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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第4章 からっぽの家
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探さないで

 今年の夏休みは忙しかった。

 井島さんにお願いされた教室をスタートしたり、老人ホームでのワークショップを毎月開くことになったり、注文のあったミニチュアハウスを作ったり。

 佐倉さんに圭さんのことを聞いても、「こっちも連絡が取れない」としか返ってこなくて。心のどこかで圭さんのことが気になっていても、何もできないまま、目の前の仕事に没頭するしかなかった。


 夏休みの終わりに、幼稚園の先生に贈るミニチュアハウスを完成させた。

 幼稚園の教室を再現したミニチュア。親御さんたちに送ってもらった画像を参考に、ピアノや黒板、カラフルな小さいイスとテーブル、部屋の隅のおもちゃで遊ぶコーナー、壁に貼ってある園児の描いた絵とかロッカーにかけてある通園バッグとか、できるだけ忠実につくった。

 自分でも、なかなかいい出来だと思った。

 けど、お客様からは「こんなに細かいところまでリアルにつくるなんて、フツーにすごいですね!」ってお礼メールが届いて、考え込んでしまった。


 フツーにすごい。フツーにすごい。

 うーん。超すごいって言いたいのかもしれないけど。うーん。フツーって使ってる時点で、すごい感動したってことではない気がする。うーん。

 教室の画像とミニチュアの画像を見直した。

 確かに、画像の通りには再現できてる。でも、それだけなんだ、きっと。画像通りに再現しただけなら、写真を撮るのと変わらないのかもしれない。

「うーんんん」

 個性がないんだろうな、私。圭さんは圭さんっぽい作品の雰囲気があるもんね。純子さんや堀さんも独自の世界観を持ってる。私は「これ」っていう個性がない。ただリアルに再現するだけじゃ、フツーにすごいだけなんだ、きっと。

 どうすれば個性を出せるんだろう。

 他の人はあんまり使わない素材を使うとか?

 でも、樹脂粘土でも独特の世界観を出してる作家さんもいるし。やっぱり自分の引き出しが足りないんだろうなあ。


 そんな風にモヤモヤ悩んでいると。

 純子さんから、「次のミニチュアハウスショーは来年の3月に開催が決まりました。今回もコンテストをやります。葵ちゃんも、よかったら参加してね」って連絡がきた。

 コンテストかあ。

 今の私のレベルで出すのはどうなんだろう。でも、コンテストに出して審査員の先生から評価してもらうのを繰り返すうちに、すんごい勢いで上達した作家さんもいるって話を聞いたし。出店できるほどの作品は作れないけど、コンテストに出すのなら、今の私でもできるかも。

「とにかく、やってみよう」

 自分で自分の背中を押すために、声に出して言ってみた。



 夏休みが終わり、9月になった。

 うちの大学は9月に前期のテストをするから、慌ててテスト勉強をして、何とかほとんどの講義で優をもらってホッとしたのもつかの間、後期の講義が始まった。

 うちの大学でも学園祭をやるけど、私は部活もサークルも入ってないから、まったく無関係だ。校舎のあちこちで準備をしているのを尻目に、私は講義に出て、帰るだけの毎日。

 誰からも何も求められないのは楽だけど。高1の文化祭の、あの熱狂を思い出すたびに胸が締めつけられる。

 もう、あのとき以上の興奮を味わえることはない気がする。

 みんな、どうしてるんだろ。明日花ちゃんたちは学園祭で盛り上がってるのかな。


 なんて思いながら、買い物をして家に帰る。平日は私が夕飯を作ることになってるんだ。

 お母さんは今日も残業かな。

 お母さんはお父さんの会社で働きはじめてから、まさに水を得た魚って感じで、イキイキしてる。残業で遅くなることも多いし、家でも仕事がらみの電話をしてることもある。

 誰かに求められてるって、大事なんだな。

 スーパーの袋をリビングのテーブルにドサリと置く。今日はサンマが安かったから、サンマを焼いて、味噌汁とカボチャの煮物でも作ろう。後、納豆でもつけたら、バランスはバッチリだよね。よきよき。

 ふと、テーブルにメモが置いてあることに気づいた。スマホで飛ばされないように押さえてある。

 そのメモには、お母さんの筆跡で走り書きしてある。

「探さないでください 理沙」

 

 探さないでくださいって。。。何を?

