【勘違いの日】
また何日か経った。相変わらずマリーは綺麗だ。貧しく着飾ることもできないが本物とはこういう人のことを言うのだろう。俺に語り掛ける優しい声。俺のことを本当に愛してくれているのだということがわかる。それだけじゃない。周りの人に対する気遣いも相当なものだ。貧しさはときに人を腐らせてしまうというが、この人は本当に健気で清らかだ。
だが男を見る目はなかったようだ。何日か経つと嫌でもわかる。俺は生まれてこの方、父を見ていない。マリーはときどき俺に語り掛ける。
「あなたのお父さんはとても強くて優しい人なの。ローちゃんもお父さんみたいに強くて優しい男の人になってねぇ。」
俺はレベッカと他の人が話しているのを聞いて知っていた。俺の父はカルロという。腕っぷしは強いが飲んだくれで俺ができたことを知った途端、マリーを捨てて出て行ったらしい。まぁ、言ってしまえばろくでなしだ。そんな男のようにはならんよマリー…。
そんなことを考えていると同時に元の母さんが心配になる。結局俺は母さんを悲しませてしまった。最愛の男を3人も失った女にしてしまった。できるだけ早く迎えに行こう。
「そうだローちゃん。今日はお外行ってみよっか。」
そういうとマリーは俺を抱き上げた。
そうか外か。そういえばまだ歩くことができないから外を見たことがない。外の風景を見れば、少しはここがどこなのか検討がつくかもしれない。
マリーがドアを開けるとそこには見慣れない風景が流れていた。石畳の道に石造りの建物。行き交う人の服装はどこか古めかしい。知識はそれほどないのだが、中世ヨーロッパの雰囲気だ。マリーや他の人を見る限り、日本以外の国に転生してしまったことには気づいていた。そもそも言語が違う。だがなんだろう。これだけ賑わっているということはそれなりの町なのだろうが、行き交う人々の服装が揃いも揃って古い感じがする。マリーたちの服装が古めかしいのは、何も貧しいだけが理由ではなかったようだ。
「どうローちゃん。びっくりした?」
目を丸くしている俺を見てマリーは言った。
そりゃびっくりするよ。なんか甲冑着てる人がいるよお母さん? お祭りかなんかやってるの? 馬車だ! 馬車が走ってる! ていうかなんだかすごい勢いで近づいてないか?
「あぶない!」
誰かが叫んだ。
馬が嘶き俺たちに迫る。
「ローアル!」
マリーは俺を強く抱きしめ寸でで馬車を躱す。体勢を崩すマリー。
石畳に叩きつけられる! 俺はそう思い、強く目を閉じた。その瞬間、例の光が俺の中に収束するのを感じる。収束した光は空気の塊へと姿を変え流れ出す。
俺たちはふわりと緩やかに石畳に着地したのだった。