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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
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89.やりずらくなるだろうが ***

 ドニーはただ真っ直ぐに駆け出した。しかしユーニが操る八本の触手は、圧倒的な機動力をもってそれを阻む。触手たちはまるでそれぞれが意思を持つかの如く散開し、縦横無尽にドニーを襲った。

 それでもドニーは止まらない。彼がフェイバルに見込まれたもの、それは戦闘における天性の勘。彼は強化魔法を持たずとも、四方八方から追撃を繰り出す泥の塊を軽々と回避した。更には、この状況下で平静を保つ精神力までも持ち合せるほどの、凄まじい胆心。剛胆な男は、着々と次の一手を見据える。

 (四肢の同時拘束。やることは決まってる。泥魔法・(トラップ)で両脚を絡め取り、あわよくば両腕を頂く)

 触手の乱撃を生身のまま回避すれば、ようやくユーニとの距離が縮まり始めた。しかしそれに伴い、触手たちはより複雑怪奇な動きをもって攻撃の手数を増やす。俊敏な動きで繰り出される波状攻撃は、ドニーの回避方向を徐々に絞り始めた。

 「俺の魔法の射程には入れた。ここだ……!」

それでもドニーは身の安全が保障される極限まで距離を詰める。そしてその間合いが限界だと悟ったとき、彼は右手をユーニの脚元へと向けた。

 「泥魔法・(トラップ)――!」




 束の間、ユーニの足元は泥沼へと変化する。男の脚は底の無い泥沼に膝下まで沈み込み、ついに機動力を失った。そこからは両腕を拘束し、致命の一撃をは与える。ドニーのシナリオでは、そうなるはずだった。

 渾身の泥魔法・(トラップ)が発動するほんの僅か寸前のこと。ドニーの踏み込んだ先に忽然と現れた魔法陣は、間もなくしてそこを巨大な底無し沼へと変化させる。無情にも足を取られたドニーは、飲み込まれるようにしてゆっくりと沈み始めた。皮肉にも、父の息子の目論みは一致していたのだ。

 「くそっ!!」

ドニーは瞬く間にして半身を泥へと取り込まれる。ユーニは沈むゆくドニーを見下しながら吐き捨てた。

 「……俺が監獄(プルト)から脱獄できたのはどうしてだと思う?」

男はドニーの返答を待つこと無く話を続ける。

 「無動作魔法陣を会得した。たとえ腕に錠が付いていようと、魔法陣を展開し魔法を起動できる」

 「だからお前は……」

ここでドニーは、自身が敵の魔法に反応できなかった理由を知った。

 ドニーの体は、あっと言う間に胸あたりまで沼に沈む。起死回生を求め、男の思考は最高潮で回転した。

 (駄目だ。魔力で劣る俺じゃ、あいつの魔法で生み出された泥には干渉できない。潜伏(ダイヴ)で泥の中から脱出するのはまず無理だ。沼は広い。偶像(スケープゴート)を使うにも移動先が遠すぎる。何か……何か方法は……!?)

ただ少しずつ沈みゆく体に、有効な一手は無かった。無情にも、今のドニー許されたのは空元気。

 「いやー、魔導師なんてやってたらいつかは痛い目見るって聞いてたけどよ。まさか殺される相手が実の親父とは、とんだ不幸だったぜ」

それは分かりやすく敵の情に訴えかける策だった。しかしその敵もまた、確かに血の通った人間であり紛れもない父親。その言葉を無視することはできない。

 「……俺に息子などおらん」

 「ったく、なんの意地張りだよそれ。認めろってーの。俺の母親知ってんだろ? アンヤ。アンヤ=マファドニアスだ」

そのときユーニは突如として激昂した。

 「黙れ!! その名前を口にするな!!!」

突然の出来事にドニーは面食らう。しかしその寸前、彼の口元は確かに釣り上がった。

 「確かあんたが出会ったときは、アンヤ=シズクル。泡沫(うたかた)へ導く者」

冷酷な人柄を貫いていたはずのユーニは感情的に吠える。

 「もう忘れた!! 俺は復讐の為にそれを捨てた!!」

 「……その復讐ってのが、ババアの為だと思ってんだろ。己が軽い罪で数十年の時間を奪われたことじゃない。一流の魔導師が……いや、あんたの惚れた女が、騎士から理不尽に魔法を奪われた。国選魔導師の夢を奪われた。あんたの騎士に対する怨嗟の根源は、それなんだろ?」

