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92.自治区ミヤビ ***

 泥中の狩人事件から数日後。その日の玲奈は、ヴァレンと行動を共にしていた。

 ギルド魔導師である彼女らは、車両警護任務の依頼真っ最中、のはずだった。

 「――最近やっと涼しくなってきたねぇ、ヴァレンちゃーん」

 「そうねぇ。風が心地いいわ~」

 二人は大型貨物車の上部に取り付けられた監視台で優雅に語らう。勿論、魔獣への警戒は怠ることはなくとも、そこを穏やかに流れる時間は、もはや仕事と呼べるものではないだろう。

 玲奈はまた目を瞑って穏便な風を楽しみつつ、ヴァレンへ本日の案件について尋ねる。

 「結構長丁場らしいけど、目的地まであとどれくらいかかるの?」

 「今回の目的地は大陸の隅にある自治区・ミヤビだから、そりゃーもうまだまだかかるわよ」

 「ま、マジか」

 「ええ。マジよ」




 同刻。フェイバルは騎士団から突然の召喚命令を受け、騎士団本部へと赴いていた。

玲奈が仕事で王都を離れているため、車を手配するのは一苦労だったが、それでもフェイバルは無事に定刻通りで本部前へと到着した。あとはその車両から降り、いつもの運転手へ礼を述べるだけ。にも関わらず、男は後部座席に残ったままでらしくもない焦りを露わにする。

 「……大丈夫……だよな?? まさかバレたか!? いや……でもロベリアは上手くやったと……」

心当たりは一つ。それはまさに、先日の規約違反について。彼はあろうことか、国選依頼を弟子へと横流ししたのだ。無論、その件が公にされればきっと大問題になる。

 「まさか……罷免じゃねぇよな!? 違うよな!? ……もしそうなら、俺はロベリアの前で腹を裂いて……」

運転手の男は見かねてついに声を掛ける。

 「おいおい、落ち着けよ旦那! てかもう目的地着いたんだから、早く降りてくれ!!」



 

 そしてフェイバルは、車の外へと放り出された。腹を決めると、男は重たく歩を進める。門番の騎士に国選魔導師の紋章を提示すれば、すぐに中へ通してくれた。以前の彼ならば、きっとここで紋章を忘れたことに気が付いて取りに帰るところだが、もう今は違う。玲奈の言葉通り、彼は肌身離さず紋章を身に着けているのだ。

 案内役の騎士に通されたのは出入りに慣れた第三師団の棟ではなく、中央棟であった。嫌な予感がやや現実味を増してよぎったフェイバルは、その騎士へつい質問する。

 「なあ……兄ちゃん。俺は一体どこに連れてかれんだ? だ、断頭台とかか?」

騎士はフェイバルの落ち着かない様子に困惑しながらも、端的に答えを表した。

 「……我々が向かうのは中央棟の最上階です。本日恒帝殿を召喚したのは、総督ですから」

総督とはすなわち、王国騎士団の最高権力者。予感に現実味が高まりつづけるフェイバルは黙り込んだ。

 騎士は返事の無い男を案じる。

 「……どうか、されました?」

 「……いや。何でもない。い、今までありがとう」




  玲奈とヴァレンは都外の涼しい風を浴びながら、のんびりとした時間を過ごす。その様はもはや美しいほど、フェイバルと対照的に。

 玲奈は見張り台の柵に置いた腕へ顎を乗せ、退屈そうに呟いた。

 「魔獣、出ないねえ。まあ平和で良いことなんだけど、私たちの居る意味が……」

 「まあまあ。でも結局のところ、警護依頼ってこういうものよ。レーナさんは最初の仕事がハードだったから意外に思うかもだけど、ギルド魔導師の依頼なんてほとんどはこんな感じ」

 「そ、そっか」

 ギルド魔導師・玲奈の最初の仕事。思い返せばそれは工業都市・ダストリンでの制圧作戦だった。ギルド魔導師のイロハも知らずに連れて行かれたのは、名の通りの戦場。そこの張り詰めた空気は、今でも五感に焼き付いている。

 「なんかレーナさんも、あっと言う間に立派な魔導師って感じね」

 「そう? 前にダイト君と二人で行った依頼は失敗しちゃったし。まだ全然よー」

 「じゃあ、今回が初成功の依頼ね。おめでとうレーナさん」

 「とはいえ、目的地はまだまだでしょ。それにさ、こういう依頼って車に何が積まれてるかも分からないじゃん。何か分かりもしない物をただ運ぶ仕事しても、達成感がねぇ……」

 「出発前に少しだけ荷台の中が見えたんだけど、いまいちよく分からない物ばかりだったわ。でもまあ、無理もないかも。ミヤビは王都と全然文化の違うところだし」

 「へー。そういえばミヤビといえば……」

 玲奈が思い出したのは、王都マフィア掃討作戦の一幕。彼女が行動を共にしたツィーニアの弟子・ムゾウについてだ。腰に日本刀とそっくりの剣を差した彼は、そういえばミヤビ出身であると告白していた。

 「ミヤビ……みやび……(みやび)

 「どうしたのレーナさん?」

 「いや、なんとなく分かってしまった、かも」

 (いや、ぜっっっっったい純和風の街じゃん。主人公が異世界転生したら大抵は西洋っぽい街で、物語の中盤くらいになって立ち寄るとこ。お決まりのやーつやん!!)

彼女の長年のオタク趣味はひとつの答えを導く。当然ながらヴァレンにそれが通じることはない。

 「分かったって……何が?」

 「いや。たいした事ではないのでー。へへへ」

詮索されると大変そうなので、玲奈は咄嗟に話題を変えた。

 「そういえば依頼書で見たんだけど、ミヤビってとこは自治区なんでしょ?」

 「ええ、そうね。大陸は統一されたって言われてるけど、ミヤビだけは王都の政治が干渉してないの。まあ、建前の話だけどね。あとちなみにミヤビには、駐在騎士も居ません」

 「はえー」

 「大陸戦争ではギノバス王国がミヤビに勝利した。それでもミヤビの持つ文化や伝統を保持するための交渉が行われて、その結果従属関係を保ちつつも別々の政治主体を持つようになったらしいわよ」

 「陸続きでも、それほど異なる文化が育つとは」

 「ミヤビの周りは海と森だから、いわゆる陸の孤島よ。だから陸続きでも、かなり隔絶されてるのかも。あ、そうそう。ミヤビはこの大陸で唯一、海と面してる街! だから海産物がめちゃ安い! 食べるならチャンスよ!」




 「――第三師団直属国選魔道師・フェイバル=リートハイト殿をお連れしました」

 案内役の騎士は、大きな扉の奥へと声を飛ばした。続けて振り向いたその男は、フェイバルへ合図する。

 「恒帝殿、それでは中へお進みください。私はここでお待ちしております」

 「お、お、おお、おう」

フェイバルは動揺しながら重厚な扉を開いた。

 決して初めて踏み入った場所では無いが、その扉の先は仰々しい雰囲気に包まれていた。そして進んだ先、奥に据えられた席に腰掛ける男が一人。整えられた黒い髪と口髭が特徴的なその男は、ただ真っ直ぐにこちらへと視線を照らした。

 「――よく参った、フェイバル。我が息子、と呼ぶのはもう間違いか」

男は王国騎士団総督・タクティス=リートハイト。

No.92 騎士団本部


騎士団本部はギノバスの貴族街に位置する。王国騎士団の中枢を担う施設であるのは勿論のこと、駐在騎士団の統制をも担っている。

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