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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第2章 戻れない家
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ムリムリムリ!

 新学期が始まった。

 夏休みに入るころはいろんなことがあってボロボロだったけど、今は元気。

 何でもできるような気がして、久しぶりに会ったクラスメイトに「おはよう!」と自分から声をかけてしまった。クラスメイトは驚きながら、「お、おはよう」と返してくれた。ただそれだけなんだけど、自分が変われた気がして、嬉しい。


 ミニチュアを仕事にできる。

 それだけで、私は天にも昇る心地になれる。富士山にだって、エベレストにだって登れそうな気がする(←言いすぎ)。

 老人ホームの入居者のためにミニチュアハウスを作る話は、トントン拍子に進んでいった。

 市原さんも交えてLOINでやりとりしてるんだけど、相手の古谷さんというおばさんはとてもいい人だ。

「うちのおばあちゃんはまだ元気いっぱいなので、急がなくても大丈夫ですよ」「おばあちゃんは葵さんのつくったミニチュアハウスを何度も見に行って、私の家はこんな風にしたいとか、ずっと話してます 笑」と、嬉しいことを言ってくれる。

 そのおばあさんのリクエストで、おばあさんがやっていたタバコ屋さんを作ることになった。家の一角でお店を開いてたみたい。

 たくさん写真を送ってもらった。

 昭和に建てた一軒家。外壁は色あせた茶色で、赤い字に白い文字で「たばこ」って書いてある看板が軒下に下がってる。ホーロー製の看板だって古谷さんは教えてくれた。切手も売ってたから、郵便局のマークの看板もある。店の横には赤い郵便ポスト。なんか、赤が多くてかわいいな。

 窓越しにタバコを売ってたみたい。タバコを渡す下がガラスのショーケースになってて、タバコがずらりと並んでいる。「TOBACCO」っていう看板も面白いな。タバコは英語でTOBACCOなんだ。

 部屋は細長くて、横幅は一人でいっぱいいっぱいって感じ。棚にはタバコのストックがあって、奥にはテレビもある。壁の古いポスターもいいなあ。

 ここで一日中、丸椅子に座ってタバコを売ってたんだろうな。その足元には電気ストーブ。

 お客さんが来ない間はテレビを観て、お客さんが来たらタバコを出して。のんびりした時間が流れてそう。


 やっぱり、郵便ポストも作ったほうがいいよね。タバコは、今のタバコとは種類が違うのかな? 家につながってるドアは、開け閉めできるようにしたいな。店の前の自動販売機も、作ったら喜ばれそう。

 そんなことを考えながらスケッチするのは楽しかった。

 おばあちゃんも喜んでくれて、「バイトをやめてもいいんじゃない?」と言ってくれた。

 確かに、勉強も部活もあるし、バイトまでしてたらミニチュアを作る時間がなくなってしまう。店長さんに相談して、9月いっぱいで辞めることにした。

 年内をめどに作り上げよう。そんな風に、自分なりに締め切りもつくる。

 何となくプロっぽくて、自分がちょっと誇らしくなったりして。



 その日は、10月中旬の文化祭に向けて、クラスの出し物を決める話し合いが行われた。

「模擬店はどう?」

「他のクラスも出すんじゃない?」

「うちのクラスならではの出し物、あるかなあ」

 みんなでワイワイ話し合っているのを横目に、私はミニチュアのことで頭がいっぱいだった。

 ペンケースにつけたミニチュアのクロワッサンサンドをいじりながら、「古谷さんはお弁当のミニチュアに驚いてたから、ミニチュアフードもどこかに置こうかな」なんて考えていた時。


「これ、何?」

 ふいに頭上で声がして、見上げると児玉奈緒さんが私の手元をじっと見つめていた。

 児玉さんは学級委員長で、ハキハキしていて明るく、先生からも好かれている人だ。ハッキリ言って、美人。私がないものをすべて持っている感じ。

 手入れの行き届いたセミロングの髪は、毛先がクルンと内側にカールしている。爪には淡いマニキュアを塗って、制服のスカート丈は短めにして、すらりとした足を出している。ワイシャツのボタンはいつも2つぐらい開けて、リボンをゆるく結んでて。そんな姿がカッコいいなって、同性の私でも思う。

