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幕間 過去からの呼び声

 蛍光灯が切れかかっているらしく、照明がチカチカと明滅するなか、倉田刑事は埃の積もったキャビネットの迷宮をさまよっている。

 そこは警視庁内の、倉庫として使われている部屋だが、あまり整理されていないことは明白で、棚に並ぶファイルや書類箱にはラベルすらないものも多い。

 倉田刑事は、片っ端からファイルを開いたり、箱を開けたりしては、これでもない、これも違ったと嘆息を重ねつつ、どこかに埋もれているはずの、求める資料を探しているのだった。

 事の起こりは、島本宏志が建設現場で転落死し、無理な捜査が祟ってか、江戸川譲史が倒れて病院に担ぎ込まれた、その次の日のことだ。

 江戸川刑事の容態に気を揉む倉田に、ラヴクラフトからメールが届いた。

 いわく、譲史の心配はいらない、命に別状はないし、今日にも退院できるということ。そして、その後、自分と譲史は遠方に捜査に行くので、倉田刑事には東京でやってもらい仕事があるとのことだった。

 そこまで読んで、ふと顔をあげれば、アラブ人の執事が、まさに、仕事の束を持ってやってきたところであった。

(このリストに載っている人の、今現在の状況を調べてください)

 それがラヴクラフトの指示だったが、なんとも、ふんわりした依頼だな、と倉田は思った。

 リストを繰れば、ずらりと並んだ名前は百名を下らず、なかなか骨が折れそうだった。

 それでも腐らないのが、この若手刑事の美点と言えただろう。コツコツと、その地味な仕事に取り組み始める。

 ほとんどの人々の、現住所や勤務先などは、さほど苦労もせず突き止めることができた。

 順調にリストをクリアしていくうちに、これは何のリストなんだろう、と今さらながら思い始める。

 というのも、リストには何箇所か、名前が黒塗りで消されているところがあったのだ。それはつまり、これはもともと存在する何かのリストであり、ラヴクラフトが意図的に元リストにある数名の名前を隠してから倉田に渡したということになる。

 人名はランダムに並んでいるようだが、同じ苗字の名前が続く箇所が目立ち、調べてみれば、かれらは家族なのであった。

 そんな調べを進めるうちのことである。

「えっ、捜索願いを……? あ、いえ、それで連絡したのではなくてですね。ええと、お嬢さんはいつから……?」

 リストに載っている、洲崎という家族について調べていたときだ。

 リストにあったのは両親と娘の名前だった。両親は地方在住で、娘は大学に通うため都内に下宿中だという。両親の所在を確認した際、その娘が、数日前から行方がわからなくなっていることがわかったのだ。

 大学の友人と某県に旅行に行くと言っていたそうだが、行き先は不明。暇な大学生なので、旅先が気に入って延泊したとも考えられるが、携帯電話やメールでも連絡がつかないのはやはりおかしい。一緒に行った友人も同様に行方不明である。

 これが糸口だ、と直感的に思った。

 倉田はまず、友人の名がリストにはないことを確認する。そして、当人の名前を警視庁のデータベースと、インターネット上とで検索してみた。 


  最年少の洲崎香奈ちゃん(2歳)


 そんな文言が引っ掛かった。それは古い新聞記事のようだ。

「なんだこれ……『オーシャン・オニキス号』沈没事故……?」

 それは、十九年前、某県沖を航行中のクルーズ船が座礁と見られる状況で沈没し、多数の被害者を出した参事について伝える報道だった。洲崎香奈は家族旅行でこの船に乗り合わせ、事故に遭ったが、幸運にも家族全員が助かった。生き残った人々のなかで、彼女が最年少だったと記事は書いている。

 倉田刑事のなかに、ピンとくるものがあった。

 すぐさま彼は資料の海にダイブして、明滅する蛍光灯の下で、それを探し始めたのである。

 どれくらい時間が経っただろう。

「あったぞ……」

 ついに、彼の手のなかには事故の生存者リストがある。

「やっぱりだ。これが元のリストだったんだ」

 ラヴクラフトのリストと照合してみて、倉田はおのれの推測が正しかったことを知る。興奮に顔が輝いたのもつかのま、すぐに、そのおもてが、はっと強張った。

「え――?」

 元のリストにあった、意外な名前。


  島本宏志


「島本……宏志も、同じ事故の生存者……?」

 ラヴクラフトのリストにはなかった。消されていた名前のひとつだ。

 では、ほかに消されていた名は――。

 なにか不吉な予感がしたが、紙をめくる手が逸るのを抑えることはできなかった。それを見つけたとき、彼の指は震えてさえいた。

「これって……どういう……」

 倉田刑事は、呆然と、その文字を見ていた。すなわち、


  江戸川譲史


 という名前がリストにあるのを。

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