【BL】来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ああ、来世はこの人と関わりたくない。
僕の最後の意識はそれ、だった。
「いずる」
神様は僕の最後の願いを聞いてくれなかった。
そいつは、僕の前に再び現れたから。
「何か用?」
前世で僕の主人だった男と瓜二つの顔を持つ幼馴染、長野辰見。
今の彼は僕よりも三つ年下で、現在中学三年生。
隣同士で、無視するわけにもいかず、前のように奴隷のように仕えるなんてぱっみらだったので、彼とは心の壁を築いて接している。
多分彼には記憶がない。
あれば絶対に高飛車な態度を取られるに決まっているから。
もしかして彼は生まれ変わりではないかもしれない。
でも顔が似すぎているところが怖い。
彼の隣に住んでいることが嫌でたまらなくて、高校は別のところいくつもりだったけど、受験に失敗。
地元高校にいくしかなくなった。
大学はどうにか頑張って、隣の県の大学に行くことが決まった。
こうして彼に呼びかけられるのも後少し。
休みもできるだけ帰ってくるつもりはない。
彼もいずれは家を出るだろう。
そうしたら頻繁に家に帰って親孝行をするつもりだ。
「いずる!なんで、遠いところにいくんだよ!」
「勉強したいことがそこの大学にしかなかったからだ」
親を納得させるためにそういう理由を作った。
前世のことなんて、漫画や小説じゃあるまいし、信じてくれるわけない。
隣とは仲がいいので、絶対に僕の気持ちをわかってくれるわけがないし。
「元気でな。辰見」
「いずるの馬鹿!」
おっきな瞳に涙を潤ませて、彼は僕を詰った。
やっぱり違うかもしれない。
辰見は可愛すぎる。
あんな横柄で、高飛車な彼と違い過ぎる。
だけど顔がそっくりすぎて、疑いが捨てきれない。
背中に視線を感じつつ、僕は玄関の扉を開け、自宅に入った。
「いずる。またあんたは辰見ちゃんに冷たくして。あんなに慕われているのに、冷たいんだから。あんたは」
「冷たいものなにも、普通だろう」
お母さんは辰見を女の子か、何かと思っているのか。
確かに見た目は可愛いし、女装したら似合うかもしれない。
だけど、あいつは立派な男だ。
本人だって女の子扱いされたら、怒っていたじゃないか。
まあ、いい。
こんなことで悩むのもあと少しだ。
大学に行ったら、もう彼のことで悩まされることはない。
二週間後、僕は隣の県に行き、大学の寮に入った。
親に文句言われながら、休みの日も帰らず、友達を遊んだり、バイトをして過ごした。
「いずる。俺、高校生になったんだ。いずると同じ高校だ」
「知ってる」
辰見から一週間に一度の割合で電話がかかってきた。
最初はとらなかったんだけど、お母さんからなじられたので、仕方なく取っている。
話は彼の近況だ。
適当に話を合わせ、バイトに行くからと電話を切る。
酷いかな。
だけど、関わりたくない。
辰見の声が徐々に、前の彼に近づいている気もする。
「中島」
ある時の電話で、ふと辰見がかすれた声でその名を呼んだ。
心臓が止まるかと思った。
それは前世の俺の苗字。
「中島って子がクラスメートにいてさ。可愛いんだ」
「そ、そうか。よかったな。告白するのか?」
「まっさかあ。まだ好きじゃないし」
「そうか」
心臓の鼓動が外に漏れるんじゃないかと思うくらい、早鐘を打っていた。
いつものように用事を作って、電話を切ってから僕はベッドに倒れ込んだ。
「……偶然だよな」
辰見は前世と彼と同じ顔だ。
だけど、あんなに可愛い辰見が彼の生まれ変わりだと信じたくない、そんな思いが生まれていた。
「でも、もしかして」
それ以来、僕は辰見の電話をほとんど取らなくなった。
お母さんからなじられても、用事があるとうそぶいた。
実家に帰らず、3年をここで過ごした。
そして大学4年の時、俺は彼と再会した。
「いずる!」