ドニーのあまりに真っ直ぐな問い掛けは続く。

 「都外でババアを襲撃した騎士も、検問の騎士も。国選魔道師へ推薦した騎士さえも。誰もかもが許せなくなったんだろ? ただそれでもせめて、ババアには穏やかに生きて欲しい。だからあんたは、一人でこんなことを――」

 「黙れ!!」

ユーニ何かを噛み殺すような剣幕で檄を飛ばした。ドニーはついに口を閉ざし、敵の感情の吐露を真っ直ぐに受け止める。

 それでもユーニは頭を抱え、その感情にまた蓋をしようとした。

 「思い出したくねぇことばっか思い出させやがる。何もかも癪だ……もう楽には死なせねぇ……!!」

泥の触手が再度動き始める。それは沈みゆくドニーを引き上げると、両腕を後ろから飲み込んで拘束した。泥に沈み込んで殺すより、もっと速やかに始末を。感情の起伏が、男の選択肢に変化を及ぼす。

 ドニーは触手によってユーニの目前へと運ばれた。ユーニは左拳を固めると、それを容赦なくドニーの腹部へ放つ。強化魔法によって底上げされた威力に、ドニーの体は悲鳴を上げた。

 たった一撃で口から血が噴き出し、視界が大きく揺らぐ。ドニーは意識を繋ぐのに手一杯だった。

 ユーニは愛していたはずの息子を死へ誘うべく、殴打を続ける。それでも時折零れる感情に、偽りなど微塵も存在しない。

 「俺は全部捨てたんだ!!」

 「それなのに……」

 「それなのに……!!」

 「なんでなんだ!!!」

ユーニの拳はただひたすらにドニーを襲い続けた。そしてその激しい蹂躙が止んだとき、息の上がった彼の声は少しばかり震える。

 「なんで……拾われに来るんだよ……」

 強化魔法の連撃を生身に受けたドニーは力なく伸びる。それでも触手には無理やりに彼を吊し上げ続けた。無数の打撃により全身が血に染まり、心眼魔法具の右レンズには亀裂が走った。

 そしてユーニはようやく己の弱さを露わにする。

 「……あの牢獄から出てお前らの元に帰ろうとも、いずれは追っ手が来る。だから俺は一人を選んだ」

父親は息子から背を向けた。もういくら本心を述べても、己の過ちに取り返しはつかない。混沌とした感情から、なんとか一つの結論を下した。

 「……頼む。せめてこのまま、勝手に逝ってくれ」

触手は再び脈動し、ドニーの体を持ち上げる。そしてその触手は、ドニーを近くの大きな水路へと放り込んだ。




 ――ドニーが意識を取り戻したとき、彼はその身を水中に漂わせていた。心眼魔法具の破損により片目の視界は奪われていたが、水中に血を滲ませて沈んでゆく自分が、俯瞰するように見て取れる。

 (……少しだけ、聞こえちまった。まあそれはどうでもいい。考えるな。じゃなきゃ俺も、やりずらくなる……)

 (……まだだ。まだ、やれる。あいつを……仕留める手段は……)

ドニーは水を引き寄せるように右手を動かした。

 (やったことねぇ。確信なんて微塵も無い。でもこれ以外に、道は無ぇ)

ドニーは重い体を起こし、水の外を目指した。

No.89 魔法の力関係に係る法則


魔法同士が衝突する場合、その力関係は魔法属性と魔力の二要素によって左右される。魔法属性は専ら発現魔法同士の衝突に見受けられ、例えば水魔法が炎魔法に有効であるように、相性に伴って力関係が変動する。魔力は術者の持つ魔力の出力量を指し、より高い出力の魔法がより高い威力を持つ為、低い魔力はそれに干渉できない。またこの要素は付加魔法にも通ずる法則であり、例えば異なる術者から同種の強化魔法を付与された場合は、より高い魔力によって付与されたものが有効となる。

 なお本編にてドニーがユーニの泥沼からの脱出困難を察したのは、魔力の差から干渉不可能を理解していた為である。

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