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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
95/203

90.精神は魔を奮わす ***

 (……やべぇ……動ける時間は……だいぶん少なそうだ)

 全身から感じる灼熱感がドニーへ訴える。強化魔法の乗った強力な殴打により、彼の肉体は限界を間近にしていた。どこかへ飛び立っていきそうな意識を必死に繋ぎ止めていれば、いつの日かの光景が頭を(よぎ)る。走馬灯とかいうものだろうか。




 ――気付けばドニーはギルド・ギノバスの裏庭へと立っていた。聞き慣れたフェイバルの声が耳へ差し込む。

 「ギルド魔導師稼業において、格上との魔法戦闘は避けられん」

 「……そんじゃギルド魔導師ってのは、そのとき死ぬ運命なのか?」

 「ばーか。そんなんじゃねえ。そうならない為に対処法を教えんだよ」

フェイバルがこれほど形式立てて教えを示すことは珍しかった。それゆえドニーの中には印象強く残っていた。

 「まず大前提だ。とりあえず逃亡を考えろ。いいか、俺らは別にヒーローじゃねえ。所詮はギルド魔導師だ」

 「……それ、対処法っていうか?」

 「だから、前提だ。それが不可能と判断すれば迎え撃つのみ。こういう格差ある戦闘こそ慎重に、だ」

フェイバルは熱魔法・装甲(アーマー)で拳に高熱をまとわせる。

 「魔力の才能ってのは基本二つだ。一つは容量。要するに体内に蓄積できる魔力量だ。こいつが大きければ大きいほど、長期的な戦闘に対応できる。そんでもう一つが、出力量。容量を器とすれば、その器の口の広さみたいな感じだな。強力な魔法には大きな出力量が必要になるし、持ち合せる出力量を超えた魔法を使えば、肉体がダメージを受ける。こいつが魔力負荷ってやつだ」

 「それが格上相手の戦闘に関係あんの?」

 「精神の興奮による、一時的な出力量の拡張。すなわち精神超越(エキサイトアウト)。それは起死回生の一手になり得る」

それでもフェイバルはドニー期待させぬよう、続けざまに忠告する。

 「あ、だがこれを過信するなよ。好きに至れる領域じゃねーし、そもそも拡張した出力量をもってしても相手の平常時の出力量に追いつけなければ、普通に押し負けてあの世行きだ」

 「なら、それをいつ信じればいい?」

 「その敵を倒すことが、己の命よりも惜しいとき。そのときだけだ」




 (そうだった……今が……()()()()だ――!!)

