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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第6章 夕暮れの家
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夕暮れの図書室

 うーん。図書室だから複雑な構造ではないけれど、本棚は本によって高さが違うし、床も机も椅子も棚も全部木目調にしたいけれど単調な感じにならないようにしたい。地味に作業は大変。棚の上のほうの本を取るためのハシゴも作ろう。受付のカウンターの上にはパソコンを置いて、カードを読み取る機械もつくろう。筆記用具も必要だよね。あ、本棚の横に貼ってある分類の案内も。でも、なんかな。図書室をつくるだけじゃ、インパクトに欠けるって言うか。フツーだよね。どうやって光と影を


「……さん、後藤さん」

 肩をつつかれて、私はようやく話しかけられていたことに気づいた。

 最近、毎日図書室に足を運んで、ミニチュアのためのリサーチをしている。

 振り向くと、鹿島さんが立っている。姿を見るのはこの間、衝突して以来だ。


「実習のレポートは終わった?」

「え、えーと、何とか」

「そうなんだ」

 え、なんだろ。また、レポートを一緒に書いたってことにしてほしいとか言い出すんじゃないよね?

 鹿島さんは私と目を合わせようとしない。


「あの……この間はムリなこと言っちゃって、ごめん」

 あれ。素直な謝罪だ。

「インターンシップ先でうまくいっていなくて、いろいろ焦っちゃって。ホント、ごめんなさい」

「あ、いや」

「それで、私、退学することになりそうで」

「えっ!」

「先生にはこのままじゃ単位をあげられないって言われて……ほかにもいくつか単位を落としそうで、留年になっちゃったら、もう通えないんだ。一年余分に通う余裕がうちにはなくて。だから、それなら3年でやめようって思って」

「そうなんだ……」

 どんな言葉をかけたらいいのか分からない。


「それなのに、インターンシップ先の社長に言っても、『頑張って卒業したほうがいいんじゃない?』って言われただけで。『うちの会社で正社員になれば?』って言ってくれると思ってたのに。結局、安くこき使われただけかもしれなくて。私、どうしたらいいか分からなくて」

「……」

 鹿島さんは涙ぐんでいる。

 なんで、私にこんなことを話してくれるんだろ。親しくもないのに。。。


「ねえ、後藤さんはいろんなところでワークショップやってるんでしょ? どこかで、私を雇ってもらえないかな?」

「え、えっと、ワークショップをやってるのは、老人ホームがメインなんだけど……介護の分野でも大丈夫なの?」

「それはちょっとキツそうだから、もっとちゃんとした仕事、ない?」

「ちゃんとしたって……介護もちゃんとしてる仕事だけど」

「肉体労働じゃなくてって意味」

 鹿島さんは苛立ってきたようだ。そんなことを私に求められても。


「私から紹介できるところなんて、他にないよ。キャリアセンターに相談してみたら?」

「行ったけど、卒業しないんだったらどこも紹介できないって言われて」

 確かに、その通りだよね。

「結局、みんな、私のことを助けてくれないし」

 あれ、この流れ。この間と同じような。

「ずるいよ、後藤さん。ミニチュアの仕事をしてるから、就活もしなくていいし、余裕じゃん」


 ずるいって言われても……。結局、人に何とかしてもらおうとしてばかりで、それがうまくいかなかったら、相手を責めるってタイプなのかな。うーん。あんまり関わり合いになりたくないな。どうしよう。


「それは、後藤さんがずっとミニチュアを作り続けてきたから仕事にできているんでしょ? 誰よりも努力しているから、今の立場を手に入れただけで。何もしなくて、人をうらやんでいるだけじゃ、何も手に入れられないのは当たり前じゃない」

 背後から声がして、振り向くと時田先生が立っていた。時田先生は調べものに来たらしく、何冊か本を抱えている。


「鹿島さんは、卒業したいの? それなら、学費を分割払いする方法もあるでしょ。それなら最後まで通えるかもしれないし。まだ退学だって決めつけるのは早いんじゃない?」

「でも、お母さんが」

「インターンシップに入れ込みすぎて単位を落としたら本末転倒だって、私は何度も注意したでしょ? すべて自分で招いたことじゃない。親のせいでもなければ、後藤さんのせいでもないし、インターンシップ先の社長さんのせいでもない。すべて鹿島さんが自分で選んだ結果なの。だから、人を責めてる時間があるなら、自分が本当はどうしたいのかを考えるべきだと私は思う」


