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愛なんか、知らない。  作者: 凪
最終章 愛を知る家
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鈴ちゃんのミニチュア教室

 9月に入って、塚田さんと鈴ちゃんがうちに来た。

「こんにちは~」

 二人とも汗だくだ。

「駅から遠かったですよね、大変でしたよね」

「いえいえ、鈴は電車もバスも乗れるから、大喜びでしたよ」

 塚田さんはTシャツにジーパンとラフな格好だ。食堂に鈴ちゃんを迎えに来る時は制服姿だから、なんか新鮮。


「こちらへどうぞ」

 リビングに招く。教室と同じように折り畳みのテーブルを用意して、使う道具をそろえておいた。

「あ、お家がたくさんある!」

 和室に移しておいたミニチュアハウスを見つけて、鈴ちゃんは目を輝かせる。

「これは生徒さんが作ってるお家。いろんなのがあるでしょ?」

「これ、お菓子の家?」

「そうそう、その方は子供のころからヘンゼルとグレーテルのお菓子の家をずっと食べてみたかったって、ミニチュアで作ってるの」


「へえ、この昔の民家、すごいですね」

「この方は実家が古民家らしくて、でも、そこを売ることになったらしいんです。宿泊施設になるそうなんですけど。それで、今のうちに実家を記憶にとどめておきたいからって」

「あ、幼稚園だ~」

「そうそう、この方は幼稚園のベテランの先生」

「うわばき、かわいい」

「でしょ? 幼稚園バッグとスモッグもかわいくできてるでしょ?」

「ホントだ、かわいい~」

「こんな小さな服、作るの大変そうですねえ」


 3人でわいわいとミニチュアを見ていると、ふと、背中に視線を感じた。

 振り向くと、スエット姿で髪を無造作に結んだお母さんが立っている。いぶかしげな眼を塚田さんに投げかけて。あれ、今日は遅番だったっけ。

「あ、こちら、今日から教えることになった塚田さんと、鈴ちゃん」

 塚田さんは慌ててお母さんに頭を下げた。


「こんにちは。今日から、後藤先生にお世話になります。休日にお邪魔してしまって、申し訳ありません」

「ふうん」

「ホラ、鈴、ご挨拶」

「……こんにちは」

 鈴ちゃんが蚊の鳴くような声であいさつすると、二人をじろじろ見て、お母さんは何も言わずにふいっと立ち去った。


「すすすみません、お母さん、失礼な態度で」

「いえいえ、急に子連れでお邪魔したら、何事かと思いますよね」

「先生の家は?」

「あ、私が作った家? それは後で持って来るね。それじゃ、始めましょうか」


 塚田さんと何度もやりとりして、鈴ちゃんが作りたいのは、以前住んでいた団地だって知った。そのころ撮った写真とか、住所を教えてもらって、ネットでその団地についての情報を調べておいた。

 写真には鈴ちゃんと一緒に女の人が写っている写真が多かった。きっと、鈴ちゃんのお母さんなんだろう。詳しくは知らないけど、目黒さんによると、塚田さんは鈴ちゃんが3歳のころに離婚したみたい。

 写真では笑顔で、幸せそうなんだけど。それに、結構きれいな人。


「こんな感じの部屋をつくるのはどうかなって、書いてみました」

 スケッチブックに書いたラフスケッチを見せると、二人は驚きの声を上げた。

「すごいですね、あの写真から、ここまで再現できるなんて」

「これ、鈴の乗り物?」

「そうだね、小さかったころ、部屋の中でよくこのおもちゃの車に乗ってたの、覚えてる?」

「覚えてる! 座るところがパカッと開くの」

「そうそう、そうだった」


 二人が盛り上がってるのを見て、なんか、ジーンときた。こんな「ミニチュアをやっててよかった」って思う気持ち、久しぶり。

「普通、ミニチュアは12分の1のサイズで作るんですけど、それだと小さすぎるかなって思って、今回は8分の1で作ることにしました」

「この部屋だけですか? 団地の建物じゃなくて?」

「ハイ、団地の建物をつくって、そこの中にこういう部屋をつくるのは、かなり難しいんですね。鈴ちゃんがもっと大きくなったら、建物ごと作れると思います」

「なるほど」


「部屋の床とか壁は、このボードを切って組み立てます。床にはこのシートを貼って、壁はこのシートを貼れば壁紙っぽくなるかなって」

「すごいな、こういうシートも売ってるんですねえ」

「テーブルと椅子とタンスはこの木を切って作って、ほかの細々としたものは樹脂粘土で作ろうかなと思って」

「この車は?」

「それは樹脂粘土で」

「へえ、すごいな。鈴、楽しみだねえ」

「うん!」

 鈴ちゃんは早く作りたくてうずうずしてる感じだ。


「作るものは、かなり絞ったんですけど。これで、大体3カ月ぐらいあれば作れるんじゃないかなって思います」

「よし、お父さんも手伝うよ~」

「パパは木を切って」

「ハイハイ、仰せの通りに」


 あっという間の2時間だった。

 鈴ちゃんは、お父さんにはワガママもいっぱい言う。お父さんは苦笑いしながらも、鈴ちゃんの言うことを聞いてあげてる。たぶん、お母さんがいない分、寂しい思いをさせたくなくて、とかなのかな。

 二人にお茶とお菓子を出して、休憩している時に自分の作品を持って来た。


「これが、私が作ったミニチュアハウスです」

 夕暮れの図書室と夜の公園を見せたら、二人とも目を丸くした。

「うわ、これは……すごいな」

「先生、これ、本、何冊あるの?」

「500冊作った」

「500冊!」

「私だけじゃなくて、周りの人にも協力してもらって何とか500冊集められたの」


「夕焼けのところ、色を塗ってるの?」

「そう。窓から日差しが入って部屋の中を染めているところと、そうでないところを塗り分けてるの」

「いや、もう芸術作品ですね。写真撮っていいですか?」

「どうぞ、どうぞ」

「公園、三輪車があるね」

「ホントだ、こっちに空き缶もあるよ」

「わ~、ホントだあ!」


 二人が興奮している姿を見て、私は何だか泣きそうになっていた。

 こんな風に、私の作品を見て感動したり、喜んでくれる人がいるから、私は作り続けてこられたんだ。そんな尊い想いを、埋もれていた想いを、今さらながら思い出して。



「先生、さようなら~!」

 一回目の教室は、無事終了。鈴ちゃんは塚田さんと手をつないで、元気よく帰って行った。

 二人とも、何度もこちらを振り返る。そのたびに、私は手を振った。

 ふと、視線を感じて見上げると、お母さんが二階の窓からこっちを見てた。目が合うと、カーテンを閉めてしまった。

 なんだろ。うちで教室を開いてる時は、生徒さんには興味なさそうな感じなのに。小さい子と父親の組み合わせが気になるのかな。


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