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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第1章 想い出の家
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私が、私でいられる場所

「ハイ、今日はここまで」

 チャイムが鳴り、先生は教科書を閉じた。

 クラスのみんなは、一斉に立ち上がる。

「音楽室行く前に、トイレ行かない?」

「うん、行こー」

 音楽の教科書とノートと筆箱を持って、私も立ち上がる。

 ここは女子高。見渡す限り、女の子しかいない。分かっていても、入学したばかりの頃は、授業中にふと顔を上げた時に女子の背中しか目に入らないから、「うわっ、ホントに女の子だらけだ」って思ったっけ。

 うちの学校の制服は、ジャンパースカートだ。白ブラウスに襟元で赤いリボンを結んで、紺のジャケットを羽織るのが基本のファッション。校内ではジャケットを脱いで、リボンを取っちゃってる子が多い。校則はそんなに厳しくないから、スカートを短くしたり、チェックの可愛いリボンにしたり、いろんなアレンジをしてる子もチラホラいる。

 私は決められた制服を、そのまま着てるだけ。我ながら、つまんない性格だよね。


 クラスでは、いくつかのグループができている。グループで行動してなくても、二人で行動してたり。みんな、おしゃべりしながら教室から出て行く。

 私は一人。いつも一人だ。

 もともと人見知るってのもあるけど、気が付いたらグループができてて、あぶれてしまった。一人でいるのには慣れてるから、いいんだけどね。中学時代もそうだったし。でも、高校に入ったら、こんな自分を変えようって思ってたのに。

 沈んだ気持ちで廊下を歩いていると、「後藤さん、鍵当番じゃなかったっけ?」とクラスメイトが声をかけてきた。

「か、鍵、鍵当番?」

「うん。日直が備品室の鍵を持って行って開けることになってるよ」

「あっ、そか、そっか。うううん、わか、分かった。鍵、鍵を、取って来る」

「お願いね」

 クラスメイトはちょっと不思議そうな顔をして、去って行った。

 あああああ~、やってしまった!

 何気ない会話をする時でも、どもっちゃうクセ。急にどもっちゃうんだよね。大丈夫な時もあるのに。これ、めっちゃ落ち込むヤツだ……。

 ずううううんと気持ちが落ちていく。職員室に行くために踵を返すと、向かってくる人とぶつかりそうになった。

「あ、ごめ、ごめんなさ」

 それは、同じクラスの水木優さんだった。

 背が高くてシュッとしてて、ショートカットの髪がよく似合う。

 私をチラッと見ると、何事もなかったかのように、足早に追い越していった。

 彼女もいつも一人で行動している。私は一度も彼女が笑っているところを見たことがない。授業中、みんなが先生のギャグに笑ってても、一人で興味なさそうにしている。

 私と違って、自分の意思で一人でいるのを選んでいる感じ。クラスの人に話しかけられても、いつも一言でしか返さないから、話しかけづらいオーラがめっちゃ出てる。

 明らかに浮いてる。でも堂々としてる。

 うらやましい。私も、一人でも平気でいられる勇気が欲しい。



 その日の放課後は部活だ。

 美術室に行くと、みんな模型を前にしておしゃべりしていた。

「これ、何?」

 同級生に聞くと、「去年の文化祭の正門アーチの模型だって。うちの文化祭は毎年、美術部がアーチを作るんだって。これから、その話し合いみたいよ」と教えてくれた。

「へえ、そうなんだ。こういうのを作ってから、大きいのを作るんだ」

「いきなり作り始めたら、サイズがめちゃくちゃになるからね。10分の1で作ってから、10倍の大きさにして作っていくの」

 2年の先輩が教えてくれた。

 美術部は1年生5名、2年生7名、3年生6名の、少人数のクラブだ。

 みんな優しくて、のんびりした雰囲気で、居心地がいい。私の他にもおとなしい人が何人もいるから、あまり話さなくても浮いたりしない。教室にいるより、ずっと楽に呼吸ができる。

 私は中学の時も美術部だったから、迷わずここを選んだ。

 活動は平日の放課後の2時間だけ。あんまりガツガツしてないのも、いい。

 部長さんが、今まで作ったアーケードの画像を見せてくれた。

「今年の文化祭のテーマは、『飛躍』だって。来週の金曜日に一回目のアイデア出しをするから、みんな、一つずつ『こんなアーケードにしたい』っていうのを、考えて来てくれるかな。一年生もね。何でもいいよ。ラフで構わないから」


 部長さんの言葉に、「絵描きソフトでもいいですか?」と同級生が聞いた。

「うーん、これも絵を描くトレーニングになるから、手書きがいいかな」

「ハーイ、分かりましたあ」

 私は部長さんの話を聞きながら、模型に見入っていた。

 ボール紙で作ってある簡単な模型。私、これ作る係になりたいなあ。

「後藤さん、模型、好き?」

 急に部長さんが顔を覗き込んできた。

「えっ、ハイ、えーと、す、好きって言うか」

「4月にみんなで美術館に行ったでしょ? その時も、後藤さんは絵画より、ジオラマをずっと見てたから。造形が好きなのかなって」

「ハイ、ハイ、そうなんです」

「バッグについてる、あれ、もしかして、自分で作ったの?」

 学生カバンの持ち手には、幕の内弁当のミニチュアのキーホルダーをつけている。出来がよかったから嬉しくて、キーホルダーにしたんだ。

「ハイ、じ、自分でつく、作りました」

「そうなんだ! すごいね、こんな細かいの」

「卵焼きと、鮭とエビフライと……えっ、野菜の煮物まで入ってる!」

「漬物もあるよ、すごい、すごい」

 まわりのみんなが、キーホルダーを見ながらざわついた。

 どもっちゃったけど、みんな全然気にしてないみたい。ホ。


「ペンケースにもついてるでしょ?」

 みんな、何気によく見てるなあ。ペンケースにはクロワッサンサンドのキーホルダーをつけている。ハムとチーズとレタスを挟んでいるサンド。

「うわ、リアル~」

「こういうの作るの好きなんだ?」

「しゅ、趣味なんです」

「へ~、器用だねえ」

 部長さんは、「今年は絵を描くだけじゃなく、造形もやりたいよね。先生に相談してみようね」とニコニコしている。

 私は心がほわわんとなった。嬉しい。

 私は部活でも全然しゃべらない。ってか、しゃべれない。

 それでも、そんな私をハブることもなく、ムリに話させようともしないし、ゆるく受け入れてくれている。

 自分が自分のまま、ここにいてもいいってこと。

 それだけで、私は胸が熱くなるんだ。



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