が毛布を持ってきて、子犬を優しく包み込む。
「怯えているけど、人の手を嫌がっていないから、まだ助かるかも。」
拓麻が水を持ってきて、そっと飲ませると、子犬はおとなしく喉を鳴らした。
「可哀想に……どこかで飼われていたのかもしれない。」味夏が眉を寄せて心配そうに見つめる。
カフェのバックヤードで少しずつ暖を取らせているうちに、子犬は安心したのか、将之の膝の上でうとうとと眠り始めた。
「懐かれましたね。」佑佳が珍しく柔らかい表情でつぶやいた。
「うん、なんかもう離れられない感じです。」将之が微笑むと、ルカがそばに来て、心配そうに鼻を近づけている。
「ルカも気にしているみたいね。」美優香が微笑んで言うと、ルカは子犬の頭をそっと舐めた。
しばらくして、幸華が迷子犬の情報を調べてきた。
「近隣ではまだ迷子犬の届け出はないですね。もしかすると、遠くから迷い込んできたのかもしれません。」
「じゃあ、しばらくカフェで預かってみるか?」広孝が提案すると、美優香も同意した。
「そうしましょう。まずはこの子の健康をチェックして、少し体力をつけさせましょう。」
数日間、カフェの中で子犬は少しずつ元気を取り戻していった。最初は怖がっていたが、ルカがそばに寄り添ってくれることで、次第に笑顔を見せるようになった。お客さんたちも「新しい看板犬?」と微笑ましく見守り、自然とカフェの雰囲気がさらに和やかになっていく。
将之は、その子犬を「こまめ」と名付けた。小さくて、ちょこちょこと動く姿が愛らしく、名にぴったりだった。
「こまめ、いい名前ですね。」美優香が微笑む。
「元気いっぱいに走り回るから、なんか可愛くて。」将之がそう言うと、こまめは尻尾を振ってはしゃぎ出した。
ある日、カフェに一人の青年が訪れた。どこか切羽詰まった表情で、スタッフたちに声をかける。
「すみません、白い子犬を見かけませんでしたか?」
将之が驚き、こまめを抱いて青年に見せると、目を輝かせて泣きそうな声で叫んだ。
「こまめ!無事だったのか!」
青年は、迷子になった経緯を話してくれた。キャンプに出かけた際にリードが外れてしまい、ずっと探し続けていたという。
「良かったですね、無事に見つかって。」美優香が優しく声をかけると、青年は深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます。ずっと不安で……もう二度と離れないようにします。」
青年がこまめを抱きしめると、こまめも嬉しそうに顔を舐めた。将之は、嬉しい反面、少し寂しさを感じたが、それでもこまめが元気に戻れて良かったと心から思った。
「動物たちが無事でいてくれるだけで、こんなに心が温かくなるんですね。」将之がしみじみとつぶやくと、美優香がそっと肩に手を置いた。
「そうですね。将之さんが助けてくれたから、こまめも無事に飼い主さんの元へ帰れました。」
その言葉に、将之は少し胸が熱くなった。都会では考えられなかった、人と動物の繋がりがここにはある。それを改めて感じ、これからも動物たちを守っていこうと強く思った。
カフェから去っていくこまめを見送りながら、ルカが少しだけ寂しそうにしている。将之はルカの頭を撫でながら言った。
「大丈夫だよ、またきっと会える。」
ルカも理解したように小さく吠え、静かに窓の外を見つめていた。
(終)