マジシャンAのトランプタワー
ある男Aがテーブルの前でぼうっとグラスを持ちながら椅子に座っていた。
その日は雲で月は隠れ、月明かりもないのにAはマンション4階にある部屋の明かりをつけなかった。
微かな街灯の光が部屋に差し込む。
ふと暗がりの中でテーブルの上にトランプが置いてあるのを見つけた。
急にトランプタワーを作りたくなった。
Aはマジシャンであった。目指した理由は子どもの頃道端でやっていた大道芸人のトランプのマジックに魅入られたからだ。最後の7段のトランプタワーをあっという間に作ったのは圧巻だった。幼いAはマジックという美しさの体現の前にすっかり虜になってしまった。その後、マジックの学校に通い、そこそこのコンテストで賞を取った。そして事務所にスカウトされ、今に至る。
「ここんとこいいことなかったし、暇潰しにはいいかな…」
グラスの中のテキーラを一気に飲み干し、トランプを箱から取り出す。
シャッフルしてみる。しっくりと手に馴染む。もう20年は使ってきたものだから当然だ。
Aは少し満足気にテーブルの上に2枚のトランプを出す。少し明るくなった。どうやら雲の合間から月が出てきたようだ。
1段目は何の造作もなく完成した。2段目に取り掛かる。Aは真剣な顔をしている。
3段目。Aの額に汗が浮かび上がる。慎重にトランプを置いていく。
4段目。土台は出来上がり、後は頂点に2枚置くだけー
「あっ」
Aは手を滑らしてトランプを出来かけのトランプタワーに落としてしまった。
カサカサッ…
微かな音を立てて崩れるタワー。月が再び雲で覆われる。
「はぁ…」
一番上のカードが表を向いていた。ジョーカーだった。カードの中の道化師がニマッと笑っている…
「お前も俺を笑うのかああ!!」
Aはテーブルを思いっきりぶん殴る。
Aの視線の先には引っ掻いた痕と酒でぐちゃぐちゃになった解雇通知書があった。
「どいつもこいつもよお!何で俺を否定するんだ!俺は…アハハ…」
酒が回り出したらしい。Aはベランダに出る。
「アハハ!アハハ!狂ってるぜ!アハハ!」
そのまま下へ真っ逆さまに落ちていった。
疲れたよ。