三年見なかった辰見は、身長がすっかり伸びていて、僕より高くなっていた。声も随分低い。
彼の笑顔と裏腹に僕の背中に冷たい汗が流れる。
「どうして、ここに?」
「俺もここに入寮したの。今年から大学一年生。よろしく。先輩!」
話し方は変わらない。
だけど。
「うん。よろしくな。えっと、僕、これからバイトだから。また」
「忙しいんだね。やっぱり。うん。またね!」
僕は逃げるように彼の前から立ち去る。
背中に突き刺さる視線が怖くて、眩暈がした。
あれは辰見じゃない。
彼だ。
なんてことだ。
やっぱり辰見は彼だったんだ。
恐怖心で体が震える。
前世の彼は恐怖の対象だった。
逆らえない主で、死ぬときは喜んだくらいだった。
彼は僕に暴力を振ることはなかった。
ただ視線で、言葉を僕を詰った。
やっと彼から離れられたと思ったのに。
「え?俺の部屋?いいけど。なんで」
「ちょっと事情があってさ」
バイト先の友達に頼んで今日は部屋に止めてもらうことにした。
明日からどうすればいいんだ。彼は多分、僕の部屋の番号を知ってる。お母さんなら絶対に話したはずだ。
帰れない。
とりあえず友達の家から大学に直接向かった。
友達は事情は聴かなかったけど、青ざめた顔をした僕を心配してか、今日も泊っていいと言ってくれた。
大学に行き、講義を受ける。
そして教室を出ようとしたとき、辰見が現れた。
「いずる。なんで帰ってこなかったの?」
「えっと、友達と遅くまで飲んでいて」
僕はすでに二十歳を超えている。
言い訳にしては十分だ。
「そうなんだ。いずるは下戸だと思ったけど」
辰見は僕を少し見下ろして笑う。
その笑みはまさに彼と同じ。
「ごめん。ごめん。いずるはこっちのほうが好きなんだっけ」
辰見は気が付かなかったとばかり、表情を変える。
無邪気な笑みの辰見。
それだけみれば、昔の辰見だ。
ーーあなた、三日月なのか?
そう聞いて、確かめたかったけど、僕は何も口に出さなかった。
逃げるように彼の傍から逃げようとする。
しかし辰見は俊敏で、僕の腕をつかむ。
「どこいくの?いずる。講義はもう終わりだよね。アルバイトも今日はないはずだし。それとも友達の家に行くの?三年も会っていなかったんだ。俺のこと優先にしてよ」
少し甘えるような辰見。
三つ歳下の幼馴染がそこにいた。
「いずる。話したいことがいっぱいあるんだ。俺の部屋にきてよ」
掴まれた腕に力がこもる。
「わかった」
逃げられない。
僕はもう囚われてしまったみたいだ。
「入って」
「お邪魔します」
辰見の部屋は俺の下の階。
大学の寮は一つの敷地を貸し切っていて、そこに三つの建物がある。一つは寮監の家、あと二つは寮生のためのアパートだ。普通のアパートを変わらない。三回建てのアパートだ。
部屋の間取りも一緒。
辰見の部屋にはまだ段ボールが積んであって、引っ越してきたばっかりという感じだった。
「お茶飲む?」
「ありがとう」
腹をくくった僕は、冷蔵庫から差し出されたペットボトルのお茶を素直に受け取った。
「座って」
言われるがまま、ちゃぶ台の傍に置かれた座布団の上に座る。
「俺を避けるのは、俺が三日月だから?」
やっぱり。
辰見は三日月、主だった。
反射的に僕は俯いていた。
怖い。
もうだめだ。
体中から汗が噴き出しているんではないかと思うくらい、緊張でどうにかなりそうだった。背中もぐっちょり濡れ始めて気持ち悪い。
「そんなに怖がらないで。いずる。俺は辰見だよ。君の主人だった三日月は、昔。俺は君と新しい関係を作りたいんだ」
「あ、新しい関係?」
何を言っているんだ。
この人は。
「そんな風に怯えないでよ。俺がいずるって呼ぶといつも笑顔を見せてくれたでしょ。兄貴風も吹かせてたし」
辰見はくすくすと笑う。
「い、いつから記憶が?」
「うーん。いつからかな。生まれた時から?」
生まれた時から?だったら、ずっと演技をしていたってことか?
