2.罰として婚約!?
メイは眠れないまま2日間を過ごすこととなった。
(まさか、アーサー様にまで怒らてしまうなんて……家族にまで迷惑が掛かったらどうしましょう……)
自分のしでかしたことの重大さを改めて反芻し、メイは泣きそうになる。
目にびっしりとクマを浮かべたまま、メイは父と馬車に揺られていた。
父はあれ以来、メイを無視して口を聞いてくれない。
彼が怒るのだって当然だ。
もしメイが処罰を受けるのならば、家名に傷がついてしまう。
それでも、父は一緒に謝罪にきてくれるのだ。
優しい父だと思う。
(私は恵まれていますね……。それなのに、心が沈んで行くのはなぜなのでしょう)
「王、アグラヴェイン卿、大変申し訳ございませんでした!!!」
王宮の謁見の間に着くなり、父はアーサーにひれ伏した。
メイはドレスの裾を引っ張られ、よろめきながらもどうにか耐え抜いて王にひれ伏す。
玉座に腰掛ける青年・アーサー王は、絹糸のような金髪に宝石のような碧眼の、伝承の中のエルフ族とも見紛うような美しい顔つきをしている。
そして、その隣には黒衣の美丈夫ーーアグラヴェイン卿が控えていた。
卿は、作り物のような顔でメイを見ている。
相変わらず、独特の迫力の持ち主だ。
だがーー
(どうして憐れむような目でこちらを見ているのでしょうか)
なぜだかアグラヴェインの瞳に同情の色が浮かんでいた。
これからメイの身に起きることを案じてくれているのだろうか。
(アグラヴェイン卿は、噂のような怖い人ではないのかもしれません……)
「申し訳ありません、王よ。この娘は子供の頃から悪魔憑きかの如く野蛮で、粗暴でして。こんな娘でも教育を施せば奉公ぐらいはできるかと思い、王宮に遣ったのですが……全て間違っておりました。」
父は言葉を尽くし、彼なりにメイを擁護してくれている。
言葉に異論はなかった。これらは幼い頃に散々言われてきた本当の事だ。
にも関わらず、王の顔つきは険しい。これは相当怒っているに違いない。
「やはり、悪魔憑きだったのでしょう。大変申し訳ございません、王よ。彼女はすぐに勘当を言い渡します。ですので、これより彼女と私ども一族は無関係でございます。どうか、私ども我が家だけは。我が家だけはお許しくださいませ」
「そこまでにしろ」
王の言葉はまるで氷のようだった。
美しい顔を一切歪めずに父を突き刺すような視線で睨み付ける。
(これは……もうダメかもしれません)
メイの極刑は免れぬものとして、父の爵位を剥奪される可能性すら見えてきた。
アーサー王はとても良い政治をすると評判だが、人を裁く際、驚くほど冷徹と聞く。
メイと父は震え上がった。
喉はカラカラと渇いて張り付いてしまっているようだったが、必死に声を引き絞る。
「お願いします。私の家族……だった方々だけは、どうか、どうか何もしないでください……!」
本当の事を言えば、メイだって極刑は嫌だ。死ぬのはとても怖い。
それでも、家族に迷惑を掛けるのはもっと嫌だったのだ。
「よくも私の機嫌をここまで損ねてくれたな」
王の鋭い声が頭の上に降ってくる。
「はい、す、すみません……いえ、申し訳ございません」
メイは恐る恐る顔を上げ、王の表情を見た。
しかし、彼はこちらではなく――父に視線を向けている。いや、突き刺していると言った方が妥当かもしれない。
「ひっ!」
メイの隣で父は情けない声を上げていた。
アーサー王は形の良い眉をつり上げ、声を張り上げる。
「私の側近の婚約者に、何て事を言ってくれるのだ」
王の言葉に、しんと辺りが静まり返った。
メイも、父も、アグラヴェイン卿までもが口を開けて王の顔を見つめている。
「ここ、こ、婚約者!!?」
メイはついつい大声で叫んでしまった。
「そうだ。これは私が独断で決めたこと。メアリー・アシュクロフト。お前を本日付けでこのアグラヴェインの婚約者とする」
王は確かにそう言った。確かにそう言った。聞き返したら失礼にあたるのは想像に易い。
だが、それでも。
「え、えぇ……」
メイは困惑することしかできない。
「不服か? メアリー」
王は不敵に微笑む。だが、怖いとは思わなかった。
まるでいたずらが成功した子供のような印象を抱いたからだ。
「王、お言葉ですが……」
言葉に詰まったメイに対し、異を唱えようとしたのはアグラヴェイン卿であった。
どうやら彼自身もアーサー王の決めた結婚について聞かされていなかったようだ。
冷徹という世間の印象とは少し違った、困ったような顔をして王とメイを代わる代わる見ている。
「良かったではないか、アグラヴェイン。この娘は卿に相応しい。きっと素晴らしい夫婦になるに違いない」
アグラヴェイン卿とメイに対して祝福の笑顔を浮かべる王。貴族の女性が見れば卒倒するような美しさではある。あるのだが……
(なんて強引な方なのでしょうか)
メイは呆れを通り越して口をあんぐりと開けてしまった。
「王よ! しし、失礼を承知で進言致します」
「なんだ」
父は額に汗を垂らし、水平にした手の平同士をすりあわせながら笑みを浮かべて言う。
「このメイはとても粗野な娘でして、我が家にはとても優秀な娘がもう一人おるのですが……」
「黙れ」
ピシャリと。稲妻のように王は言い放つ。
「私はメアリーこそアグラヴェイン卿に相応しいと言っているのだ。それに、貴殿とメアリーは縁を切ったのだ。もう無関係であろう」
「勘当なんて冗談に決まっているではないですか~」
父は笑顔の中に焦りを滲ませていた。揉手の速度も上がっている。
「だとしたら、気に食わない冗談だな」
彼の汗の量が更に増えた。
どうやら勘当は父の冗談だったらしい。メイはほっと胸をなで下ろした。
「ほ、本当にこの愚娘を娶らせる気ですか?」
「しつこいぞ」
「は、はい!」
王に睨まれ、父は小太りな体をかわいそうな程に縮こまらせていた。
「メアリーよ。3日後の昼にアグラヴェイン卿の屋敷を訪ねるように。良いな」
「は、はい……」
今度はメイが縮こまる番だった。
ふと、アグラヴェイン卿と目が合う。
卿は、まるで同情をでもするかのような表情でメイを見下ろしていた。
形の良い眉をハの字にし、切れ長な目を細めている。王の御前だから控えてい流のだろうが、いつ特大のため息を漏らしてもおかしくない。
(わかりますよ、卿。王様、すっごく強引ですもんね!)
メイは力強く頷くことによって返事をしたのだった。
これが、未来の王国きってのおしどり夫婦の本当の馴れそめであった。