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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第7章 にせものの家
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ささやかな前進

「葵さん、葵さん」

 そっと揺り起こされて、私は自分が眠っていたことに気づいた。

「えっ、えっ」

 キョロキョロ見渡して、ようやくここは自分の家で、今はミニチュア教室の時間だったと気づいた。井島さんが心配そうに顔をのぞき込んでる。

 みんなが作っている姿を見ているうちに、眠気に襲われたんだった。昨日、圭さんの作業を頑張ったからか……。


「大丈夫? 忙しくて疲れてるんじゃない?」

「いいいえ、ごめんなさい、眠っちゃって」

 教室の最中に眠っちゃうなんて。プロとしてあるまじき行為だよ、これ。

「葵さん、コーヒーでも入れようか?」

「いえいえ、大丈夫ですから」

 そう断っても、他の生徒さんが立ち上がってキッチンに向かった。


「だって、小説のカバーと写真集用の作品を考えて、教室もやって、ワークショップもやってるんでしょ? そりゃ、売れっ子ミニチュア作家さんだから、疲れるのも当然でしょ」

「うちらは勝手に作ってるから、葵さんは寝てていいよ」

「そうそう。葵さんに教えてもらって、うちらも成長したしね」

 みんなワイワイとフォローしてくれる。ううう。感謝しかない。

 コーヒーを入れてもらって、ありがたくいただいた。

 

 井島さんには圭さんと再会したことも、手伝いに行ってることも話してない。もう圭さんの話が井島さんから出ることもないし、すっかり過去の話になってそう……と思っていても、黙っていることに対して何となく罪悪感を抱いてたりもする。

 

「井島さんの家、キッチンから人の気配が伝わってきますよね」

「うん、お母さんのことを思い出しながら作ってるからね。うちのお母さん、料理を作ったら、こういう蚊帳みたいのをかぶせてたなって、最近思い出して」

「あー、あったあった、そういうの! うちでも使ってたよ。懐かしい~」

「吉田さんの、このお庭、素敵ですよね」

「ありがと~。葵さんに教えてもらったから、ここまでできたんだよ」

「手水に金魚が泳いでるの、芸細だよね、すごい」

「落ち葉が手水に降りかかってるのも風情があって、いいわあ」

 みんなでそれぞれの作品のいいところを見つけて褒め合う時間、好き。

 みんなも楽しそうだし。褒められる側も、褒める側も嬉しそう。


 その時、今さらだけど気づいた。

 みんな、そろそろ作品が完成しそう。

 3年間、ちょっとずつ作ってきたけど、さすがに一区切りをつける時期になったかな。

「グループ展を開きたいですよね」

 私の言葉に、みんな一斉にこっちを見る。

「どこかのギャラリーを借りて。みんなの作品を展示するの、素敵じゃないですか?」


「うっそ、考えたこともなかった」

「こんな素人の作品、見に来る人いるかな?」

「いえいえ、すごい大作ぞろいですよ。堂々と展示できるレベルです」

「うわ、葵さんにそんな風に言ってもらえたら、勇気出る~」

「展示会かあ。確かに、友達からも作品を見たいって言われてるし」

「でも、会場借りるのってお金かかるのかな?」

「みんなで割り勘したら、そんなにかからないんじゃない?」


 みんなが盛り上がっている様子を見ながら、私はジンとしていた。

 3年間で、ここまで来られた。

 最初は、私の教え方はつたなくて、たくさん迷惑をかけちゃったけど、子育て経験とか社会に揉まれてきた方ばかりだから、辛抱強く付き合ってくれてた感じ。

 ミニチュアも、みんな最初はいかにも素人って感じだったけど、今ではかなり上達したし。ギャラリーで大勢の人に見てもらったら、もっと作りたくなるんじゃないかな。



 その日は、南沢愛さんと編集者の牧野さんと会うことになっていた。

 小説のカバーで使うミニチュアのアイデアをいくつか見せることになっているのだ。

 南沢さんは40代前半で、メガネの奥の優しい瞳に見つめられると、癒される。いつもニコニコしていて、しゃべり方もゆっくりしていて、なんか、ほわあっとした感じの方なんだよね。人を嫌な気持ちにさせることなんて、きっとないんだろうなあ。


 カフェでスケッチブックを広げて、「これが私的には一押しなんですけど」というと、南沢さんと牧野さんは、同時に覗き込んだ。

 すぐに南沢さんは感嘆の声をあげた。

「これ、これ、いいっ、すごくすごく素敵! いい、いいわあ。すごく作品の世界観に合ってる! すごい、すごい!」

 キラキラした目でスケッチの隅々まで眺めている。

 牧野さんも、「うん、いいですね、いいですねえ。今回の作品にピッタリだって私も思います」とうんうんとうなずいている。


 夜の音楽室。吹奏楽部の練習が終わった室内では、楽器がそのまま置かれている。

 窓の外から月明かりが差し込み、指揮台をやわらかく照らし出している。譜面台の上には、一輪の花。それ以外は夜の闇に包まれて、シン、とした空気が漂う空間を表現してみた。


「え、え、これ、ミニチュアで作れるんですか?」

「ハイ、何とかできると思います」

「えー、すごい、すごーい。なんか、すごいしか言ってないけど、ホントに素晴らしい作品を見ると、すごいとしか言いようがないもんねえ。譜面台の上の花も素敵!」

「あ、指揮棒の代わりに花にしてみました。ユイカの音楽にかける想いを花で表現してみたというか」

「素敵なアイデア。コスモスってところが、ユイカらしいっていうか、作品を読み込んでくれてるんだなあって思って」

 南沢さんは何度も「すごい」「素敵」と連発して、うっとりとため息をつく。


 それ以外のアイデアも2つ見てもらったけど、三人とも夜の音楽室がいいってことで一致した。

「できあがりを早く見てみたいな」

 南沢さんの言葉に、

「そうですよね。あ、でも、こんなことを言ったらなんですけど、ミニチュアじゃなくても、このスケッチをそのままカバーにしてもいい感じ」

 と、牧野さんが話をつなぐ。


 よかった、こんなに評価してもらえるなんて……! 

 帰ったら、すぐに作りはじめよう。締め切りまで1か月半かあ。今日から頑張って、睡眠時間も削って作れば、何とか間に合うはず。

 そんなウキウキ気分の帰り道で、ハタと気づいた。

 あ、圭さんの仕事。どうしよう。ちょうどコンテストの締め切りとかぶっちゃいそうな。

 もう半分はできてるけど、並行してできるかな?

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