 何か探しちゃいけないもの、あったっけ?

 何のことを言ってるんだろ。

 しばらく意味を飲み込めず、メモをじっと見ていた。

 ふいに、それは家出をする時の常套句だと気づいた。

「……まさか」

 お母さんに連絡……って、ここにスマホがあるし。

 ん? スマホを置いて家出なんて、あり得ないよね? 

 んん? 家出をするからスマホを置いていったってこと?? んんん???


 私は混乱しながら、お母さんの部屋に様子を見に行くことにした。タンタンタンといつもの調子で階段を上がるけど、なんかフワフワして地に足がついてない感じ。

 一応、ドアをノックする。何の返答もないので、「お母さん?」と呼びかけながらドアを開けた。

 いつも通りのお母さんの部屋だ。

 学生の頃から使ってる机の上には、仕事関係の資料が山積みになってる。それ以外は、ベッドも乱れてないし、ゴミが散らかってるわけでもない。

 なんだ。何か起きたって感じじゃなさそう。よかった。

 胸をなでおろしつつクローゼットを開けると、中は空だった。

「えっ」

 私はしばらく固まる。

 クリーニングに出した服を、私がクローゼットにしまうこともある。いつも、このクローゼットにはきちんと整理されて服やバッグがしまってあった。

 それが、すべてなくなってる。スーツケースもない。

 慌ててタンスの引き出しを開けると、そこもほとんど空だ。

「えっ、えっ。ウソっ」

 どういうこと、これ。

 動悸が激しくなる。


 えーと。えーと。どうしよう。警察? 警察に電話? ううん、その前にお父さんに……お父さんに電話!

 あわてて電話をかけると、「お、葵か。悪い、今、ちょっと手が離せないんだ」といつも通りのお父さんの声が聞こえてきた。

「おと、お父さんっ、おか、お母さんが、いない、いないみたい。荷物がなくて。探さないでくださいって、てが、手紙がっ」

 私の様子で、お父さんはただならぬことが起きたと気づいたみたい。

「何、何かあったのか? 落ち着いて、最初から話してみて」

 お父さんに言われて、パニックを起こしながらも、家に帰って来てから今までのことを話した。

「スマホを置いてくなんておかしいよね? いなくなったんじゃなくて、出張とか? 」

 お父さんは電話の向こうで、「うーん、出張ではないな」と大きく息をついた。


「実は、今日、理沙に会社を辞めてもらうって伝えたばっかなんだ」

「えっ、どどどういうこと?」

「実はさ、オレ、再婚することになって」

「へ?」

 なになになに、こんなタイミングで何言ってんの? お父さん、そんな場面じゃないよ。

「その再婚相手が、うちで事務をやってもらってる子なんだよ。まあ、葵にも話そうって思いながら、言い出しづらかったんだけど、優しくて、仕事も丁寧で、明るくていい子なんだよ、ホントに」

「うん、それはいいから。今はいいから。お母さんのことは?」


「あ、ごめんごめん。それで、理沙がそれを知ってから、その子につらく当たるようになっちゃったんだよ。最初は『あなたと別れてせいせいしてるんだから、気になんてならない』って言ってたんだけど、やっぱり気になるらしくて。最初は見えないとこでつらく当たってたらしいんだけど、最近は、オレの前でもやたらとその子に突っかかるようになっちゃってさ。オレが何度も『そういうのはやめてほしい』って言っても、聞かないどころか、エスカレートしてくし。だから、辞めてもらうしかなくて」

「えええええ~、そんな話、全然知らないよ……」

「そりゃあまあ、理沙も葵には言いづらかったんだろうし。今月いっぱいで辞めて欲しいって言ったんだけど、そしたら、『こんなところ、もういたくない。こっちから辞めてやる』って、飛び出しちゃってさ。その反動で家を出たってのはあり得るかな」

 めまいがした。思わず目を閉じる。



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