表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛なんか、知らない。  作者: 凪
最終章 愛を知る家
84/101

こども食堂のワークショップ

 心にこども食堂のことを話すと、「いいんじゃない? 葵には向いてそう」と言ってくれた。

「久しぶりに、声が明るい感じ」

「うん。久々に、やってみたいって思えることができた感じだね」

「うん、うん。よかったね」

 そういう心の声も、だいぶ落ち着いてきた気がする。

「夏のキャンペーン向けのメニューの打ち合わせとかあるから、今週、そっちに帰るよ」

「ホントに? うちに寄ってくれてもいいし、どこか別の場所で会ってもいいし」

「そうだね。また連絡するね」

 ようやく、少しずつ、少しずつ、日常が動き始めた。



 こども食堂のワークショップは、樹脂粘土のお弁当にすることにした。

 子供たちもお弁当は大好きなことと、久しぶりのワークショップだから、やっぱり慣れてる題材でやるしかないなって思ったから。

 老人ホームのワークショップよりお弁当のサイズを少し小さめにして、曲げわっぱは子供たちは知らなさそうだから、樹脂粘土の小さなお弁当ケースをあらかじめ作っておいて、そこに詰めていくことにした。

 

 樹脂粘土を丸めているうちに、涙が出てきた。

 やっと、やっと、ミニチュアを作れる喜びがこみあげて来て。

 小学生のころ、初めてミニチュアを作った日のこととか。

 学校から帰ったら、すぐにミニチュア作りに没頭していた、あの日々。

 高校の文化祭の、あのキラキラした日々のこととか、次々と思い浮かんで。

 この感触、独特の匂い。

 よかった。粘土にまた触れる日が来て、よかった。

 私にはやっぱり、ミニチュアしかないんだ。

 


 準備に追われていると、あっという間に日は過ぎていく。純子さんの回顧展の準備もあるし。

 お母さんも、さすがに家でゴロゴロしてるのは飽きたみたいで、髪を黒く染めて仕事を探しはじめた。

 純子さんのいない日々には、まだ慣れない。

 純子さんの声が聞きたいって、あの笑顔を見たいって、ふとした瞬間に思う。そのたびに、一緒に過ごした幸せな時間が蘇る。その想い出が胸にある限り、私はやっていける、きっと。


 そんなこんなで、あっという間にワークショップ当日になった。

「ハ、ハイ、みな、皆さん、こんにちは。今日は、ミニチュアのお弁当を作ろうと思います」

 子供たちの視線が一斉に集まる。ううう。子供たち相手でも緊張するよおお。

 参加した子供たちは20人で、高学年の子も5人ぐらいいた。夏休みの自由研究にするんだって、目黒さんが教えてくれた。


「えーと、えーと、どんなお弁当を作るかって言うと、こんなお弁当です」

 見本のお弁当を見せると、みんな目を輝かせて、どっと前に詰めかけた。

 パンダのおにぎりがメインのキャラ弁だ。

 パンダのおにぎりが2つ、卵焼き、ハンバーグ、ミニトマト、ブロッコリーと子供が好きそうなメニューにした。


「かわいい~」「うっわ、ちっせー!」「本物みたい」「これ食べれるの?」「なんでこんなに小さいの?」「私、ブロッコリーきらーい」「これ、触っていい?」とみんな、口々に言いたいことを言う。

