6話
月のない夜、再びナギは“霧”の中にいた。
前回よりも霧は濃く、足元すら見えない。けれど、恐怖はなかった。
むしろ……懐かしさのような、安堵のような……妙な感覚に包まれていた。
「また来たな、我が巫女よ――」
声がするーー前回と同じ、低く艶のある、心の奥を揺さぶる声。
霧がゆっくりと晴れ、ナギの前に“彼”が現れる。
艶やかな黒鱗、紅玉のような瞳の黒龍。
その圧倒的な存在に、ナギの鼓動は自然と早まっていた。
「どうして……また夢に……」
「夢ではない。これは、お前と我が魂を結び合わせる“儀”だ」
黒龍の言葉と同時に、世界が変わる。
霧は神殿のような荘厳な空間へと姿を変え、ナギの身体には純白の装束が纏われていた。
腰まで伸びる髪が風になびき、まるで“嫁入り”のような姿だった。
「俺様は黒龍。お前は、その器。交わることで、真の巫女として完成する」
ナギの身体が自然と近づいていく。拒む力はもう残っていない。
黒龍の巨体が縮み、人の姿に変わる。
蒼黒の長髪を持ち、瞳だけが紅く光っていた。
美しく、妖しく、そしてなぜか懐かしい――そんな姿だった。
「感じるだろう……? お前の奥底が、俺様を求めている」
「ちが……う……のに……っ」
震える声で否定するナギに、黒龍は優しく手を伸ばす。
その指先が頬に触れた瞬間、熱が走った。
指先が、首筋をなぞり、鎖骨へ。
ナギは自分の声が漏れるのを止められなかった。
ナギの装束がするするとほどかれ、肌が露わになる。
黒龍の身体もまた、龍鱗が滑らかに剥がれ、人肌の熱を帯びていた。
指先が胸元をなぞり、腰を抱き寄せられ、柔らかな吐息が耳元をくすぐる。
「……受け入れよ、我が巫女。これが、契りの儀だ」
「っ――あ……あぁ……!」
ゆっくりと身体が重なっていく。
最初は震えていたナギの瞳が、徐々に潤み、陶然とした光を宿していく。
身体の奥深くまで、何か熱いものが注がれていく。
心が焼けつくような快感とともに、何かが“刻まれていく”感覚。
黒龍の魔力が、確実にナギを塗り替えていた。
「我が命、我が血……すべてを与えよう。お前は……我の花嫁となるのだ」
「はい……わたし……あなたの、巫女に……なります……」
その瞬間、ナギの腹部に“黒い印”が灯る。
まるで胎内に何かが宿ったような、深い満足感と熱が、全身を満たしていく。
――そして、夜が明ける。
ナギは跳ねるように目を覚ました。
息が荒い。身体が熱い。下腹部がじんじんと疼いていた。
「また……夢、よね……?」
そう言いながら、ナギはゆっくりと手を伸ばし、自分の腹に触れる。
そこに、ほんのりと浮かぶ痣のような紋様があった。
「……まさか……夢のはず、なのに……」
だが、身体は嘘をつけない。
下腹部に残る“重み”と“満ち足りた感覚”は、昨夜とは比べものにならなかった。
ナギは、何かが始まったことを本能で悟っていた。