第十章『それぞれの夢』
もふもふカフェの「癒しの祭典」が成功を収めた後、カフェには少しずつ新しい常連客が増えてきた。近隣住民からの評判も良く、動物たちも心なしか楽しそうに過ごしている。穏やかな日常が戻ったある日、将之はカウンターでカフェラテを飲みながら、ふと仲間たちの様子を眺めていた。
「祭典が終わっても、やっぱりカフェは賑やかですね。」将之がつぶやくと、隣で帳簿を整理していた佑佳が淡々と答えた。
「確かに。売上も上がっているし、リピーターが増えている証拠です。」
「さすが、しっかり管理してくれているんですね。」将之が感心すると、佑佳は少しだけ表情を崩して微笑んだ。
「効率を考えるのが好きなんです。数字がしっかりしていれば、カフェも安定しますから。」
「そういうところ、尊敬しますよ。俺なんか、まだ手伝いレベルで……」
「いや、将之さんの気配りがあるからこそ、常連さんも安心して来ているんだと思いますよ。」佑佳の言葉が意外と優しく、将之は少し驚いた。普段は冷静で無表情な彼が、こんな風に柔らかい表情を見せるのは珍しい。
その時、広孝が元気よく厨房から出てきた。
「お、将之!今日は朝から気合入ってるな!」
「いや、特に何もしてないけど?」将之が苦笑いすると、広孝はニヤリと笑って肩を叩いた。
「俺も、もっとカフェを活気づけたいんだよな。いっそのこと、外でも動物イベントやってみないか?」
「それ、面白そうですね。動物たちがストレスを感じない範囲でなら、外の広場でできそうです。」美優香がアイデアを受け止め、早速メモを取っている。
「広孝って、いつも前向きですよね。」将之が感心して言うと、広孝は腕を組んで笑った。
「まあな。動物たちが元気だと、俺も元気になるからさ。そういう意味じゃ、ここで働くのは天職かもしれない。」
広孝の言葉に、将之は少し考え込んだ。自分は今、何を目指しているのか。都会を離れ、新しい場所で居場所を見つけたつもりだったが、まだ未来が見えない。そんなモヤモヤを感じていると、幸華が声をかけてきた。
「将之さん、ちょっと手伝ってもらえますか?」
「もちろん。何をすればいいですか?」
「この前のイベントで使った小物の整理なんですけど、どうやったらもっと分かりやすく収納できるかなって。」
「それなら、ラベルをつけて種類ごとに分ければいいかもしれないですね。」将之が提案すると、幸華は嬉しそうに頷いた。
「さすがです!将之さんのそういうアイデア、いつも助かります。」
「いや、そんな大したことじゃ……」
「私は、将来もっとイベントとかを企画できるようになりたいんです。動物たちが楽しそうにしているのを見ると、私も元気をもらえるから。」
その純粋な気持ちに触れて、将之は少し心が温かくなった。
その時、窓際の席で本を読んでいた拓麻がぽつりとつぶやいた。
「俺は、ここに来て初めて、人に感謝される喜びを知ったんだ。動物の世話をしているだけなのに、ありがとうって言われると……正直、戸惑った。でも、悪い気はしなかった。」
「それって素晴らしいことじゃないですか。」将之がそう言うと、拓麻は照れくさそうにうつむいた。
「そうかもしれない。でも、俺はまだ人にどう接すればいいのか、よく分からないんだ。」
「拓麻なりに少しずつでいいんじゃない?動物たちはちゃんと分かってくれてるし。」美優香が優しく声をかけると、拓麻は小さくうなずいた。
その時、少し離れた場所で、涼楓が動物のブラッシングをしているのを見つけた。いつも冷静で、動物たちを一番に考える彼女の姿勢に、将之は少し憧れを感じていた。
「涼楓さん、何か将来やりたいこととかありますか?」
「……動物を守りたいだけです。それが私の生きがいです。」涼楓の言葉には迷いがなかった。
「強いですね。」将之がそう言うと、涼楓は少しだけ視線を逸らし、ぽつりとつぶやいた。
「守れなかった命があるから……だから、もう二度と失いたくないだけ。」
その短い言葉に、涼楓の過去がうっすらと見えた気がした。将之は深く踏み込まないように、ただその気持ちを受け止めた。
夜になり、カフェが静まり返った頃、将之はカウンターに腰掛け、美優香と二人きりになった。
「みんな、それぞれ夢を持っていてすごいですね。」将之がそう言うと、美優香は静かに微笑んだ。
「将之さんも、きっとここで見つけられますよ。自分がやりたいこと。」
「そうだといいんですけど……」少し不安げに答えると、美優香が優しく肩に触れた。
「焦らなくても大丈夫です。ここは、自分のペースで歩んでいける場所ですから。」
その温かい手の感触が、将之の心に静かに響いた。動物たちと人々が交差するこの場所で、自分ができることを見つけたい。そう思いながら、将之は夜のカフェを見渡し、静かな決意を胸に抱いた。
(終)