 ドニーは血濡れた体に鞭打ち、死に物狂いで水路から脱出した。泥臭く這い上がるドニーの顔には、逆境を思わせない自信に満ちた笑みを浮かぶ。

 ユーニは静かに死んでくれぬその男に目を合わせ、また苦悶の表情を零し出す。

 「……やはり、そのまま死んではくれないか」

一方でドニーは、その重傷をもろともしない大声で宣言した。

 「泥中の狩人さんよぉ……次はあんたが狩られる番だぜぇ!!」

そしてドニーは体勢を立て直し、また男を目指して走り始める。恐らくは最後の好機。その覚悟だけがドニーを奮わせた。

 それでも彼は満身創痍。気勢こそ凄まじいものの、当然そこに目覚ましい変化は見受けられない。

 ユーニは歯を食いしばると、再び無数の触手をドニーへと伸ばした。爆発的に加速する触手は、衰弱しきったドニーの(とど)めを刺すに充分だった。

 「……一か八かだぜ、このやろう――!!」

 駆け抜けるドニーは胸の前で両手を交差させ構え、防御魔法陣を展開する。雄叫びを上げる彼の、その高ぶる精神に呼応するかのように、魔法陣は強い輝きを露わにした。




 玲奈は手元の懐中時計を見て声を荒げる。

 「フェイバルさん!! 二〇分経ちました!! ドニーさんのところへ……!!」

フェイバルからの応答は無い。玲奈は仲間の危機を救うべく、また大声を上げた。

 「ちょっとフェイバルさん!? 聞こえてますよね!?」

 「行かなくていい。もう大丈夫だ」

 玲奈には見えなかったが、その男は笑っていた。暗闇の遠くで一際輝く、見慣れた茶色の魔法陣。それは彼に事の顛末を確信させるのに、もう充分足りていたのだ。




 ドニーの魔法陣は一筋の傷を受けることなく、次々と触手を弾き返してゆく。精神超越(エキサイトアウト)をまとった彼の力は、今ここで泥中の狩人を超えた。

 ドニーは一瞬たりとも怯みを見せず、ただ男との接近を試みる。そこからは難なくユーニの間合いへと突入した。あえて敵の有利な状況へ入る大胆不敵な立ち回りは、自然と敵の慢心を誘う。一見無謀な戦略を実行できる精神の強さもまた、フェイバルの弟子たる強みだった。

 ユーニは反射的に、右脚の蹴りでドニーを狙う。それは論理の導いた選択とは異なる、咄嗟の攻撃だった。精神超越(エキサイトアウト)で極限に至ったドニーは、容易く皮一枚で回避する。そのまま後方へ踏み出せば、距離を取った。一度敵へ接近し、再び安全圏へと帰還する。それだけでドニーの目的は達成されていた。

 「…できたぜ」

 ユーニの脚元に突如として出現した魔法陣。それは泥魔法が持つ茶色の輝き、ではなかった。

 「水魔法……?」

 想定外の出来事から、ユーニは思わず声にする。刹那、男の足元は深い水で満たされた。精神超越(エキサイトアウト)によって強まった水は、男の泥の右腕を解きほぐしながら、深い水中へその身を誘う。

 (なんだ……冷たくとも温かい、この水は)

束の間、男にはいつかの記憶が蘇る。どれだけの闇に囚われようとも、ユーニの肉体はこの水を覚えていた。




 「――あたしの男は、自分より強い男って決めてんだ。品定めしてやんよ!」

 「――惚れた女を傷付ける趣味は無ぇが、これが一番のアピールってことなら仕方ねぇ!!」




 「――おいアンヤ!! 今日は負けねぇ。俺の相手になりやがれ!!」

 「――ええと、お前は確か……ユーニだっけか。瞬殺されといてまた来るとは、良い度胸じゃねーの」



 「――アンヤ、俺と結婚してくれ」

 「……い、いいの? 私で」

 「――聞くな。当たり前だ」

 「……う、嬉しい。もう死ぬほど、嬉しい」




 「……ダメだ。全部……全部思い出しちまった」

 そして狩人のゴーグルには、温かな水が溜まってゆく。

 「水魔法・潜伏(ダイヴ)――!!」

 遠くから聞こえる男の声が、愛した者のそれと重なった。体を水へと変換させたドニーの突進が、ユーニを命を削ってゆく。男は、それを抵抗なく受け入れた。

 為す術無い連撃に全身が硬直したとき、ドニーは男の上で腰に差したままの剣を抜く。ユーニは目の前の息子を見て呟いた。

 「……泥の魔法と水の魔法。そりゃそうだな……お前は俺とアンヤのガキだ……」

 そしてドニーの握った剣は、ユーニの心臓を貫いた。




 束の間、ドニーには魔力の限界が訪れる。彼の意に反し、体は水から元の肉体へと回帰した。次第に息の苦しさを覚えたドニーは、焦りながら水の外を目指す。

 激しく息切れしながらも、ドニーは己の体を水から引きずり出した。横になったまま夜空を見上げる。

 「……はぁ……やべぇ……溺れ死ぬ……!」

ゆっくりと呼吸を整えた。そのまましばし疲弊した体を休めようとする。しかしながら、彼の胸に何かが引っ掛かった。

 「……ダメだ。後味悪ぃ」

 息が整いかけたとき、ドニーは再び水の中へと身を投じた。

 死に物狂いで潜水すると、揺らめく血液が視界へと映り込む。そこから現れるのは、力なく沈んでゆくユーニの姿。ドニーはその男の肩へ腕を回し、もう一度水の外を目指した。




 爆音が止んだ。フェイバルはそれが決着の合図だと察すると、玲奈を連れてすぐにドニーの元へと至る。間もなくすれば、暗闇の中で電灯から微かに光を浴びたドニーを目撃した。そこで二人は咄嗟に足を止める。今はまだ介入すべきでない、二人は同時にそう思った。

