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1.野蛮な娘と『死神宰相』

お父様、お母様、そして愛する妹よ。

出来の悪い娘に生まれてしまい大変申し訳ありません。



メイの頭の中で、幼い頃から今に至るまでの記憶がぐるぐると巡る。

そういった現象を世では「走馬灯」と呼ぶのを聞いたことがあった。


それも無理もないことだろう。

貧乏貴族である彼女は、メイドとして王のアーサーと円卓の騎士たちによる「円卓会議」で給仕を行っていた。


王宮に仕えはじめ、最初の大仕事だからと張り切ったメイであった。

だが、彼女はそもそもがうっかり者である。

張り切れば張り切るほど。緊張すればするほど。「うっかり」を引き寄せてしまう性質があった。


円卓会議が始まり、メイは緊張で固まりつつも、どうにかやりきった。

しかし、その油断がいけなかったのかもしれない。

会議が終わるなり、円卓の騎士たちはそのまま葡萄酒を楽しむ宴を始めたのだ。

ベテランのメイドたちならいざしらず。メイにとってはこの円卓会議が初仕事である。

メイは大いにパニックになった。

そんな彼女が「うっかり」し、トレイの上の葡萄酒をこぼしてしまうのは、時間の問題であった。


そのこぼれた葡萄酒が、たまたまアグラヴェイン卿の外套に飛んだのが今し方の出来事というわけだ。


葡萄酒をこぼした相手が、悪名だかき「死神宰相」こと、アグラヴェイン卿であったことは、メイにとって最悪の出来事だったといえよう。


こぼした葡萄酒によって、アグラヴェイン卿の黒い外套がぬらぬらと妖しく光る。


卿の容姿は、円卓の騎士の中ではいささか異質に見えた。

病的なほどに青白い肌、鋭い切れ長の目に鳶色の瞳。濡れ羽色の長い髪はシニヨンにして首筋のあたりでまとめている。そして、髪の色と同じような漆黒の外套と、これまた揃いの色のローブに身を包んでいる。

貴族たちの間で彼への悪い噂が絶えないのは、彼の異様さも手伝っている。

王宮で仕えて間もないメイですら、彼を指して「まるで死神のようだ」といった陰口を聞いたのは、一度や二度ではない。


「あの……申し訳ありません。本当にごめんなさい……!」

メイは必死になってぺこぺこと頭を下げる。

アグラヴェイン卿といえば、こちらをじっと見つめると、何か小さく口を動かしたと思えば、すぐに目を逸らし、まるで最初から何事もなかったかのように食事を再開していた。

(え……?)

口の動きを頭の中で反芻するたびに、パニックが治まるのを感じていく。

それと同時に、メイは呑気にも「とある感想」を抱いていた。

(アグラヴェイン卿はカラスのようです)

そういえば、とメイは思い出す。

突拍子もない思考は変わり者たるメイの最も得意とすることであった。

(カラスを追いかけたこともありました……)

そうして彼女は再び走馬灯モードへと戻っていく。

家族たちからも「野蛮」と蔑まれるメイは、幼い頃から大変な変わり者だった。

カラスに興味を持ったがために、追いかけ回したあげく、ドレスを脱ぎ捨て下着姿で野山を駆けまわったこともあった。もちろん、泥だらけで帰ってきたメイに、父は特大のカミナリを落としたのだった。

(あの時はお父様もお母様もすごく怒ってました……捨てられなくて良かったです。……でも……)

あの頃のメイの目には、追いかけていたカラスがこの世のものとは思えないほど美しいもののように見えていた。

(アグラヴェイン卿は、カラスのように綺麗です……)


その後のことはまるで絵画を眺めているような心地でいた。

あまりにも現実感がなかったのだ。


まず、メイド長に怒られた。とても怒られた。

次に、父に怒られた。とても怒られた。

更に、母に怒られた。

最後に、妹に怒られた。

とにかくメイは怒られた。とても怒られた。

そして、彼らは口を揃えてこう言った。

「アグラヴェイン卿だけは怒らせるな」と。


これだけ周りの者がメイを怒るということは、アグラヴェイン卿は相当怒っているのかもしれない。

だが、メイは不思議だった。

(だって、あの時、卿は……)

葡萄酒をこぼした際に目が合ったあの時。

アグラヴェイン卿は確かに小さな声でこう言ったのだ。

「どうか気に病まないでください」

と。

(でも、卿のお気持ちが変わられたのかもしれません)



事件が起きたのは、それから一週間後のことだった。

その時、メイは野菜の皮剥きに興じていた。

彼女は今、こぢんまりとした実家の屋敷で召使の代わりに家事を行っている。

召使は長い休暇をとっていた。


(なるべく皮を出さずに剥くのです!)

