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愛なんか、知らない。  作者: 凪
最終章 愛を知る家
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忘れることなんか、できない。

 その日から、塚田さんと毎日のようにメッセをやりとりした。

 ただ、鈴ちゃんが図画工作で先生に褒められたとか、ワークショップで参加者さんからこんなことを言われたとか、たわいない話ばかり。

 鈴ちゃんの教室も続いてるし、塚田さんと鈴ちゃんと三人でテーマパークにも行った。

 だけど、お母さんの言葉がトゲのように胸に刺さって抜けない。

「血がつながってない子の親になれるの?」って。

 まだ付き合いはじめたばっかで、そこまで実感できないけど。



 そんなある日、久しぶりに出版社の編集部から連絡がきた。

「後藤さん、お久しぶりです」

 牧田さんの声を聞いて、何か起きたのかと思って瞬時に緊張する。

「お、お久しぶりです」

「実は、南沢さんの本を文庫化しようって話が出てまして。例の、『9月のノクターン』です。それで、今度こそ、カバーに後藤さんの作品を使いたいって南沢さんが言ってるんです」

「えっ。えと、えと、それって、もしかして」

「ハイ、『夜の音楽室』です」


 脳裏に、あの時の光景が瞬時に浮かんだ。会場で圭さんの作品を見た時の衝撃。そして、圭さんのスピーチ。佐倉さんの、あの表情。

 思わず目を閉じる。


「南沢さんとしては、この作品は後藤さんが作った『夜の音楽室』しかカバーには考えられないって言っていて。よければ、一度、南沢さんも交えて話し合いませんか?」

「あ、ハイ、それなら……」


 電話を切る。

 圭さんのこと、やっと忘れられると思ってたのに。このタイミングで、どうして?

 断ればいいんじゃない? もう忘れたいからって。

 でも……。


 クローゼットを開けて、奥にしまっていた箱を取り出す。ふたを開けると、『夜の音楽室』が、そこにはある。あの時のまま、色あせずに。

 熱中して作っていた、あの時間が鮮やかによみがえる。ひたすら楽器を作って、色を塗って。楽器の大きさがそろわなくて、何度も何度もやり直して。譜面台にコスモスを置いた時の、「うん、絶対いい!」って拍手したくなった気持ちとか。

 圭さんに早く見せたいっていう思いもあったけど、それだって、ひたむきな想いだ。


 ただまっすぐに、ミニチュアに向き合っていた、あのころ。

 あの尊い時間までなかったことになんか、できない。

 私、やっぱり。この作品が好きだ。大好きだ。

 忘れることなんて、できないよ。あの時の気持ちも、すべて、すべて。

 涙が頬を伝う。



 南沢さんは、相変わらず癒しのオーラを全開にしていた。穏やかな笑顔を見ているだけで、癒される感じ。

「あの、私はいいんですけど、今からカバーにして、大丈夫なんですか? 何か言われたり……」

「ああ、望月圭さんからクレームが入るんじゃないかってこと? いいんじゃないかしら。どんなクレームを入れてくるか、楽しみだわあ」

 南沢さんはコロコロと笑う。あれ、なんか、キャラがちょっと変わってる?


「望月さんは、あの後、受賞を取り消されてましたよね。盗作だってことだけじゃなく、自分が全部作ったんじゃないってこともバレちゃって。社会的信頼は失っちゃってるから、さすがに何かを言ってくることはないんじゃないかなって思います。もし何か言ってきたとしても、こちらが本家なんだから、堂々と戦えるんじゃないかと」

「そ、そうですか……」

「後藤さん、あの作品のスケッチとか持ってますよね? あの時、私と何回もメールでやりとりしてたから、それも証拠に出せますし、撮影した時期はあのコンテストよりずっと前だったから、それも証拠になると思います。あの時、私も悔しかったんです。後藤さんのほうがオリジナルなのに、後藤さんが泣き寝入りするような感じになっちゃって……。だから、今度は堂々と世に出したいんです。こっちの作品が本物なんだって」


 牧田さんは真剣な顔で力説する。

 本気で私の作品を出したいって思ってることが伝わってくる。なんか、ジーンと来た。


「私たちが話をしに行った時、『スケッチを見せてください』って言っても、『僕はそういうのは書かない。頭の中でイメージできたら、作っちゃうから』とか、はぐらかして。でも、過去のつぶやきを読んだら、スケッチを公開して、『この段階で、時間がかかっても緻密に練るのが僕のやり方』とか言ってて、はあ? どの口が言ってるの? って、あの時は思っちゃった。先に読んでたら、その場で突っ込めたのにって」


 南沢さん、圭さんの態度にかなり頭が来てたみたい……。

「それに、お酒の匂いがプンプンして、手が震えてて。たぶんアル中なんだろうけど、それでミニチュアを作れるの? って」

 そっか。圭さん、やっぱお酒、やめられなかったんだ。

「だから、私は後藤さんの『夜の音楽室』を、今度こそカバーにしたいの。絶対に」


 私は思わず頭を垂れた。

 私の作品を、こんなに、こんなに、大切に思ってくれる人たちがいる。それだけで、私はもう。


「ハイ、わ、私からもお願い、します」

 何とか絞り出した声は、すっかり涙声になっていた。

「よかった。後藤さん、つらい思いをされたのに、何もできなくてごめんなさい」

 南沢さんも涙声になってる。


「い、いえいえいえ、そんな、南沢さんは何も悪くないのに」

「そうですよ。あの時、南沢さんがあの投稿をしなかったら、望月さんはそのまま受賞したまま逃げきって、のうのうと暮らしてましたよ、きっと」

「そうなんだけどね。あの時、こっちを見下すような笑い方をしてたのが、今思い出しても悔しくて悔しくて」

「まあ、私も、あの時の望月さんの態度はいまだにムカつきますよ」

 あ、なるほど。そんな経緯もあったんだ。

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