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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第6章 夕暮れの家
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困った同級生

「先生、箱庭のことなんですけど」

 講義が終わった後、私は時田先生に話しかけた。

「ミニチュアを作ってる時と同じだなって。私、ミニチュアを作ってる時は、没頭できるんです。日常生活で嫌なことがあっても、切り離されるって言うか。モヤモヤしていた気持ちも、ミニチュア作りが終わった時は、薄らいでることが多いんです」

「なるほどね。それが開放感ってことなのかもしれないわね。社会とつながってるスイッチが切れて、自分だけの時間が持てる。興味深いわね」

 時田先生はうんうんとうなずいている。


「毎年、周りの目を気にしながら作る人は結構いるのよね。『ここに、こういうのを置くのは変ですか?』とか、『こういう箱庭を作ってもいいですか?』とか、私に聞いてきて。まっさらな状態で、一から自分で組み立てていくのは苦手な人が多いの。でも、後藤さんは迷いなく作ってたから、自分の中に表現したいものをしっかり持っているのかな、って見てて思った」

「そそそうですか?」

 思いがけなく評価されて、私は戸惑ってしまった。


「後藤さんはどうして心理学科を選んだの?」

「あ、えーと……人はどうしてこんなことを思うんだろうとか、どうしてこんな行動をするんだろうって感じることが多くて」

 お母さんの顔がちらりと頭をよぎった。

「その、私の母は勝手気ままに生きてるって言うか、急に会社を辞めたり、いなくなっちゃったりする人で、なんでそんな行動をとるのか、知りたいと思って。私にもすごい攻撃的だし」


「そういう事情があったのね。そういう姿勢って、すごく大事だと思う。相手を簡単に排除するんじゃなくて、決めつけるんじゃなくて、まず相手が何を考えているのか知ろうって姿勢は、カウンセリングの基本でもあるから。知ったうえで、必ず受け入れる必要はないんだけどね。『ああ、この人はこういう考えなんだ』って人間理解をしようって姿勢が大事なの」

 時田先生が思いがけず熱っぽく語りはじめたので、私はうなずきながら耳を傾けた。


「そういう考えを持てるってことは、後藤さんは芯がしっかりしているのかもね。普通は、『この人は私と同じ考えじゃない』って決めつけて、強引に自分と同じ考えに染めようとするか、徹底的に排除するかのどちらかが多いから。そういう姿勢、これからも大切にしてね」

 時田先生の言葉に、私はつま先から頭のてっぺんまで感動で震えるぐらいだった。

 私のことを強いって思ってくれる人がいるなんて。

 私なんてヘタレでブレブレで、自分の意見も言えなくて、情けないって自分では思うのに。優なんて、いつも自分の意見をハッキリ言って……。


 あ、私、優のことを排除しようとしてた? ちょっと意見されたぐらいで、「アメリカに行って分かり合えなくなっちゃった」とか、決めつけてたかも。優が普段アメリカでどんな生活送ってるのかなんて、知らないくせに。

 最近、連絡取ってなかったけど。また連絡取ってみようかな。

 箱庭療法じゃないけど、ミニチュアとカウンセリングって面白いかも。

 井島さんたちも、老人ホームの入居者さんたちも、作りながらいろんなことを話してるし。ミニチュアにはそういう効果があるのかな。



 その日は都内の中学校に実習しに行くことになっていた。

 私は先輩と鹿島さんと一緒のグループで、これから1か月間、週に一度のペースで中学校の保健室とスクールカウンセリングの現場に立ち会うことになる。

「鹿島さん、来ないね。10分前集合にしてたのに」

「連絡してみますかね」

 その時、ショートメッセージが届いた。見ると、鹿島さんから「ごめんなさい、体調が悪くて今日は休みます」というメッセージと謝罪するウサギのスタンプが届いていた。

「え、休みなんだ……そういうのって、うちらじゃなくて先生に連絡すべきなのに。先生に連絡したほうがいいって伝えたほうがいいんじゃない?」

 先輩に言われて、私は「先生には実習を休むことを伝えたほうがいいかも。お大事に」と短くメッセージを送った。鹿島さんからは間髪入れずに「了解」という猫のスタンプが送られてきた。なんか、元気っぽくない?