 鹿島さんは、最初は睨むような目で先生を見ていたけど、だんだん涙目になっている。

「だって、だって。私もどうしたらいいか、分かんなくて」

「そうでしょうね。だから、キャリアセンターの先生も交えて、もう一度話し合いましょ」

 鹿島さんはこらえきれなくなったみたいで、真っ赤な顔でポロポロ涙をこぼしている。

「20歳かそこらで、そんなに正しい決断はできないものなのよね。自分では、それが一番正しいんだって思っていても、実は大人に利用されてるだけだったりして。それが分かってるから、みんな鹿島さんにアドバイスをしてきたの。インターンシップ先を変えたほうがいいんじゃないかって。みんな鹿島さんのことを考えてアドバイスしてたってことは、分かってもらえると嬉しいな」


 鹿島さんは泣きながら何度もうなずく。

 その横顔に窓から差し込む西日が当たって。時田先生の顔も夕焼けで染められている。

 二人の影が、床に伸びて。

 ああ、そうだ。この光景。こういう光景を私はミニチュアで描きたいんだ。

 きっと、この先、何度思い返しても、切なくなるような光景を。




 4月、私は大学4年生になった。

 5月の初め、ミニチュアハウスのコンテストの予選で上位に選ばれた作品が、ミニチュアハウスの即売会の会場に展示されることになった。

 私はドキドキしながら会場に足を踏み入れた。

 作品が並んでいるエリアに人だかりがしている。

 一番、多くの人が集まっている作品は――。


「葵ちゃん、すごい人気よ」

 私を見つけた純子さんが、大きく手招きする。

「みんな、葵ちゃんの作品の前で動けなくなっちゃうの」

 人垣の前に置いてあるのは、私の作品。

「夕暮れの図書室」だ。


 大学の図書室。センターには本を閲覧する机と椅子。大きな図鑑や百科事典が並んだ背の低い本棚が、そのまわりを囲む。その後ろには、背の高い本棚。本棚には井島さんたちが作ってくれた本がぎっしりと詰め込まれている。

 左の奥には受付のカウンター。

 机の上には開いた本やノートが置いてあったり、スマホが置いてあったり。椅子の背もたれにはカーディガンをかけて、さっきまでそこに人がいて資料を読んでいたような雰囲気を出した。

 そして、大きな窓の外に広がるのは夕焼けだ。夕焼けは庭の木を紅く染め、図書室の中も染めている。

 夕焼けに染められているところは紅く塗った。壁も床も机も本棚の本も。濃い紅色から徐々に色を変えて、部屋の奥に向かって暗くなっていく。グラデーションで光と影を演出したのだ。


「見て、床にも影ができてる」

「あそこ、本を運ぶカートがあるよ」

「机の上の本、昔の図書カードが挟んである。すげー」

 見ている人たちは、みな感想を漏らしながら、感嘆のため息をついている。

「なんか、涙出て来た」

 目をウルウルさせている人もいる。

「そうよね、なんか懐かしくて」

「学生時代を思い出すわよねえ」


 心がそっと腕に手を回した。

「すごいよ、葵」

「ねえ、ホント。葵ちゃんにしか作れない作品ね」

 純子さんも腕に手を回す。

 二人と腕を組みながら、私は胸を張っていた。

 私の光と影の作品。

 これが、私なんだ。私の作品なんだ。



「夕暮れの図書室」はコンテストで優勝した。

 それだけじゃない。大勢の人が、作品の写真をSNSで「この図書室、やばかった」「感動した。今からでも見に行ってみて!」と紹介してくれたんだ。

 それが拡散されて、ある作家さんの目に留まって。

 私の作品が、本のカバーに使われることになった。

 夢みたい。夢みたい。

 私は今、まさに夢見心地で、毎日を暮らしている。


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