 原宿を歩いていたらスカウトされたとか、中学時代は学年一のイケメンとつきあっていたとか、いろんな噂話が私のところにまで伝わって来る。


「えっ、これ、ミニ、ミニチュア。ククククロワッサンサンド」

 ふわあああ~。こここんなに間近で児玉さんを見たのも、しゃべったのも初めて。心の準備がああ。

「ふうん。もしかして、後藤さんが作ったの? 美術部だよね、確か」

 私は、児玉さんが自分の名前を憶えていることにも、美術部に入っているのを知っていることにも、驚いた。

 なぜなぜなぜ。なぜ、児玉さんが私のことなんか。

「うううん、そう、そう。私が作ったの」

「へええ~、すごーい。見せてもらっていい?」

「どどうぞ」

 ペンケースを差し出すと、

「うわあ、ハムとチーズが挟まってる。細かすぎ~」

 と、目を丸くしている。

「ねえ、こういうの、いいんじゃない?」

 児玉さんはクラス中に響き渡る声で言った。

「ミニチュア。こういうのを作って、売るのはどう?」

 児玉さんの一声で、クラスのみんなが「何、何?」「どんなの?」と私の席に集まってきた。

 ひえええ~、何何、何が起きてるの~!?


「やっば。これ、ちょ~かわいい~」

「えっ、これって作れるもんなの? どうやって作るの?」

「あ、あ、えーと、じゅ、樹脂粘土で」

「樹脂粘土? 普通の粘土と違うの?」

「う、うん、うん、普通の粘土よりだん、弾力があって、絵の具で色をつけられるの」

「へえー、そんな粘土あるんだあ」

「このカバンについてるのもそう?」

「うん、そそそう」

「えっ、これ、お弁当? かわい~」

「エビフライと卵焼きと……えっ、ご飯にふりかけもかかってるの? ヤバすぎぃ」

「他には? 何か持ってないの?」

「あ~、えーと、スマホにつけてる焼きそばと……後、画像なら」


 スマホの画像を順番に観ながら、「後藤さん、何気にヤバいよ」「天才じゃね?」とみんな感心している。

 たぶん、今、私至上最高に顔が真っ赤っ赤だ。変な汗もいっぱいかいてるよううう。

「これ、私たちでも作れる?」

 児玉さんに聞かれて、「う、うん、私もすぐに作れたし」と勢いでうなずいた。

「いいじゃん。ミニチュアをアクセサリーとかキーホルダーにして売ろうよ」

「え~、楽しそう~」

「この家も、後藤さんが作ったの?」

「う、うん、うん」

「はああ~、器用すぎ~」

「こういう家も作りたいよね」

「家を作って展示して、グッズを売る感じ?」

 みんなで盛り上がって、話はどんどん進んでいった。

「それじゃ、うちのクラスはミニチュアの家を作るのと、グッズを作って売るのとでいいですかあ?」

 児玉さんが黒板にキレイな字で「◎ミニチュアの家の展示 ◎ミニチュアグッズの販売」と書くと、全員が「はーい」「賛成でーす」と同意した。


「じゃあ、後藤さんがみんなに指導するってことでいいかな」

 児玉さんの一言に、私は「えっ」と固まった。

「そそそんな、わた、わた、私なんか」

「だって、ミニチュアを作れるのは後藤さんしかいないんだから、後藤さんから教わるしかないでしょ」

 ムリムリムリムリムリムリムリムリ。人に教えるなんて、できないっっっ。

「あ、いや、えっと」

「さすがに、後藤さんが全員に教えるのはムリなんじゃない?」

「え、えっと」

「そうだよね。グループをつくって、そこの代表に教えるとか」

「う、ううん、わた、私」

「代表が、同じグループの人に教えるってこと? それならいいかも」

 ううんううんううん、人数の問題じゃないからっ。教える相手が一人でも、私にはムリだからっっっ。

 断りたくても、言葉が出てこない。どうしよう。どうしよう。

「それじゃあ、全体のリーダーは後藤さんで、グループのリーダーが後藤さんに教わりながら、後藤さんのサポートをするってことで。いいですか?」

「異議なーし」

「そ、そ、そん」

 そんなああ。異議、大ありなんですけど……。

 って反論もできず、秒で私がリーダーに決まってしまった。今、イヤ~な汗をいっぱいかいてる。

「大丈夫、私もサポートするから」

 児玉さんは優しくフォローするけど、私は絶望的な気分になっていた。


 どどどうしよう。依頼されたミニチュアハウスも作らなきゃいけないのに、みんなに教えなきゃいけないの? ムリだよムリだよ。プロでもないんだから、教えられないよおおお。

 私は本気で、ミニチュアをいじっていた自分を呪った。ううん。ペンケースやカバンにミニチュアをつけていた自分が憎い。4月に時間を戻して、全力であの時の私を止めたいぐらい。


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