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愛なんか、知らない。  作者: 凪
最終章 愛を知る家
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二人だけのデート

 塚田さんとディナーする日は、優の言葉を信じて青いワンピースを着て行くことにした。白いカーディガンを合わせて、ネックレスやバッグを変えて。

 待ち合わせの10分前に駅に着いたら、既に塚田さんの姿があった。

 えっ、早っ。


「こ、こ、こんばんは」

 声をかけると、塚田さんはスマホから顔を上げた。

「あー、こんばんは!」

「おお待た、お待たせしましました」

 緊張のあまり、どもりが全開になってるよ……。

「あ、いえ、僕が早く着きすぎちゃって。今日は仕事が早く終わって」

「そ、そう、そうなんですか」

「あ、店はこっちです」


 塚田さんは先に立って、スタスタと歩いていく。私は慌てて小走りで追いかけた。

 えーと、こういう時って、世間話をするのがいいんだろうけど、何を話せばいいんだろう……鈴ちゃんは元気ですか……って、先週会ったばっかだし。ええと。ここまでどうやって来ましたか、とか? 電車で、の一言で終わっちゃいそうだし、都内の路線とか詳しくないから、聞いても分からないし……。

 ってか、塚田さん、足早すぎっ。


「あ、あ、あのっ」

 5分ほど歩いて、私は塚田さんの背中に呼びかける。

「ちょっと、早すぎるっていうか……」

 私はすでに息切れしていた。日ごろの運動不足がたたってるなあ。。。

「あ、すみませんっ、気づかなくてっ」

 塚田さんは頭を下げた。

「店が結構分かりづらい場所にあるみたいで……そっちに気を取られてて、すみませんでした」

「い、いえ。私の足が遅くて」

「オレ、すぐに目の前のことで頭一杯になっちゃうんで……鈴からもよく、怒られて」


 あ、今、「オレ」って言った。なんか、すごく新鮮。

 塚田さんは歩くペースを落として、並んで歩く。ドキドキ。

 会話。何か、会話。えーと。


「まままだ、暑いですよね」

「そうですね。もう10月なのに」

「ですよね」


 3秒で終わっちゃったよ!!! 

 もっと話を膨らませなよ! ワークショップで鍛えられたコミュ力はどこ行った? えーと、えーと。


「鈴も、今日は来たがってたんです。でも、今日はうちの親に預けて来て。後藤さんと会うんだって言ったら、ずるいって責められて。鈴は、ホントに後藤さんのことが大好きみたいで」

 塚田さんがしゃべり始めた。ほっ。

「そ、そんな風に言ってもらえて嬉しいです」

「いえいえ……あ、ここだ」

 塚田さんはホッとした表情になった。


 住宅街の中の一軒家をレストランに改造してあるお店。

「同僚から、ここのレストランがいいって強く勧められて」

「そ、そうなんですね」

 夫婦二人でやっているそのお店は、とてもいい雰囲気なのがすぐに分かった。

 給仕をする奥さんは笑顔で出迎えてくれて、メニューも丁寧に説明してくれる。オープンキッチンの中で、旦那さんも飛びきりの笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶した。それだけで心が和んだ。


「こども食堂とは別に、僕ら親子だけ教えてもらって、一度ちゃんとお礼をしたいなって思ってたんです」

 あ、なーんだ、そういう理由だったんだ。まあ、壺を売りつけられないなら、よかったよね、うん。

 食事は、前菜の盛り合わせからデザートまで、心を込めて作っているのが分かるメニューだった。ピスタチオのパスタなんて初めて食べた。心に教えたら、喜んで作りそう。


 鈴ちゃんの普段の話だったり、塚田さんの仕事や私のワークショップの話だったり、緊張しながらも、何とか会話は続いた。時々、お店の奥さんが話しかけてくれて、場が持ったってこともあるんだけど。

 塚田さんは自動車部品の組み立てや加工をする工場で働いてるって、初めて知った。


「僕も工場のリーダー的なことを任されてるんですけど、人に教えるって難しいですよね。後藤さんは教えるのが上手だなって、いつも思ってて」

「いえいえいえいえいえ、私、下手ですよ!? うまく伝えられないことばっかだし」

「それでも、僕と鈴に教えてくれる時は、分かりやすいですよ」

「そそそうですか? ありがとうございます」


「鈴が、家でもずっとミニチュアの話をしてて。あの団地の庭で遊んだとか、ベランダで水遊びをしたとか、いろんなことを思い出してるみたいで。ミニチュアって不思議ですね。僕も作りながら、鈴を初めて家に向かえた時のこととか、椅子から転がり落ちて焦ったこととか、忘れてたことを思い出して、懐かしいなあって」

「そうですね。ミニチュアを作ってると、皆さん、いろんな昔話をしたくなるって、よく聞きます」

「そうなんですよねえ。分かります、分かります」


 帰る時、オーナーさん夫婦は玄関の外に出て見送ってくれた。料理を作ってお客さんに食べてもらうのが生きがいって感じの、ホントに気持ちいいお店。

「このお店、いいですね。料理もおいしいし、オーナーさんたちの雰囲気も温かくていいし。また来たいな」

 何気なく感想を言ったら、「そうですよね。また来ましょう」と塚田さんは言った。


 えっ。また来ましょうって、「また」があるってこと?

 どう受け止めたらいいのか分からなくて、しばらく無言で歩いていたら、急に塚田さんが立ち止まった。

「あの、突然、こんなことを言うのも何なんだけど」

 頭をかいて、話しづらそうな雰囲気。えっ、もしかして。


「よかったら、時々、こうやって二人で会いませんか? あ、もちろん、鈴も一緒に遊びに行ったりもしたいんだけど、教室も続けたいんだけど、それとは別に、時間がある時に……なんて、こんなおじさんに誘われても困っちゃうかもしれないけれど」

「お、おじさんなんて、そんな」

「いや、僕、32歳だし。葵さんから見たらおじさんでしょ」

 確かに、8歳上だけど。全然、年齢差なんて感じないし。


「迷惑だったら、すみません。考えてくれるとうれ」

「会いたいです」

「えっ」

「わた、私も、二人で、会いたいです」


 言った。言っちゃった。

 心は言った。「いい人が現れたら、その人とちゃんと向き合ってほしい」って。

 ちゃんと、向き合おう。今度こそ。


 塚田さんは目を丸くした後、クシャっとした笑顔になった。

「ホントに? いやあ、よかった! 勇気を出して言ってみてよかった!」

 その無邪気な笑顔を見て、思った。

 私、この人が好きだ、って。

 とたんに切ない想いがあふれて、胸がキュッと苦しくなった。


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