「いずる。俺はね。そう言って怖がる中島が嫌だった。まあ、俺のせいなんだけどね。中島が他の奴に向ける笑顔とか、とても綺麗で、俺はそれが欲しかった。だから、知らないふりをした。無邪気な子供の役、うまかっただろ?」
辰見は誰からも好かれる子供だった。
朗らかで優しくて、ちょっと短気で。
「全部、演技だったのか?」
「うん。そうだよ。おかげで、君の笑顔をずっと見れた。中島の時に見たかった表情全部。あ、まだ見てないものもあるか」
三日月は、辰見は嬉しそうに笑う。
「ねえ。いずる。俺の彼氏になってよ。どうせ、まだ彼女もいないんだよね?もしかして彼氏がいるの?」
「い、いないよ。そんなもの!」
僕はゲイじゃない。
前世では散々な目にあわされたけど、生まれ変わった僕は綺麗な体で、女の子に対して好きって感情も生まれたこともある。告白する勇気がなくて、年齢=彼女いない歴だけど。
「だよね。おばさんも言ってたし」
何でも話すわけではないけど、僕はお母さんに嘘をついたことがない。
時たま彼女できたかどうか聞かれて、正直にまだって答えていたっけ。
「だったら、いいよね」
「よ、よくない!どうして男の君と。なんでまた?」
「俺、ずっといずるが好きだった。いずるのことしか見えていない。最初は三日月の気持ちに引きずられていたけど、今は違うってわかる。俺は三日月だけど、三日月じゃないよ」
辰見がおかしい。
いや、三日月だったらこんなもの。
だから、彼とは関りたくなかったんだ。
神様は、僕の願いを聞いてくれなかった。
「返事できない?もしかして好きな人いる?それって昨日泊まった人のこと?」
「違う。吉野はそういうやつじゃない」
「へえ、吉野っていうんだ。いいなあ。俺もそこで働いていい?」
「だめだ」
「なんで?一緒にいたい。いずるが働くところ見てみたいし」
「辰見には向いてないよ」
「え?そうかな」
辰見は全然僕の話を聞いてくれなくて、こういうところは本当に三日月だ。嫌だ。嫌だ。
辰見も僕と一緒に働くことになった。
引っ越し業者で、荷造り、運送っと、力仕事だ。
辰見には全然無理だと思った。
なのに、彼は普通にこなしていて、バイト先の評判もよかった。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「うん。またね。辰見くん」
いつの間にか吉野とも仲良くなっていて、僕は退路を断たれた感じだ。
「吉野さんは、本当の普通の友達なんだね」
「そうだよ」
バイトから帰る途中、辰見が笑顔でそう言い、僕は短く答える。
辰見は三日月みたいに強引だけど、怖くはない。
僕を支配しようとはしない。
詰ったりしない。
「ねえ。いずる。俺を彼氏にまだできない?」
「無理」
だから僕は油断していた。
彼が三日月だってこと、忘れていたみたいに。
「もういいや。いずる。俺は、早くいずると一緒になりたい。だって、いずるは好きだろう?」
「何、言って!?」
辰見はもう僕の話を聞かなかった。
三日月と一緒。
無理やり部屋に連れ込まれて、奪われた。
一緒だ。
辰見なんていなかったんだ。
「……ごめん」
情事が終わった後、汚れたシーツの中で力なく横になる僕に三日月は謝る。
三日月は謝ったことはなかった。
だけど、することは同じだ。
僕は服をかき集めて身に着けると部屋に戻った。
「もういやだ」
やっぱり今世も一緒だった。
彼とは離れられない。
僕は汚れた体のまま、部屋を出た。
向かうところは、あの時と一緒。
もう来世なんていりません。
このまま消してください。
