9話
静まり返った地下室に、ゆっくりと足音が響く。
イルルは両手で大きな盃を抱えていた。その中には、三日三晩かけて村人たちから搾り取った精気が、銀白色の液体となって揺らめいている。
液面は微かな光を帯び、まるで生きているかのように波紋を描いていた。
彼女はそれを、黒龍の像の足元にある台座の上へとそっと据える。
「さあ、ナギお姉様……この中へ!」
その一言に導かれるように、虚ろな瞳のナギが足を一歩、また一歩と盃に向かって踏み出した。
白い足先が液面に触れた瞬間、盃の中の精気がざわめいた。
波紋は脈動へと変わり、液体は呼吸を始めるようにうねる。
そして、ナギの身体がその中へと沈むたびに、銀白色の輝きは黒く濁り、やがて漆黒の液体へと姿を変えていった。
彼女の身体は、まるで重力を拒むようにするりと盃の中に吸い込まれていく。
瞳の焦点は合わず、唇が何かをつぶやくも、声にはならず……ただその身を、液体へと預けていく。
やがて黒濁の液体が首元まで覆い尽くした瞬間、盃の中の精気が一気に収束し、ナギの体へと流れ込んだ。
盃は瞬く間に空になり、黒く濁った液は痕跡すら残さない。
代わりに、ナギの腹がぼっこりと膨れ上がり――外見からも“孕んでいる”ことがはっきりと分かる。
さらに、その肌に妖しげな紋様が浮かび上がった。
それはまるで生き物のように蠢き、彼女の呼吸に合わせて淡く輝きながら、じわじわと瘴気を撒き散らしていく。
「おはようございます……ナギお姉様。いえ……黒龍の巫女様!」
イルルが跪き、頭を垂れる。
返事はない。だが、それでいい。
完全なる黒龍の巫女となったナギは、ただ静かに瘴気を発し、それだけでこの村全体を蝕み始めていた。
もう、何もしなくてもいい。
ここに立っているだけで、村はやがて黒龍の支配下に染まっていく。
「私たちの役目はここまでね。一度、黒龍様の元に戻るわよ、カンナ」
「はいっ!」
二人は神殿を後にし、黒龍のもとへ帰還する。
――そして。
「黒龍様! ただいま戻りました!」
「うむ、ご苦労だったな。お前たちの働き、しっかりと見ていたぞ。よくやった」
その声は地下の奥深くから響くように、二人の心に直接届いた。
暗闇の中にぼんやりと輝く金色の瞳――黒龍が現れる。
「だが、これは始まりに過ぎん。この調子で、俺様の巫女と信者をどんどん増やしていくぞ。……ふむ。とはいえ、よく尽くしてくれた者には、褒美を与えねばな」
「褒美……ですか?」
「イルル――お前には、これを授けよう」
黒龍の爪先がゆっくりと宙をなぞる。すると、紫の光がイルルの体を包み込み、彼女の体温が急激に上がり始める。
「く……あつ……黒龍様……これ、は……!」
熱と快楽が全身を駆け巡り、彼女の理性を溶かしていく。
心の奥から湧き上がる渇望――それは黒龍に触れられたい、抱かれたいという願望だった。
「黒龍様……お願い、来て……!」
イルルは衣を脱ぎ捨て、産まれたままの姿をさらけ出す。
それに応えるように、黒龍の影が彼女を覆い、深く、激しく交わる。
カンナはその光景を見つめ、自然と両手を胸元に当てていた。
自分も、黒龍様のものになりたい――その願いは言葉になるよりも先に、黒龍に伝わる。
「……よかろう。カンナにも、褒美をくれてやろう」
こうして、イルルとカンナは黒龍の子をその身に孕んだ。