ぼくと似ているお兄さん(好事百景【川淵】出張版 第四i景[裏]【雪だるま】)
お姉さんのほうが、好きです。
※ ホラーが苦手なかたは、ご注意ください。
どうして、そんなことを思っちゃったのかな。
どこが、そんなポイントだったんだろ?
きかないでよ。ぼくにもよくわかんないし。
だけど、大雪の翌日。
会社へ通う、自宅から駅までのとちゅうなんだろうね。ぼくを見かけたお兄さんに、雪だるまのぼくは思っちゃったんだ。
お兄さん、ぼくと似てるよね。
べつにお兄さんは、ぼくみたいなずんぐりした体型でもないし、色白でもないけど。
ぼくくらい愛想のいい丸顔なら、もっと女のコにもモテただろうに。可愛げなんてものがない、とんがった、しかめつらしちゃってさ。
なんだよ、せっかく笑顔、むけてるんだから。
こんなに似ている気がするんだし、お兄さんも笑みを返してみたら?
なおも笑みを絶やさないぼくに、別れを告げて。お兄さんは、たぶん会社に出勤すべく、駅へとむかう。
スーツのうえにコートを着込んでるんだもん。きっと会社だ——どんな会社かまでは、わかんないけどね。
田舎とはいえ、雪国ではないここらへんで、積もるほどの雪は珍しいみたい。
凍りつくまえに、そこそこの交通量がある時間帯をむかえたため。車はもちろん、電車もいくらかの遅れはあるものの、きちんと動いてるんだろう。
木曜日の朝。
お兄さんは、積もった雪のなか。駅への道のりに、きょうはどのくらい費やしたのかな?
トナカイの曳く、雪艝があったらいいのに。
木曜日の夜。
もう遅いけど、深夜ってほどでもない夜。
駅の自販機かどっかで、缶コーヒーを買ってきたみたい。
自宅への道のり、溶け残りの雪を踏みながら帰るお兄さん。
とちゅう、雪だるまのぼくにまた会ったけど。
おやすみとだけひとことくれて、とっとと帰っちゃった。
あしたの朝も、ぼくはまだ溶け残っているんだろうか。
はい、翌朝。
え? 早いって?
しかたないじゃん。なんせぼくは雪だるま。
ご飯も食べないし、お風呂もはいらない、スマホだって持ってない。
いつのまにか翌朝。そんなもんでしょ。
早朝の冷気がきのうよりはいくぶんかやわらいでるから、駅までの道も。
今朝は、いつもの時間で着くんだろうね。
そして、雪だるまのぼく。
ねえ、まだ元気でやってるよと、思いきや。
とけきってはいないものの、さすがにその輪郭が崩れだしちゃってる。
ぼくと似ているお兄さん。
春まで、がんばってなんて無茶は言わないでくれたら、せめて今夜の帰りまで、もってみせるね。
そしたら、あしたからの週末のあいだに、ぼくのことなんかすっかり忘れて。
月曜日からは、またぼくのいない駅までの道を、お兄さんは行ったり来たりできるはずだもん。
金曜日の朝。
雪だるまのぼくは、もうちょっとの存命を誓いつつ。会社へとむかうべく、駅へと歩くのであろうお兄さんを見送った。
金曜日の夜。
きのうと、ほぼおなじ時間。
あした、あさっての土日は休みだよね、きっと。
さすがに月曜日までには、すっかりとけきっているであろう雪だるまのぼくは、これきりの別れを告げるつもりで。
駅からの帰り道を歩く、お兄さんを待っていた。
ぼくと似ているお兄さん。
だけど、ぼくとはちがう、とんがった、しかめつらのお兄さん。
これきりの別れになるであろうというのに。ぼくはどこか、お兄さんに会うことに、すこしうきうきしたきもちでいたのかもしれない。
だから、いっそう。
とけかけたぼくをその目にしたときの、お兄さんの悲しげな顔は。
きっとたぶんと、覚悟をしていたよりもずっと。ずっと悲しそうに見えたのだった。
ぼくの愛想のいい丸顔の、輪郭がくずれてしまっている。
ひどい顔だ。
むしろいまのほうが、お兄さんにそっくりなんじゃあなんて、笑えない皮肉まで浮かんでくる。
お兄さんは、うろたえていた。
予想以上にうろたえている、自分自身にも、お兄さんはうろたえていた。
だめだ!
