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94.金髪の乙女 ***

 自治区・ミヤビに朝日が差す。宿を後にした玲奈とヴァレンは依頼の報酬を受け取るべく、ある場所へと足を運んだ。

 玲奈はふと呟く。

 「――ところでさ、仕事の依頼人って貨物車の人とはまた別なのよね。だって依頼人が貨物車の人だったらさ、昨日の時点で報酬を私らに渡して、それで仕事は全部終わりだったわけじゃん?」

 「ええ。今回の依頼は貨物車の運転手も受託者だったみたい。これ見れば納得するわよ。ほらここ、依頼者の名義」

 「……? どれどれ?」

玲奈はヴァレンの持つ手帳を覗き込む。その手帳に記されていたのは、恐るべき依頼主の正体。

 「……自治区・ミヤビ」

てっきり誰か個人の名が記載されているものと思い込んでいた玲奈は、ゆっくりと首を傾げる。

 「ええーと。お名前はどちらへ??」

 「いやだから、私たちが運んでたのは自治政府ご要望のお荷物だったってわけ」

 「へ……へえええ……私みたいな下っ端魔導師がそんなお仕事を……」

 「もし道中で何かあったら、実は外交上の問題になってたかもね」

 「……ナニソレ……ワロエナイ」

青ざめていく玲奈をさておき、ヴァレンは視線を斜め上空へと向ける。

 「というわけで、私たちが報酬の受け取りに向かうのは政府のお偉いさんのところ。あのでかーい建物に将軍っていう偉い人が住んでるんだけど、すぐ傍にある自警団の詰所が今回の指定場所ね」