 玲奈は恐る恐る尋ねる。

 「フェイバルさん……あれって」

 「ああ、まだありゃ生きてるぜ。国選魔道師なら、今すぐにとどめ刺すべきなんだが」

玲奈はその冷酷な意見に黙り込む。しかしフェイバルはすぐに言葉を付け足した。

 「まあしゃーない、あいつは所詮()()国選魔道師だ。それに今は、魔導師ですらねぇ。ただのバカ息子と、そのバカ親父だ」




 「――なんだ……俺はまだくたばってなかったか……」

 数分も経てば、ユーニは掠れた声を上げる。呼吸の落ち着いたドニーは、普段通りの飄々とした口ぶりで返答した。

 「安心しろ。もうすぐ死ぬぜ。そんで、俺の依頼は完遂だ」

そしてユーニは、ついに愛した女のことを伺った。

 「……アンヤは……元気か……?」

 「まあ。大酒飲んで、ヤニ吸ってっけど」

 「……そうか。そんなの始めたか」

しばしの沈黙が流れる。ユーニは絞り出すように口を開いた。

 「俺は……復讐に……取憑かれてた。奪われた幸せに呪われて……目の前の幸せを見失い……他人から幸せを奪った……」

ドニーは押し黙る。例え父親と言えど、懺悔に耳を貸す性分では無い。

 そのときユーニは、初めて息子の名を口にした。

 「……ドニー、か。アンヤがどういう思いで……名付けたかは知らなぇが……」

 「……」

 「ドニー。お前を愛せなかった親父を……許してくれ」

 「……そうかよ。今の今まで俺を殺そうとしてた奴が、それ言うか」

 「ああ……それは調子が良過ぎたな」

 弱々しい父の声は耐えがたい。そのうえドニーは、師匠と同じで水くさい話が苦手だった。だからこそ彼は、咄嗟ながらに同情したのかもしれない。

 「まぁこのとおり、俺もギルド魔導師やってんだ。こんな仕事してりゃ、いずれ遠くないうちにそっちへ行くだろうよ。そんときは、その、一杯くらい付き合ってやる」

 「……そうかい。息子と呑むってのも……悪くねぇ」

 「ばーか。サシ呑みはゴメンだ」

ドニーは少し声を詰まらせたが、どうにか本心を告げる。

 「……あんたの女も一緒に、だろ? その女から伝言だ。お前を愛してるだとさ」

 しかしその伝言に、ユーニの肉声が返されることは無かった。その伝言が伝わったのか否かは分からなかったが、ドニーは任務の完遂を理解する。立ち上がると、振り返らずに呟いた。

 「ったく、親父を殺したことババアに伝える身にもなってみろってんだ。それに心眼魔法具もイカれちまって。高いんだぜこれ……」

そのときドニーは一度だけ父の元へ振り返ろうとする。それはきっと最初で最後、穏やかな父を直視できる瞬間であった。

 「……まあいいか」

しかしドニーは振り返ることなく、魔法具を外し残った片方のレンズを指で押し破る。彼は自ら盲目になった。

 「……どうせ幸せそうな顔して死んでんだろ。そんなもん見たら、俺がどうにかなりそうだ」

男の光を通さない瞳から、涙が溢れる。ドニー=マファドニアスは、ユーニ=マファドニアスを討った。

No.90 主属性魔法と副属性魔法


二種以上の発現魔法を扱う魔導師の場合、その多くは主属性と副属性が区別される。主属性は術者が最も得意とする発現魔法を指し、ドニーでは泥魔法にあたる。副属性は補助的に扱う発現魔法であり、ドニーにおける水魔法である。一般的に副属性魔法は主属性魔法よりも習得度が低い。習熟度に劣る魔法は威力のみならず、魔法陣の展開について時間的・距離的な制限が大きい。

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