衝撃
帰りの電車の中で、日本クリエイター展のホームページを検索した。
トップページに出ている展示会の日程を見て、息を止めた。
今週の土日……?
え? 締め切りは……え、二週間前? え? え? どういうこと? もしかして、圭さん、間に合わなかったの? でも、そんなに大変な作業は残ってなかったはずなんだけど。トルソーを作れなかったとか? だとしても、コテージだけ出せばいいし。
もう一度電話をかけると、通話中だった。時間をおいて何回かかけてみたけど、ずっと通話中。
LOINでメッセを送ろうとした時、圭さんのアカウントが削除されていることに気づいた。
「えっ」
思わず声が出る。
何、これ……。もしかして、私がメッセを送ったから削除したの? まさか、まさか。
その後も何度も電話をかけたけど、ずっと通話中だった。さすがに、おかしいと気づく。
もしかして、もしかして、ちゃっきょされたとか……?
そんな、そんな。どうして? 圭さん、どうしちゃったの?
どうやって家に帰ったのか覚えてない。
玄関でずっとボーッと立ってたみたいで、心に「葵、どうしたの?」と声をかけられて我に返った。
「何かあった?」
心配そうな顔の心。
でも、こんなこと話せない。圭さんが何も言わずに姿を消しちゃったなんて。
「ううん、ううん、何でもない」
力なく首を振った。
こんなこと、誰に相談すればいいんだろう。
部屋で一人、膝を抱える。
圭さん、圭さん。私、何か変なことしちゃった? 圭さんを怒らせるようなことした? もしかして、私を抱いたことを後悔してる、とか? グラビアアイドルとつきあってたんなら、私の体にガッカリしたのかもしれない。でも、それならそれで、「もうつきあえない」ってハッキリ言ってくれるほうがいいよ。圭さん、何でもいいから連絡してよ。
翌日、迷ったけど、純子さんに圭さんと連絡が取れないことを相談した。
純子さんは展示会に出品する時の圭さんの連絡先を調べてくれたけど、私の知っている連絡先しか登録されていなかった。
「私から、連絡取ってみましょうか? バイト代も払ってもらってないんでしょ?」
バイト代。お金のことなんか、すっかり忘れてた。確かに、作業をした分のお金は全然もらってない。
でも、純子さんが何度電話しても、メッセを送っても、無視されたみたいで。
「私と葵ちゃんが親しいことは知ってるだろうから、避けてるのかもね」
どうしよう……どうすればいいんだろう。
「とりあえず、そのクリエイター展に行ってみるしかないんじゃないかしら。会場に行けば、何か分かるかもしれない。知り合いのミニチュア作家さんも応募するって言ってたから、何か知ってるかもしれないし。私も一緒に行くから。ね?」
うろたえる私をなだめるように、純子さんは「大丈夫、何とかなるから」と言い聞かせてくれた。
日本クリエイター展の最終日。
純子さんの仕事の都合で、入館が締め切られる30分前に何とか滑り込んだ。
あの後、心は、私に何も聞いてこない。
圭さんと私とのことは立ち入らないほうがいいって思ってるみたいで。
相談したら、きっと、「だから信頼できないんじゃないかって言ったでしょ?」って言われそうで、何も話せない。
受付で、純子さんは圭さんのことを聞いてくれる。
「望月圭さんですか? 出品されてますよ。最終選考に残ってます」
受付の人は、すんなりと教えてくれる。
え。そうなんだ。間に合ったんだ。でも、それなら、どうして連絡くれないんだろ? 私を避けてるのは、なんでなんだろ?
なんか、なんか……イヤな予感。
「とりあえず、中を見てみましょうか」
会場はにぎわっていた。
日本クリエイター展はあらゆる分野のクリエイターが出品しているから、洋服やバッグやアクセサリーが飾ってあったり、焼き物とか彫刻が出品してあったり、さまざまな作品が並んでいる。
これから審査結果が発表されるらしくて、それぞれの作品の作り手さんと関係者が集まって来てるみたい。
「えーと、圭君の作品は」
純子さんと二人でキョロキョロと探していると、ふいに、知っている顔が目に飛び込んできた。熱心に、ある作品を見ている。
「佐倉さん……!」
呼びかけると、佐倉さんは私を見て目を丸くする。
「後藤さん……?」
その腕に、赤ちゃんが抱かれてるのを見て、私と純子さんは同時に「わあ~」「まあ~」と声をあげた。
「佐倉さんのお子さんですか?」
「う、うん、まあ」
「えー、いつの間に結婚したんですか? 知らなかった!」
「この子、男の子? 女の子?」
「あ、男の子です」
「そうなの。こんにちはあ」
純子さんはすっかり目尻を下げてる。佐倉さんは私に出会ったのが、かなり驚きだったのか、私と目を合わさずにキョロキョロしてる。
その時、純子さんは知り合いのミニチュア作家さんに声をかけられて、「ちょっとごめんなさい」とそっちに行っちゃった。
「佐倉さん、圭さん、復帰したの知ってたんですね」
「え、うん、まあ」
「このコンテストのことも、圭さんから聞いたんですか?」
「う、うん、そうなの」
「そうなんですか……圭さんと、会えました?」
「う、うん、さっきね、ちょっと」
「あ、圭さん、会場に来てるんですか!?」
「うん、さっきまでいたんだけど、どっか行っちゃったみたいで」
とりあえず、ここにいれば圭さんに会える。
それが分かっただけで、ちょっとホッとした。
「佐倉さんは圭さんのマネージャーをまた始めるんですか?」
「そうだね。あ、ごめん、翔がぐずってきちゃったから、ちょっと失礼」
佐倉さんは慌ててその場を離れた。
久しぶりなのに、グイグイ聞きすぎちゃったかな。
そういえば、佐倉さんも圭さんのこと好きだったはずだけど、諦めて結婚したのかな。
まさか、私とのこと、圭さんから聞いてないよね? それでよそよそしいわけじゃ……。
私は、佐倉さんが見つめていた作品に、何となく目をやった。
望月圭
札には圭さんの名前が書いてある。
あ、圭さんの作品を見てたんだ。
作品名、夜のおんが
えっ。
それは。その作品は。
ガラスケースの中に展示されているその作品は。
私の、作品だった。
ううん、私が作ったんじゃないけど。圭さんが作った、私の作品だ。
え、何、これ。
どういうこと? どういうこと??
夜の音楽室。
楽器が置かれていて、指揮者の台だけ月明かりにぼうっと照らし出されていて。譜面台に花が一輪置かれていて。黒板の五線譜も、壁の音楽家のポスターも同じだ。楽器を置く場所が微妙に違うぐらいで。
仕上がりは雑だけど、色も全然イケてなくてグラデーションも全然キレイじゃないけど、私の考えた作品だ、これ。