 なんと、鹿島さんはその後の実習もずっと参加しなかった。

 毎回、直前に「親が倒れて」とか、「親戚が亡くなって、お葬式に出ることになった」というメッセージが届く。

「これって、明らかにずる休みだよね。先生にも休むって伝えてないんじゃない?」

 先輩が呆れたように言う。

「鹿島さん、ちょっとずるいところがあるよね。気を付けたほうがいいよ」

「ハ、ハイ」

 といっても、私から鹿島さんに何が言えるような間柄でもないし。



 その日は図書館で、実習のレポートを出すための打ち合わせを先輩としていた。

「あ~、いたいた。お疲れ様あ」

 鹿島さんが私たちの横に座った。

 先輩は、「何の用?」という視線で鹿島さんを見る。

「これ、差し入れ」

 自販機から買ってきたのか、紙パック入りのオレンジジュースといちごみるくを差し出す。

「差し入れって、どういうこと?」

「だって、保健室の実習のレポート、書いてるんですよね? 私、全然参加できなくて、二人に任せっぱなしだったから」

「はあ? 何言ってるの?」

 先輩は思いっきり眉間にしわを寄せる。


「任せっぱなしも何も、鹿島さんが全然参加してないことは、先生に伝えてあるよ? だから、このレポートは私と後藤さんのレポート。あなたは関係ない」

 鹿島さんの顔がみるみる赤くなる。

「えっ、それは困る困る。この講義の単位落としたら、私、留年しちゃうかもしれないんですよ? 私だって休みたくて休んでるんじゃないのに。なんで、勝手に先生に言っちゃうんですか? ひどいですよ」

「ひどいって、実習をズル休みしときながら、出席したことにしてレポートにちゃっかり乗っかろうとするほうがひどいでしょ」

「ずる休みじゃないですよ。勝手に決めつけないでください」

「本気でやる気があるなら、今からでも自分だけ実習しにいけばいいじゃない」

「それは……」

「それに、私が先生に言う前に、先生は知ってたよ? 保健室の先生は先生と知り合いなんだから。『実習の生徒が一人来てない』って伝えてたみたいよ」

 鹿島さんはグッと言葉に詰まる。


「だって鹿島さん、『具合が悪くて休む』って日も、SNSでランチの写真上げたりしてるじゃない」

「そんなのチェックしてるんですか!?」

「いや、だって、私にフォローお願いしてきたのって、あなたじゃない。タイムラインに普通に流れて来るんだけど」

「……」

「ここで私たちに文句を言ってる暇があったら、先生に謝って来たほうがいいんじゃない? 鹿島さん、他の実習の態度も結構問題になってるって話を聞いたよ」

 鹿島さんは真っ赤な顔で、「だって、インターンシップで忙しくて、実習どころじゃないし」と抗議する。


 先輩はため息をつく。

「毎年、そういう人っているんだよね。インターンシップで働くほうがメインになっちゃって、大学に来なくなっちゃう人。それはその人の事情があるんだろうけど。でも、それだと、何のために大学に通ってるの? って話だと思うけど」

 鹿島さんは先輩を睨んだ。

「先輩はいいですよね、R社の内定が決まってるんですよね? 大手の就職が決まって余裕ですよね。先輩は親がいいところに勤めていて、コネがあるんでしょ? そういう人は努力しなくても就職できるから、ずるいですよ。私なんて、コネも何もないから、インターンシップで頑張って実績つくるしかないんだから」

「私、別に親のコネで内定とったわけじゃないから。親の仕事とは全然違う仕事だし。勝手に決めつけないでくれる?」

「でも」


「ねえ、あなたたち、静かにしてもらえませんか? ここは図書室だから。静かにできないなら、場所を移してください」

 図書室の司書さんが、腕組みをして私たちを見下ろしていた。まわりの生徒たちが、「なんだなんだ?」という目でこっちを見ている。

「すみません」

 先輩はしゅんとした。

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