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愛なんか、知らない。  作者: 凪
第1章 想い出の家
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さよなら、想い出の家

 あれ。

 私はおばあちゃんに渡されたハンカチで顔を拭いながら、部下の人たちの変化に気づいた。

 みんな、お母さんを睨んでる。嫌悪感のこもった瞳で。

 お母さん、慕われてると思ったけど、もしかして、その逆?

「ね、ねえ、みんな、やめてよ。こんな場でそんなことを言うのは」

「だって、普段は僕たちの意見なんて、全然聞こうとしないじゃないですか。今言うしかないでしょ」


 部長さんは「なんてこった」とばかりに目をつぶった。

「つまり、時間外労働を平気でしてたってことか」

「え、でも、残業代を請求してるわけじゃないし、会社には迷惑はかけて」

「かけてるよ。思いっきり迷惑をかけてる。就業時間内に仕事を終えるように会社は指導してるのに、それを無視してるってことじゃないか。役職についているのにも関わらず、君は自分がしてることの意味が分かってないのか?」

「指導を無視してるってわけじゃ」

「それに、部下からもホントは信頼されてない。君がパワハラをしていなかったのか、これから社内で調査することになるな」

「そっ、そんな、部長っ」

「あの、搭乗が始まったみたいです」

 部下の一人がおずおずと伝えると、みんな我に返った顔になった。


 お母さんはすかさず、搭乗口に早足で向かった。

「ちょっと、後藤さん!」

 呼ばれてもお母さんは振り返りもせず、最後の挨拶もせず、搭乗口に消えていった。

 その場に残された人たちは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 部長さんは、その後も何度も私たちに謝った。

「ぶっちゃけ、課長が海外に行くのを喜んでる人が多いんですよ。これで叱られなくて済むって涙ぐんでる新人もいましたよ」

 志村さんの言葉に、「なんで、今まで相談してくれなかったんだよ」と部長さんは脱力した様子だ。

「だって、課長は上の人たちからは好かれてるから。上に取り入るのはうまいし、女性初の店長だ、地区長だって、今までずっともてはやされてきたし。僕らの意見なんて信じてもらえないだろうってみんな思ってたんですよ」

 そこにいた一同が深くうなづく。


「ありがとう。あなたが勇気を出して課長に意見してくれたおかげで、僕も言いたいことを言えました」

 志村さんは私に優しく微笑みかけてくれた。

 でも、私は「そんな……」と首を振るだけで精いっぱいだ。

「ごめんなさい、家庭の事情を知らないのに、娘さんすごすぎるとか言っちゃって」と謝ってくれた人もいた。みんな、たぶん、いい人たちだ。

「とにかく、これから社内で後藤さんの処遇について話し合います。結果はご報告するようにします」

 部長さんはおばあちゃんの連絡先を聞いて、頭を下げながら、みんなで去って行った。


 結局。

 お母さんの居場所って、会社にはなかったってことなのかな。

 それって悲しい。悲しいよね。あんなに一生懸命、働いてたのに。

 家族よりも、仕事を大事にしてたのにね。

 私たち家族って、何なんだろうね。

 止まりかけていた涙が、また後から後から湧いてくる。


 ごめんね。お母さんの期待通りに育たなくて、ごめんね。何もできない娘で、ごめんね。私がもっと、ちゃんとしてたら、こんなことにはならなかったのかな。

「いいのよ、いいの。泣きたいだけ泣いていいの」

 おばあちゃんは、優しく背中をなでてくれた。その手のやわらかい感触に、また泣けてきた。



「それじゃ、私はタクシーで待ってるから」

 空港から帰宅したその足で、おばあちゃんの家に行くことになっている。

 私だけタクシーから降りて、鍵を開けて家に入った。

 がらんとして、誰もいない家。

 リビングに入ると、真っ暗な部屋に、カーテンの隙間から光が射しこんでいた。

 お父さんは起業の準備とか何とかで、これからもあまり家にいないって言ってた。

 この家。

 小学6年生の時に引っ越して来て、まだ4年しか住んでない。

 初めて自分の部屋を持てた時は、すごく嬉しかったっけ。

 

 おばあちゃんの家に持って行く荷物は、ソファの周辺に置いてあった。そこに、差し込んだ光が当たっている。

 それが、この家とはお別れだって示してるようで。

 胸が、苦しくなる。

 ミニチュアは作りかけの作品と道具を持って行くことにした。今まで作った作品をすべてここから運び出してしまったら、もう二度と戻って来られなくなる気がして。

 私はリビングとダイニングキッチンをぐるりと見渡した。

 次はいつここに帰って来られるか、分からない。


 この家は、私の居場所じゃなかったんだな。

 また、じわっと涙がにじんだ。

 越してきて、1年ぐらいは仲良く暮らしていた記憶がある。お母さんもお父さんも、そのころは家にいる時間が結構あった。みんなで休みの日に遊びに行った記憶もある。3人で、ここですきやきや鉄板焼きを食べた想い出もある。

 それなのに。なんで、バラバラになっちゃったんだろう。

 気が付いたら、一緒にいる時間がほとんどなくなって、会話もなくなって。夜中にお母さんとお父さんのケンカする声をよく聞くようになった。

 いつ、壊れちゃったんだろう?

 涙が絨毯にポタポタと落ち、にじんで広がっていく。


 私が欲しいのは、いつだって、たった一つだけ。

 私は、自分の居場所が欲しいんだ。

 たった一つ、居場所があればいい。ずっと、そこにいていいんだって。自分らしくしていいんだって。ありのままの私を受け入れてくれる場所が、一つでもあってくれればいいって、それだけを願ってた。 

 それさえあれば、他には何にもいらないのに。

 それなのに。

 いつから、私はこの家にいるのが息苦しくなったんだろ。

 ここは、私の居場所じゃなかった。私の、居場所じゃ、なかった。


 壁の時計がやけに大きく時を刻む。それが余計に、自分は一人ぼっちだと突きつけているようで。

 神様。

 いつか、私は誰かに愛してもらえますか?

 私の本当の居場所は、どこかにありますか?

 辛い思いをするのは今だけだよって、もうこれ以上、辛い思いをすることはないよって、どうか、言ってください。神様。


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