ぼくは、このままとけてしまってはいけない!
どこからか、そんな考えがやってきて。
ぼくはもう、それ以外に従うことができなくなってしまっていた。
だけど、ぼくは雪だるま。
手足もないぼくには、とけてしまう運命に、さからうことなんてできっこない。
そしたら、お兄さんは。
どこかへ行っちゃったかと思うと、幌つき軽トラに乗って帰ってきて。
崩れてしまいそうな雪だるまのぼくを、かかえこむようにして、慎重に荷台に載せた。
むかうさきは、どこなんだろう?
とにかく。
ぼくはこのまま、とけるわけにはいかない!
ただその一心のぼくに、負荷をかけないよう。安全運転をこころがけてくれつつも、急ぎながら。
お兄さんは、軽トラを走らせた。
月曜日の朝。ぼくが運びこまれた倉庫——ひんやりしてるから、たぶん冷凍倉庫だ。扉の鍵と、扉じたいがあけられる音がした。
そうだ、三日前の金曜日の夜。
崩れかけた雪だるまのぼくを、お兄さんは冷凍倉庫のなかへはこびこむと。はいってすぐにあったスペースで、崩れかけた、ぼくのあたまとからだを必死で整えてくれたんだ。
ぼくの丸顔こそ、なんとかとりもどしたものの。いちど溶けてしまったものは、再凍結しても、もとどおりとはいかないよね。ぼくの顔は雪よりむしろ、氷の仮面のように固まっちゃったんだっけ。
ありがとう、お兄さんはせいいっぱいを尽くしてくれたんだよね。
いくらか不格好にはなっちゃったけど、ここならぼくはとけずにすみそう。
だから、ぼくはお兄さんにおれいをしなきゃ。
ねえ、ぼくの愛想のいい丸顔。ほんとに、うらやましかったんでしょ?
それなら、お兄さんにだったら、あげてもいい。
この丸顔がなくなっちゃったら、ぼくだって困るけど。
そもそも、ぼくじたいがとけて、まるごとなくなっちゃうのを助けてくれたのは、お兄さんだもん。
だから、この丸顔だってあげちゃおう。
でも、いくらお兄さんにだって、ただであげるわけにはいかない。
助けてくれたことを、さしひいても、もうひとくみ。ぼくのほしいものを、つけてもらわなきゃ。
ねえ、いいでしょ?
だって、お兄さんが、あんなにうらやましそうに見てた、この丸顔をあげるんだもんね。
そんなことを考えながら、ぼくはお兄さんに、倉庫のさらに奥へと運んでもらったんだ。
倉庫の扉があけられてから、ほどなく。
だれかが「それ」をみつけて。
「おい、なんか奥に雪だるまがあるぞ?」
その声に、何人かがやってくる。まあ、みつかっちゃうか。
「霜じゃない——雪だるまだ。
なんで、こんなところに?
おい、とにかくどけちまおう!」
冷凍倉庫のなかだけに、手袋までの重装備をしてる。あたまとからだにわけて、かかえてそとへ運びだしてしまおうとしたんだろう。ひとりが、雪だるまのぼくのあたまに手をかけたそのとき!
雪だるまのぼくの顔が、氷の仮面のように剥がれて落ちた。
そのしたから、のぞいたものを見て。その場にいた全員が絶句する。
そこには。
雪だるまのぼくから。お兄さんにだったらと譲った、丸顔の輪郭にふちどられて。
寒さで凍えるなか、めいっぱいにつくったお兄さんの笑顔が、はめこまれるように埋もれてたんだ。
雪だるまのぼくの、からだからも、いくつもの氷塊が剥がれ落ち。
そのなかにかくれていた、お兄さんの手脚がぽろりと出てくる。
あぁ、やっぱりお兄さんは、ぼくと似ていたんだなぁ。
ぼくと似ているお兄さん。
お兄さんの手足をもらって。
ぼくは、これからどんな素敵な毎日をおくれるようになるんだろう?
とりあえず、とけちゃう心配のない雪国にでもいこうかな。
こちらを見て、ひきつっているひとたちが、それをゆるしてくれなそうなのが残念でならない。