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愛なんか、知らない。  作者: 凪
最終章 愛を知る家
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哀しみの乗り越え方

 人生で、つらい思いをする回数って決められてないのかな。

 もし決められてるなら、私はもう十分すぎるほどのつらい思いをしたと思うんだ。

 大切な人とのお別れって、どうやって乗り越えればいいんだろう。おばあちゃんが亡くなった時は、どうやって乗り越えたんだっけ?

 毎日泣いて、泣いて。涙って枯れないもんなんだなって思うぐらい、泣いて。いつ、平気になったっけ?


 純子さんがいなくなって二週間が過ぎた。

 この二週間、何をやっていたのか、覚えてない。泣くために起きてる感じ。

 机の上に置いてある純子さんのミニチュアを見るたびに泣けて来て。


 純子さんの形見としてもらったのは、絵本『3びきのくま』を再現したミニチュア。純子さんは『3びきのくま』が大好きで、一番最初に作ろうと思ったって、キラキラした目で話してた。

 森の小屋の食卓には3つのお椀が並んでいて、一番小さなお椀のスープだけ飲み干してある。小さなイスが壊れていて、ベッドが乱れていて、女の子が忍び込んだ様子を再現している。


「このころはまだ下手くそでねえ」って言ってた純子さんの表情を思い出す。

 つくりがちょっといびつだったり、色の塗り方はイマイチだけど、まだ若い頃の純子さんが一生懸命作ったんだろうなって感じられて、一番純子さんを感じる作品なんだ。

 心は純子さん家のミニチュアをもらっていた。二番目に作った作品だって言ってた。まだ娘さんがいたころの、にぎやかな和田家がそこには垣間見られる。

 まさか、こんな悲しいことをきっかけに、ミニチュアを普通に見られるようになるなんて。悲しすぎるよ。純子さん。悲しすぎる。


 純子さんのミニチュアを前に何時間もボーっとしたり泣いてる私を見て、お母さんは何も言わずに料理を作ったり、掃除をしたり、家事をしはじめた。

 でも、私がずっと泣いてるから、「いくらお世話になった人だからって、泣きすぎじゃない? 親じゃないんだから」とか、呆れたように言うんだ。


「純子さんは、私がつらかった時に、ずっとそばにいてくれたんだから! お母さんよりずっとお母さんっぽかったよ。お母さんより、私のことを大切にしてくれた。純子さんがいなかったら、私、生きてけなかった」

 泣きながら責めたら、お母さんはムッとして黙り込んだ。

 ホントは、「お母さんが死んでも、こんなに泣いたりしないよ」と言いたかったけど、さすがにそれは堪えた。


 それでも。一人で家にいるわけじゃないから、私は何とか自分を保ってられる。

 心配なのは心だ。

 今は毎晩、心が仕事が終わるころを見計らって、電話をかけている。

「もしもし?」

「……うん」

「今日はどうだった? お店は?」

「うん、今日も忙しかった」

「そっか。どんなお弁当が売れた?」


 そんな風に、1時間ぐらいたわいのない話をする。同じ痛みを分け合うように。

 信彦さんはしばらく一緒に暮らすように心に提案してくれたんだけど、お店があるから難しいみたいで。

「しばらく休んだら?」と勧めても、「まだ、僕抜きで店が回る状態じゃないから」って言って。

 働いてる時間は、まだいいんだ。家で一人きりになる時間が、たぶんヤバイ。だから、毎日安否確認をしてるようなものなんだ。

 こんな時に、純子さんがいてくれたら。

 何度も何度も、叶わぬ思いを願わずにいられない。


 さすがに二週間も経つとお母さんが、「いい加減、仕事しないといけないんじゃない? 教室を待ってもらってるんでしょ?」と言ってきた。

 そうなんだよね。いつまでも泣いて暮らしてばかりもいられない。純子さんのためにも、前に進まないと。

 そう思っていた時、信彦さんから、純子さんに誘われていたこども食堂でのワークショップをやってみないか、と連絡をもらった。

 純子さんが亡くなった日に、やりますと伝えようとしてたし。純子さんが最後に私に任せてくれたんだ。

 やってみよう。ってか、やろう、絶対に。


 とりあえず、こども食堂に話を聞きに行くことになった。

 そこは都内の住宅地の一角で、自宅をこども食堂として開放していた。

 定食屋とかを使って開催しているのかと思ってたから、チャイムを鳴らす時はドキドキした。

「ハーイ?」

「ああああの、わた、私、純子さんの代わりに来た、ミニチュアのワークショップの」

「あ~、お待ちしてました。どうぞ2階におあがりください」

 出迎えてくれるんじゃなくて、勝手にドアを開けてあがっていいってこと? ドアにはカギがかかってなかった。

「失礼しまーす」と挨拶をして、玄関に用意してあるスリッパを履いて、階段を上がる。ドアを開けると、おいしそうな香りが部屋中に充満していた。


「ああああの、こここんにちは」

 緊張して、久しぶりにどもっちゃってる(汗)。

「こんにちは~。どうぞ、その辺に座っててください」

 ドアの横にキッチンがあって、おばさんが3人で料理を作っている真っ最中だ。

 フロアにはテーブルが6台並べてある。隣の和室も開け放たれていて、ちゃぶ台が二脚。ここで食事をするのだろう。

 私は端っこの席に腰を掛けた。


「ごめんなさいねえ。ハヤシライスだけ作っちゃうから」

「ハ、ハイ」

 どうしよう。手伝ったほうがいいのかな? でも、私、そんなに料理うまくないし、子供相手の料理なんて、どう作ったらいいか分からないし……。


 落ち着かなくて部屋の中をキョロキョロ見回していると、戸棚の上にミニチュアの家が置いてあることに気づいた。

 こんなところに、ミニチュアが。

 近寄ってみると、一目で、それは純子さんの作品だと分かった。

 このこども食堂のミニチュアハウスだ、きっと。

 テーブルの上には空揚げやサラダ、スープが入った皿が並んでいる。食べかけのお皿や食べ終わったお皿まで置いてあって、ついさっきまでそこに子供たちがいたかのような臨場感がある。キッチンは料理を作っている最中で、まな板の上ではニンジンを切っている途中だ。その横には皮むきが終わったジャガイモ。シンクにはザルに入ったサラダ菜か何かがあって、鍋では玉ねぎを炒めてるみたいで。

 ああ。ここにも、純子さんが息づいている。

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