そして、その皮もまとめて袋に入れてスープの出汁にするのだ。

華やかな料理を求める家族たちに対して、こんな貧乏くさいスープを提供するのは申し訳ないと思う。

貴族といえば肉料理の串焼きが一般的だ。

だが、貧乏貴族であるメイの家には毎日肉を買うお金などない。

そのため、彼女は工夫して料理を作り、できるだけ美味しいものを彼らに提供していた。


メイが調理を行うのは、彼女が王宮のメイドとして奉公に出る前。それも、だいぶ前からの話である。

貴族ではあるが、メイは家の台所に立って料理をしていた。

メイは料理をすることが好きなのだ。

貴族の女性が台所に立つのは卑しいと言う風習があるのだが、メイにとっては好きなのだから仕方がない。

家族も彼女に卑しいと眉を顰めたし、周りにも変わり者と誹られることはあったが、メイは気にせず台所に立ち続けていた。

(これから私はどうなってしまうのでしょうか……)

ずっと実家に居続けるのだろうか。

しかし、こんな野蛮な自分を娶ろうなんて奇特な人物が現れるとも思えない。

そして、先日の件で奉公に出ることも絶望的となってしまった。

メイの口からついついため息が漏れ出る。

(いけないいけない。暗くなっても仕方ないです。ポジティブにならなくちゃです!)

彼女は無理矢理笑顔を作ると、止まっていた野菜の皮むきを再開しようとナイフを滑らせた。



「なな、なな、ななななな!!!」


だが、その手も父の叫び声によって止まってしまう。


「お父様、どうされましたか?」

メイは料理を中断して父のいる広間へと駆けて行く。

父は腰を抜かしてテーブルを指さしているではないか。

テーブルには破られた封筒と手紙が投げ出されている。


封筒を摘みあげるなり、メイは心臓が飛び出そうになった。

封筒のシーリングに獅子の紋章が刻まれているではないか。

つまり、これは王であるアーサー様の手紙ということになる。

宛名を見ると、さらに度肝を抜かされた。


メアリー・アシュクロフト。

これはメイの本名である。

そう、自分の名前が書かれいるのだ。


メイは全身から汗が垂れるのを感じていた。

決して暑いからなどではない。

逆に体の芯から冷えるような心地であるはずなのに、汗と震えが止まらない。


恐る恐る手紙を手にとり、本文を読んでみる。

頭に入らない。

何度も、何度も読み返す。

やっぱり頭が入らない。

なぜなら、幻が見えるからだ。

(おかしいです! 何度読んでも「あさって王宮に来るように」と書いてあります!)

メイドをクビになった自分が王宮に呼ばれるなんて、絶対にあるはずがない。

いや、違う。可能性なら1つだけある。


処罰。

メイの頭にその単語が重くのしかかる。

きっと、アグラヴェイン卿の件が大ごととなったのだ。

王から直々に処罰が言い渡されるに違いない。

最悪の場合……

(き、極刑……! ありえます! 極刑にされてしまうのでしょうか)


「野蛮な娘め!! なんてことをしてくれたんだ!!!」

腰が抜けたままの父は怒り心頭でメイを怒鳴りつけた。

「ごめんなさい! 本当に申し訳ありません」

「よりにもよって、あのアグラヴェイン卿に粗相をするとは。ここまで育ててやった恩を仇で返しおって。こんな事なら幼いうちにお前を森に捨ててしまえば良かった」

「おっしゃる通りです。本当にごめんなさい、お父様」

「お前はどうなろうと知ったこっちゃないが、アイラの評判まで落ちたらどうするつもりだ」

そう言われ、メイはしゅんと肩を落とした。

アイラはメイの年子の妹である。現在、貴族の子供達の社交場である王立学園に通っている。ちなみにメイは学園に通うことを許されなかった。

品行方正、成績優秀、美目秀麗。これら全ての言葉は彼女のためにあった。

しっかり者であり、メイの悪い点をいつも叱ってくれる。

メイにとって、アイラは自慢の妹である。

自分などはどうなってもいいが、アイラにだけは迷惑をかけたくない。

アイラは野蛮と言われる自分と違って、ちゃんとした立派すぎるほどに魅力的な女性なのだから。

奉公先もなくなったお先真っ暗の自分と比べて、アイラの将来は約束されたといっても良いほどに輝いている。

「全く、あの死神宰相を怒らせたとなればどんな仕返しがくるかわかった物じゃない」

父は吐き捨てるように言う。

「どうせ無知なお前は知らんだろうが。あの宰相は逆らった使用人の魂を奪っているんだぞ!」

なんて奴だ。と父は体を震わせていた。

父は続ける。

「知り合いも言っていた。夜道を歩いていたら、アグラヴェインの奴と遭遇したと。目をこらしてみれば、あやつめ、血だらけになっていたそうだ。恐ろしいことに、やつは血の滴った首のない鶏を持っていたんだ!!」

彼は唾を飛ばしながら顔を青くしたり赤くしたりして忙しそうだった。


そしてその後、馬車に乗って母と妹が外出先から帰ってきた。

母にいたってはメイの手紙を読むなり目眩を覚え、寝室に運ばれていった。

妹のアイラは「お姉様……」と同情的なまなざしでメイを見やり

「決して私たち家族に迷惑を掛けぬよう。それだけはお願い致しますわ」

そう言ってすぐに自室に戻ってしまった。

家族がそう言うのも当然だ。

アグラヴェイン卿が噂通りの人間ならば、復讐の機会を狙っているに違いない。

巻き込まれたくないと思うのは仕方の無いことだ。

(泣いちゃだめ……泣くのは我慢しなきゃです……)

メイは「不出来な姉でごめんなさい」とヘラヘラと笑い、痛む心に蓋をしたのだった。

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