死体を埋めに行く楽しい百合
呼吸のために開いた喉の奥さえも凍ってしまいそうな雪の降る冬の日。
私と梨乃は山を歩いていた。
女子高生が登るには些か難しそうなけもの道を歩いていた。
死体の入ったボストンバックを持ちながら。
私はボストンバッグを持ち直した。
手持ちの紐がぎちぎちと音を立てている。ちぎれてしまわないだろうか、と頭の隅で考える。
初夏に学校の体育で走った長距離走のごとく息を切らしていたが、必死に酸素を求める肺は初夏の体育とは異なり、痛みを感じるほどの冷たさを感じていた。
「そろそろ、それ交代しようか」
梨乃はそう言いながら、ボストンバッグの手持ちを私の手を押しのけて持とうとした。
それは単なる梨乃の優しさであったのだろうが、寒さと重さで苛立っていた私は、何も言わずにバッグを持ち続けた。
なかなか手を離さない私の気持ちを感じとったのか、何事も無かったかのように梨乃は手を離した。
梨乃にだって、私と自分の分のスクールバッグとシャベルを持ってもらっているのだ。
じゃらじゃらとついた2人分のキーホルダーは、そこまで軽さを感じさせないだろう。
風が強く吹き、私の口に髪の毛が入る。ふっと息を吹き出して元に戻そうとするが元に戻らない。
上手く戻らない髪の毛に苦戦していると、梨乃はふふ、と笑い、私の口に指を当て髪の毛を戻してくれた。
さっきの問いを無視したのに、私を気遣ってくれる梨乃の心の広さには驚く。
手は寒いのに顔だけ熱くなった。
「まだ上に行くの?」
「もうすこし」
やはりあの時にボストンバックを持つのを交換してもらえばよかった。
なかなかに疲労が溜まる。
肩に回る血が滞っているのが分かる。
そもそも私が殺したわけじゃないのに。
そう思いながらも、彼女のために手伝うと即答した、私の梨乃への気持ちには驚かされる。
ただ困っていた彼女の助けになりたかった。放っておけなかった。
こんなことをして、彼女にもっと近づけると思っていたわけでは断じてない。
私は彼女には高潔な存在でいて欲しい。
誰かが話しかけても、一線を引いたような話し方で。
一緒にテーマパークに行くほど仲のいい私でも少し距離を感じる話し方で。
彼女は高嶺の花であるべきなのだ。
本来、私が近づいていい花ではない。
彼女が私の接し方をどう思っていようが、私は梨乃に理想の梨乃であってほしいのだ。
私の理想の梨乃は、いつだって余裕がある。
私の理想の梨乃は、誰かにバレるような殺人をしない。
彼女が、私の理想の梨乃でいられるなら私はいくらでも彼女に手を貸そう。
「梨乃、シャベル貸して」
こんな冬にこめかみに汗を流す私に対して、梨乃は汗ひとつかいていないようだった。
自分が殺しておいてなんと気楽な、と思うけれど、梨乃をこの状態にしたのは私だ。
噛み合わない自分の考えに区切りを打つように、梨乃から手渡されたシャベルを地面に突き刺す。
少し硬い地面だが、柔らかすぎると野生動物たちに掘り起こされてしまうかもしれないし、ちょうどいいだろう。
黙々と穴を掘り進める私と並んで、梨乃も穴を掘り出した。
「なんで殺したの」
ここまで気になりつつも黙っていたが、静かな空気に耐えられず、質問した。
そもそも彼女は、私含め他人と深く関わろうとしない。恋愛や友情のトラブルとも思えない。
「なんでだろうね」
その言葉は誤魔化すようにも聞こえたし、自分でも理由を理解できていないようにも聞こえた。
「これは誰なの」
「誰だっけね」
それくらい答えてくれたっていいじゃないか。
誰かも分からない死体を埋めるために穴を掘る私が馬鹿みたいじゃないか。
私が都合良く利用されてるみたいじゃないか。
正直に答えない彼女に苛立ちを覚えるが、誰かも分からないほど損傷は激しくないので誰かは分かる。
これは隣のクラスの人気者の女の子だ。
話したことはないし、彼女との関係性も分からないけれど、何度か顔を見たことがある。
出来れば彼女の口から名前と関係性を聞きたかったが、それは叶わないらしい。
50cmほどの深さの穴を掘り終え、そこにボストンバックの中の死体を梨乃と投げ入れる。
穴に入った死体を見る梨乃の目は見たことないほど冷たい目をしていた。
梨乃の新しい顔を知れたことへの嬉しさと、死体に向けた私が知らない顔をしていることへの嫉妬を、胸の奥にしまい込んだ。
しばらくすると梨乃は死体の顔に土をかぶせた。
どれほど顔を見たくない相手なのだろうか。
彼女と死体との関係性への好奇心は、私と梨乃の関係をきっと良くない方向に動かすだろう。
「死体の鼻とか耳に、土って入るのかな」
死体の女の子自体への興味を抑えるために口にした疑問はとてもくだらないものだった。
彼女もそれを聞かれるとは思っていなかったのか、きょとんとした顔を少し見せたあと、笑みを浮かべた。
「私は入らないと思うな」
鼻も耳も横穴みたいなものでしょ、と語る梨乃は今日1日の中でいちばん楽しそうだった。
それは死体を埋め始めたことへの安心感からか、くだらない会話のおかげか。
後者であればいいなと思いながら私も死体に土をかぶせた。
埋めたことが分かりやすい土の色を隠すために落ち葉を持ってくる。
多少の雪を被せておけば、冬のうちには見つからないだろう。
「もし死体埋めたのバレても、私のせいにしていいからね、殺したの私だし」
荷物をまとめながら梨乃が言った。
確かに、殺人はどこで気づかれてしまっているか分からないから、私が殺人まで庇うのは無理があるだろう。
でも彼女だけに罪を負わせる気はない。
私が共犯と分かっても、きっと彼女の減刑には繋がらないだろう。
わざわざ私が一緒に罪を負うということを言わなくても、梨乃には伝わっていることを願う。
「もう帰ろうか、今日のうちの夜ご飯はからあげなの」
こんな非日常な空間には日常的な会話が似合うだろう。
梨乃の家の夜ご飯は鍋らしい。
早く帰って日常に戻ろう。