ヴァレンの指差す先、そこには厳かな天守閣が頂を露わにしていた。神々しい佇まいは、やはり地球における東洋の文化に近しい美しさが感じられる。




 そこはとある、小さな村。地図にはしばしばエンジ村と記され続けた、辺境に位置する人里だった。

 自然豊かな村の外れには、教会と一体になった孤児院がひっそりと営まれる。

 「――ねえ神父さま。遊びましょ!」

 少女は男の服にしがみつく。男はしゃがみこむと、優しい表情で少女の高さへ顔を並べた。

 「そうだね、何をしようか?」

 「ええっとね――」

少女があたりを見渡す。積み上げられた絵本か、おもちゃの食器か。あれこれと考えているうち、少女のひとときの楽しみは奪われた。

 一人の女性が神父と慕われる男の背後へと立つ。修道士のような装いをしたその女は、どこか凜々しい声色で男へ語り掛けた。

 「神父さま。少しこちらへ」

 「ああ」

少女は離れてゆく男を見て、思わず悲しそうに俯く。それに気が付いた男は、慰めるように頭を撫でてやった。

 「すまないね。ちょっとだけ待っていてくれ」

そして男は女に連れられ、その広間を後にする。

 孤児院の広間から少し出れば、そこには小さな裏庭が広がった。年季の入った孤児院の家屋とは対照的に、そこは美しく整備されており、まさに子供たちの憩いの空間だった。 

涼しい風が吹く中、晴天の下で二人は足を止める。神父と慕われる男は周囲に子供が居ないことを確認した上で、穏やかに女へ要件を尋ねる。

 「それでカルノ。何の話だい?」

 「先程、第一天導師から通信が入りました。嗅ぎ回っていた騎士を捕え、情報を引き出したとのことです」

 「ああ、例の騎士か。駐在騎士かい?」

 「そうです。駐在騎士団は作戦騎士団が共同で我々を探っているらしく、恐らくは国選依頼の発動も近いだろう、と」

男は俯いた。何かを覚悟した表情が浮かべながら。

 「……なるほど。タイムリミットが迫っているみたいだね」

 「天使作戦が騎士へ認知されたと見て間違いなさそうです。そして恐らくは、洗脳魔法も」

 「ジェーマの一件だろう。それについ最近、王都マフィアが壊滅したらしいじゃないか。我々の殲滅が、次なる大仕事だとでも思っているんだろう」

男は続ける。

 「第四天導師が欠番のまま実行に移すつもりはなかったんだが、仕方ない。作戦騎士団が動けば、厄介な国選魔道師共も動き出す」

そのとき二人の会話には、一人の男が割り込んだ。

 「お、どしたどした? 何の話だ?」

 「やあホーブル。植木の手入れは終わったのかい?」

ホーブルという男は黒眼鏡を外し、親指を立て応答してみせる。

 「ああ、バッチリだぜ」

 「仕事が早いな。まったく見かけによらず器用な奴だ」

 「当然よ」

神父は一呼吸置くと、改まった表情を見せて口を開く。

 「……改めて話しておこう。革命の塔は真に平等な世界を構築する。その実現には、大陸の支配者が変わらねばならん」

変わらず穏やかな口調ながらも、根深く狂気的な覚悟を孕んでいた。

 そして男は宣言する。

 「時は満ちた。今ここで、解放聖戦の実行を宣言する――」

二人は不退転の決意を露わにする神父を久しく目にした。子供たちへ向けられていた優しき瞳は、もうそこに存在しない。

 固唾を飲むカルノを差し置き、男は再び口を開いた。

 「長らく準備を整えてきた。天使が導きし使徒全軍をもって、同時多発的に暴動を引き起こす。洗脳魔法を用いた天使作戦の、最終段階へと移行する」

ホーブルはただ笑みを浮かべた。それは決して邪悪なものではない。彼の信条に基づいた願いが叶うことへの、ただ純粋な喜び。

 「……とうとう始まるのか。悲しみも貧しさも無い、真に平和な世界が」

 「いいや始まるのではない、還るのだ。一つの悪しき時代が、あるべき姿へと」

神父と慕われる男は、カルノへ視線を向ける。

 「カルノ、天導師へ伝えてくれ。じきに解放聖戦を宣言する、とね」




 頭を出した天守閣を目印に歩みを進めた玲奈とヴァレンは、ようやくその城の外門へと辿り着いた。風情のある繁華街から随分と離れ、大きな屋敷が目立ち始める。王都・ギノバスの都市設計と近しいものを感じた。

 城門には、長い槍を天へ突き立てた二人の門番が佇む。その屈強さからは、玲奈には金剛力士像が連想された。

 「あのー、私たちこういう者ですが……」

玲奈は恐る恐るギルド紋章を門番に見せた。するとその門番は強面ながらも、すぐ中へと通してくれる。

 敷地内へと入れば、門番からすぐに案内役へと対応が中継された。ちらちらと辺りを見回しつつ、案内役の後ろを付いて行く。広い中庭に伸びる道からは、美しい庭園や縁側を持つ木造建築が見えた。

 日本人だからこそ感じ取れたのだろうか、玲奈は一人言を呟く。

 「ひえー。まじで(みやび)だ」

すかさずヴァレンの正論が返される。

 「何言ってるの? 私たち、昨日からずっとミヤビに居るじゃない」

 「いやーそういうことではなくて……」




 長らく歩けば、ようやくとある建物へと通された。木造の大きな平屋と、渡り廊下で繋がったやや大きな建物。腰に剣を差した男の往来も多く、付近の広場では弓の訓練をする者さえ居た。

 武士さながらの人々を横目に、二人は靴を脱いで建物へ足を踏み入れ、長く広い廊下を通り抜けた。少し薄暗くも、美しい木造の空間に圧巻されていれば、案内役の男は畳の敷かれた小さな執務室の前で足を止める。

 「……担当の者はこちらになります」

 「ああ、どうも」

案内役の男はそのまますぐに引き返してゆく。二人は執務室へと足を踏み入れた。

 「し、しつれいしまぁす」

襖の向こう側の人間に対する礼儀作法など持ち合せぬ玲奈は、少しばかりの緊張と共に襖を開いてみた。ふと視線を部屋の中に差し向ければ、そこには畳へ腰を下ろしながら無数の書類と格闘する男が一人。

 男はすぐにこちらへ気が付くと、物腰柔らかな様子で応対した。

 「ああ、魔導師のお方ですかな? どうもどうも。よくぞ参られましたぁ!」

朗らかな声の男性は立ち上がる。身にまとう和装を揺らして座卓より前に出ると、自己紹介を始めた。

 「わし……じゃなくてわたくし、ミヤビ自警団・雅鳳(がほう)組の副長を務めます、リオ=リュウゼンと申します。副長なんて肩書き持ってはいますが、見ての通り事務作業の責任者ってだけですがねぇ……ははは……」

男の訛った軽快な口調に続いて、玲奈も名乗ることにした。

 「私はレーナ=ヒミノと申します。それでこっちが……」

玲奈は手で側方へ指し示し、続けて隣のヴァレンに名乗らせるつもりだった。しかしながら、どういうわけかそこからは応答が無い。リオの方を向いたまま営業スマイルを保持していた玲奈だったが、沈黙に耐えかねとうとうヴァレンのほうに視線を移す。

 「……あの、ヴァレンちゃん――?」

 「……」

そのときのヴァレンは、ただ男の方を向いたまま時間が停止したかの如く硬直していた。少し頬を赤らめ、吸い込まれるようにその男を瞳に焼き付けるその様子は、ただ事ではないだろう。

 「あ、あのー。ヴァレンちゃーん」

玲奈でも分かってしまった。その横顔は、恋に落ちた乙女のそれだ。

No.94 革命の塔における「天使」「使徒」


革命の塔は、洗脳魔法の使い手を「天使」と呼称する。一方で「使徒」は、「天使」の洗脳魔法により傀儡と化した人間を指す。

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