「え、えーと」

 どう対応すればいいのか分からなくて困ってると、目黒さんが「はーい、みんな、先生のお話聞いてねえ」と助け船を出してくれた。


「ええと、これはね、樹脂粘土っていう粘土で作ります。樹脂粘土はこういう粘土で」

「知ってるう。図工の時間に作ったもん。色塗るんでしょ?」

「う、うん、そうなんだけど」

 たぶんそれ、紙粘土じゃないかな……。


「えーと、樹脂粘土も紙粘土みたいなもんなんだけど、乾いたらこんな風にカチカチに硬くなるところが違うかな」

「食べれるの?」

「ううん、おいしそうに見えるけど、食べれないよ」

「粘土を食べれるわけねーじゃん。バーカ」

「だって、おいしそうじゃん、これ」

「かじってみれば?」

「あー、これは食べれないから、ハイ、こっちに置いとくね」

 子供に食べられる前に見本を避難させた。ふう。油断ならないな。


「それで、今日は、おにぎりを作りまあす。時間があればハンバーグとミニトマトも」

「オレ、ハンバーグよりウィンナーがいい」

「ミニトマトいっぱい入れたーい」

 なんかもう、一言言うたびに子供たちがしゃべりだしちゃうから、ちゃんと説明できないよう。。。

 いいや、もう、作りはじめよう。


「はい、それじゃ、おにぎりを作ってみるね。おにぎりは、これぐらいの大きさに粘土をちぎって丸めます」

 子供たちが私の周りに集まって、食い入るように手元を見つめている。

「えー、それだけ? そんなのすぐにできるよ」

「ううん。これで終わりじゃないよ」

 ふっ。言うたな。すぐにできるって言うたな? ほんなら、米粒もすぐにできるって言えるかのう。ふぉっ、ふおっ、ふぉっ。 


「これにお米の粒をつけていくの。こうやって、ほそーくほそーく粘土を丸めて、このへらを使ってちょっとずつちょっとずつ切って、指先でちょっと丸めたら、ホラ、こめつ」

「えー、そんな小さすぎんの、できないよ。めんどくさ~」

 どっちよ。すぐにできるのがいいのか、時間をかけたいのか、どっちがいいのよ??


「ハイハイハイ、たっくん、文句多すぎです」

 目黒さんがたしなめる。

「だって、ちょー大変そうだもん」

「ちょっとは大変なことに挑戦してみないと、つまらないでしょ?」

 さすが、目黒さんの言葉は重みが違うなあ。

「米粒はこれぐらい作って。そしたら、このペーパーの上に置いて乾燥させて、乾いたらこの丸いおにぎりに貼っていくのね」

「こまかーい」


「ハイ、それじゃ、これから樹脂粘土を配るから、おにぎりを」

「顔は? パンダの顔は?」

「うん、ご飯の部分を作ってからね」

「オレ、パンダじゃなくてドラえもんにする!」

「う、うん、いいと思う」

「先生、おにぎりは2個だけ? 3個じゃダメ?」

「んー、他のおかずが入らなくなるから、3個にしたいなら、1つずつ小さく作ればいいかな」


「先生、お弁当箱に色を塗っていい?」

「う、うん、いいよ。でも、先におにぎりを」

「先生、米粒、これぐらい?」

「え、待って待って、米粒作る前に、この粘土はよく練らないといけないの」


「せんせーい。私、ブロッコリー嫌いだから、替えていい?」

「う、うん、いいよ。緑の野菜がいいと」

「オレもきらーい。ブロッコリー作りたくなーい」

「オレもー」


 もう、カオスだよ……。みんな、全然人の話聞かないし。とりあえず、子供はブロッコリーが嫌いなことは分かったけど。

 結局、粘土をみんなに配って、練り練りする作業をするだけで、30分ぐらいかかってしまった……。振り回されすぎだあ。目黒さんたちも、合間合間に子供たちに注意してくれるけど、料理を作りながらだから、そんなに頼れないし。


 ふと、テーブルの端っこで黙々と手を動かしている女の子がいることに気づいた。あれ、この子、どこかで……あ、最初にここに来た時に、玄関で挨拶した子かな。小学校1、2年ぐらいかな。

 手元をのぞいて、

「わっ、これ、ネコちゃんの形? すごいね、かわいいね!」

 と、思わず賞賛の声を上げた。女の子はビックリしたような顔でこっちを見てから、恥ずかしそうに顔を伏せた。


「わー、リンちゃんのおにぎり、かわい~」

「リンちゃん、上手だね」

 まわりにみんなが集まると、リンちゃんと呼ばれた子は耳まで真っ赤になっている。かわいい。

「私は犬にしようかな」

「私はウサギにしたーい」

「うん、おにぎりは自由に作っていいんだよ」

「じゃ、オレ、ガンダム」

「え、ガンダム? んー、それはちょっと難しいかな」

「せんせーい、お米はこれぐらい?」

「ハーイ、ちょっと待ってね」


 そんな風に子供たちに呼ばれてクルクルと動き回っているうちに、あっという間に二時間が過ぎた。

「お弁当、持って帰っていいの?」

「持って帰ってもいいけど、来週持って来ないと、続きはできないわよ? 忘れそうなら、ここに置いていったほうがいいと思う」

「私、ママに見せるー」

「ちょっと、たっくん、後片付けは?」

「バレたかー」

「ホラ、ご飯食べてく子は、片付けたらこっちこっち」

「ハーイ」

 目黒さんたちが子供たちを促して片付けをさせている。


 結局、二時間でおにぎりしかできなかったよ……。こんなにおにぎりだけで盛り上がるとは思わなかった。

 たっくんは「オレは青にする! 元気玉だ!」とか、青いおにぎりにしちゃうし。お陰で、たっくんの名前は一瞬で覚えたけど。

 高学年の子は、「天むすを作りたい」とか渋いリクエストをするし。「うまく作れない」って泣き出す子がいるし。

 なんとかかんとか、みんながおにぎりを作ったところで終了となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