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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
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91.釣り合う天秤 ***

 深夜に決行されたその作戦は、ギルド魔導師・ドニー=マファドニアスの活躍により、最小限の戦闘をもって完遂された。

 目標であったユーニ=マファドニアスは、現場検証を担当する第三騎士団により死亡が確認。重傷を負ったドニーは音の都・ウィザーデンでの数日間の療養を余儀なくされたが、フェイバルと玲奈は彼をウィザーデンに預け、第三騎士団と共に王都・ギノバスへと帰還を果たす。




 一人の馬鹿息子の挑戦は果たされた。しかしながら、フェイバルの背負った業はあまりに深い。

 「――んで。あんたはユーニ=マファドニアスの殺害をドニー君一人に任せた、と」

 フェイバル宅にて。男は今まさに、ロベリアの逆鱗に触れている最中(さなか)であった。

 「す、すんませんでした……」

 家主でありながら床に正座するフェイバルは、俯いたままで小さく呟く。玲奈は少し離れたキッチンから、そのあまりに惨めな雇い主をひっそりと目にした。

 彼女としては、茶の準備でできる限りの時間を稼ぎたい。その地獄と化した居間には、どうしても近づきたくなかった。

 ロベリアの声からは、そこはかとない圧が感じられる。

 「……私あれだけ言ったのになぁ。これは国選魔道師のあなたに任された国選依頼なのよっ、て。あんだけ言っても伝わらないかなぁ。私はあなたの為を思って言ったのになぁ。そりゃもちろん、私だってドニー君とユーニ=マファドニアスの関係は理解してた。それでも。そ・れ・で・も!!! 私は心を鬼にして釘を刺したの。これはあんたの仕事だからあんたがやれ、って。ねぇ、聞こえてるかなぁ!?!? フェイバルくーん!?!?」

 「か……返す言葉も……ございません……」

とうとう茶の準備が整ってしまった玲奈は、恐る恐るその地獄へと足を踏み入れる。それを待っていたかのごとく、瞬く間にしてロベリアの標的は変えられた。

 「そして、それを止めずに容認しちゃったレーナちゃーん? 雇い主であるフェイバカの立場が上だからってのは、言い訳にならないよー?? 君も反省しようねー??」

 「は、は、ははは、はい!」

唐突に向けられた矛先。玲奈は慌てふためき、裏返った声で返答する。

 ロベリアはひとつ溜め息をつくと、一転して真摯な声色を聞かせた。

 「……というのもね、あなたたちのこなした国選依頼の結果や内容は、第三師団(うちら)が上層部へ報告する決まりなの。もしそこで、うちの師団と提携する国選魔導師が国選依頼を別の誰かに委託しました、なんて書けば、それはそれはお終い。私もフェイバルもレーナちゃんも、ドニー君も懲罰対象。あ、あと現場の責任者だったマディーのバカタレもね」

ロベリアはようやく落ち着いてソファへと腰掛ける。

 「レーナちゃんもさ、もうどうせ聞いてるでしょ。私が騎士になった理由。そりゃもちろん、そもそもからなりたかったってのもある。でもこれは、フェイバルを国選魔導師にする為の選択でもあった。フェイバルが国選魔導師になることが彼の夢でもあり、私の夢でもあった。フェイバルはバカでアホでバカだけど、魔法の腕は一級品。だから彼こそ相応しいと思ってた。でも力ある者にも、力ある者としての義務がある。騎士と魔導師の双方が大陸の正義の執行者として命を賭けて戦場に立つとなれば、最低限の信頼関係は必須。勝手な行いは、その信頼を著しく損なう」

 「すいませんでしたぁああああ!!!!!」

ふつふつと湧き上がる罪悪感に耐えかねてか、フェイバルは床を貫かんばかりに額を叩きつけた。その迫力満点の土下座は玲奈にとって滑稽に写ったが、彼女はそのことで場を茶化すことなどできない。それはロベリアの声色が、怒りよりももっと優しい感情を孕んでいたから。

 ロベリアは茶を少しだけ口にすると、ふと立ち上がる。

 「……とにかく! 今回の依頼は急だったのもあって上も結構バタバタしてくれたから、報告書は誤魔化せた。けど、次は無いわよ! もし次こんなことしたら、私からあんたを……解任するつもりだから。言いたいことは、これだけ」

玲奈には、彼女が言いたくもないことを言っているように見えた。

 そしてロベリアは、茶に口も付けず家を後にする。フェイバルは扉が閉まる音を聞き終えるとようやく顔を上げた。滴る血が床を染める。

 「……」

玲奈はフェイバルの割れた額よりも、男とロベリアの関係を案じた。

 「だ、大丈夫なんでしょうか……?」

 「……多分」

 「なら良いんですけど……」

フェイバルは立ち上がる。そのまま頭を掻きながら窓の外を向いた。

 「あいつの話、本当だ」

 「……と言いますと?」

 「今となってはこんな自堕落に生きてるが、俺は自分で望んで国選魔導師になった」

 「そう、だったんですね」

 「国選魔道師の重さも、分かってるつもりだ。でもそれが、弟子の使命を横取りする理由にはならねぇ」

玲奈は口籠もることなく本心を返す。 

 「私も、そう思います」

 「父親を知らぬ弟子の使命と、国選魔導師の地位。同じ天秤には掛けられない」

そのときの男の顔は、らしくもなく思い詰めた様子だった。彼の背中があまりに小さく見えた玲奈は、おもむろに彼の横へ並んでみせる。そして借り物の言葉を告げた。

 「誤る事を恐れてはいけない。もし誤ったのなら、後から償えばいいのだから」

妙に自信気な玲奈に、フェイバルは違和感を覚える。

 「……なんだそれ」

 「ダイト君が、昔にお父さんから教わったことです。まあ私の解釈としてはですねー、何かに正解することよりも決断することに価値がある。失うことを恐れて何も成さない人間より、何かを失ってでも何かを成す人間であれ。それで失ったものは、取り戻したり償ったり。それで良いんです。分かりやすいでしょ?」