崖から飛び降りようとした瞬間、体を掴まれた。
「ごめん。中島、いずる。ごめん!」
僕を掴んだのは三日月、辰見だった。
泣きながら僕に何度も謝る。
「死なないで。お願いだから。もう君には触れない」
それから、僕たちの関係は変わった。
ただの幼馴染。
辰見はアルバイトもやめた。
僕を避けるようになった。
よかった。
これで彼と離れられる。
だけど、なぜか、今度は僕の視線が彼を追ってしまう。
彼の姿を探して視線を彷徨わせる。
彼は僕に付きまとったのが嘘のように、僕を無視して誰かと楽しそうに談笑していた。
「いずる。あのさ、辰見くん元気?」
バイト先で吉野が聞いてきた。
「うん。元気そうだよ。どうかした?」
「いや、それならいいんだけど。あのさ、俺の部屋に泊まったのは、辰見くんのせいだろ?」
僕は答えなかった。
「あ、おかしなこと聞いてごめん。今はうまくいってるなら、いいや。何かあったら相談に乗るから」
「うん」
僕はかろうじてそう返事をした。
うまくいってる?何が?
僕と彼はそういう関係だと思われてたのか?
いやでも、いまは。
僕は三日月から離れたかった。
今世では彼と関係のない人生を歩みたかった。
だけど、今、僕は彼の影を追っている。
あの夜のことを思い出して、寂しさを紛らわしたり。
そんな自分が嫌になる。
大学四年の後半はほとんど講義はない。
卒論のために教授の部屋に行くくらいだ。
「辰見くん」
いちゃついているカップルを見るのは珍しくない。
だけど、男は辰見だった。
キスをした後、一緒にどこかに消えていく。
「えっと、僕」
涙が一粒頬を伝った。
それは数を増して、気がつけば号泣していた。
とてもじゃないけど、研究室なんていけるわけがなくて、庭の陰のベンチに座って気持ちを整理しようとする。
「……いずる」
「辰見?」
「なんで泣いているの?」
「いや、別に」
よりにもよって辰見に、三日月に見つかるなんて最悪だ。
「あ、僕、用事があるから」
ベンチから立ち上がって行こうとしたら、腕を掴まれる。
「その涙は俺のせい?」
「違う」
即答できた。
「嘘だ。俺はみてた」
「どうやって?」
反射的に僕はそう聞いていて、慌てて口を押さえるが後の祭りだ。
「君は俯いていて、気が付いてなかったと思うけど、俺はずっと見てた」
「悪趣味だ」
「それは言えてる。だけど、俺は嬉しかった。君が俺のせいで泣いていることが」
「最低だ」
「ねえ。いずる。付き合って。酷いことはしない。我慢する。だから」
「わかった」
僕の返事は早かった。
彼の姿を追っていた。
彼が誰かといるのを見ると、気持ちがもやもやとした。
どうして、彼の傍に僕がいないのかと思ったこともある。
「ありがとう」
ちゅっと頬に柔らかいものがあたり、涙とぺろりと舐められる。
「ちょっと、待って」
「誰もみてないよ」
彼がしたことはそれだけ。
その後、僕と彼は健全は男男交際をした。
友達の延長みたいな。
たまにキスはされたけど、軽く触れる程度。
そんな関係が続いて、僕は就職した。
寮を出る前の晩、僕は彼に願った。
酷く恥ずかしかったけど、離れ離れになる前にしたかった。
前と違って優しい彼との情事。
彼が大学卒業まで離れ離れ、就職して一緒にまた暮らすようになった。
関係は良好で、お互いの親にもいつの間にかばれていた。
今世では関わりたくないと思っていたのに、今では来世でも一緒に過ごしたいと思っている。
そんな自分が不思議だ。
神様はこれを見越して、僕を彼を再び会わせたかもしれない。
(おしまい)