 「償い……ねえ」

 「まあ、そんな重たい表現じゃなくてもいいですよ、きっと。そうですね……今回の場合は和解……とか?」

 「……和解、か」

フェイバルはピンときてないようだ。それを差し置いて玲奈は考え込む。

 「ロベリアさんは、ただフェイバルさんのことを心配しているんだと思います。それはフェイバルさん自身だけじゃなくて、フェイバルさんが国選魔導師として国選依頼へ臨むにあたり、これから救うことのできる人間たちのことも。だからロベリアさんはあんなに厳しくあたったんです」

 「……」

 「和解、それはつまりフェイバルさんがロベリアさんにアピールするんです。フェイバルさんが、どれほど国選魔導師という立場を大切にしているのかを!」

玲奈は部屋の方へ振り向いた。

 「ふふふ、感謝してくださいフェイバルさん。丁度打って付けの方法がありますから!」

自信満々にそう告げた玲奈は、テーブルの方へと歩み始める。彼女が掴んだのは国選魔導師の証であるブローチだった。




 音の都・ウィザーデン。ドニーは病室で目を覚ました。どうやら戦闘直後に意識を失ったらしい。

 本来は静寂なのが病院というものであるはずだが、この街では訳が違う。窓の外から飛び込んでくる愉快な音楽が、一摘まみの遠慮も無く部屋を満たした。音の都と呼ばれる所以である。

 「……ったく、騒がしい街だな。こちとら目が見えねぇぶん、余計にやかましいんだっての」

ドニーは一人で愚痴を零してみる。するとそのとき、思わぬ声が耳へと飛び入った。心眼魔法具の破損で視力を失ったままの彼は、そこで部屋が自分一人でないことに気が付く。

 「――あたしは好きだけどな。この騒がしい感じ。やっぱ懐かしいわ」

声の主は、ドニーの母・アンヤであった。彼女はベッドの向かい側の壁にもたれかかりながら煙草を咥えている。

 鼻も効くドニーはその独特な香りに気が付いた。

 「……この匂い。おい、普通病室で煙草なんて吸うか?」

 「どうでもいいだろ」

そうは言いながらも、彼女は煙草の火を消す。彼女はそのままふと彼へと尋ねた。

 「……そんで、ユーニは死んだのか?」

 「……ああ。俺が殺した」

 「そうか」

重たい空気が漂う。ドニーはできる限りを語ることにした。

 「親父は、あんたが元気かって聞いてきたよ。それも、テメェがもうすぐ死ぬってときにだ」

 「そう。あんたのことは?」

 「……最初は息子なんて居ないとかぬかしやがった。でも最期になって、やっと息子と呼ばれたよ。ったく、つくづくバカな親父だよな。家族の為に復讐へ生きた人間が、忘れきれなかった家族を思い出してくたばってくんだからよ」

 「ふふ。昔からユーニはそういう奴さ。脱獄したってなら、うちの店に来りゃよかったのに。いくらでも匿ってやったのよ」

 「……いや、俺は嫌だけど。匿ったら、俺らまで犯罪者じゃねぇか」

 「まああんたからすりゃそうだわな。だからユーニはあたしらと決別したんだろうよ。それに――」

そのとき、ドニーはアンヤの言葉を遮るように告げた。

 「酒と煙草、少しは控えろよな」

突然の言葉にアンヤは固まる。ドニーは続けた。それが、きっと父の望むことだと思ったから。

 「あんたももう若くねぇんだからさ。少しくらい体を――」

 「あんたに気遣われるほど老いぼれてねーよ」

そして再び会話は途切れる。遠くから流れ込む音楽だけが、その部屋に鳴り続けた。

 アンヤは間が悪いのをいいことに、もたれかかった壁から背中を離す。

 「ま、あたしはあんたが生きてるの分かったし、もう王都へ帰るから。壊れたんだろ、心眼魔法具(これ)だけ置いてくぞ。そんじゃ」

彼女は振り返ることなく病室を後にした。ドニーはあえて、それを黙ったまま見届ける。




 「……ったく、クソガキなのかまともなのか、はっきりしろってんだ」

 アンヤは病院の階段を下り、ロビーへと出た。その一角のごみ箱の中には、まだ中身の詰まった一箱の煙草。ドニーの言葉は彼女に届いたが、まだ彼はそれに気付くあてもない。

No.91 ドニー=マファドニアス


ギルド・ギノバスへ所属する魔導師であり、フェイバルの一番弟子。後ろへ流した黒髪と中性的な顔立ちが特徴的だが、素行はあまりよろしくない。二五歳。泥魔法の使い手。戦闘センスは抜群であり、慣れない水魔法を実戦で成功させるほど。生まれつきの盲目であり、心眼魔法具で視力を補う。

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