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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥土は泡沫の愛に包まれて~
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85.再会は決戦の日に ***

 悲痛な現実を突きつけられたアンヤは、少しずつながらも平穏を取り戻しつつあった。それを見計らった治癒魔導師の老人は、彼女へユーニについての詳細を明かす。

 「彼はどうやら、いまだ騎士の詰所で足止めされているそうだ」

 「そう……ですか」

 「許可証の無い王都侵入はそこまでの罪ではないし、それなりの事情もあった。じきにここへ駆けつけて来るだろうよ。君の身を案じて」

不安の拭えないアンヤを見た老人は、彼女が何を心配しているのかすぐに理解した。

 「お子さんのことは、私から伝えようか?」

 「……いえ、大丈夫です。それは私から話します」

 「そうか。それがいいか」

 そのとき二人は、突如として慌ただしい物音に気を取られた。そのけたたましい音は、複数人分の足音で間違いない。

 そして次の瞬間、二人の居る病室の扉が乱暴に開かれる。治癒魔導師の老人は扉の方へ振り返って声を荒げる。

 「だ、誰だ!?」

 振り返ったとき、治癒魔導師の老人は驚愕を露わにする。足音の正体は、ギノバス駐在騎士団。彼らは速やかに二人を包囲すると、容赦なく魔法銃を突き立てた。一人の騎士が一歩前進すると、一枚の書類をアンヤへ見せつける。

 「――アンヤ=シズクル。いや、アンヤ=マファドニアスと言ったか。貴様に数件の罪状が出た。至急、ギノバス審判院へ連行する」

そのあまりにも急な出来事に二人は唖然とした。治癒魔導師の老人は勇ましく反抗する。

 「ま、待て! 彼女はまだ入院が必要だ! 外へは連れ出させ――」

 「ギノバス審判院は本日付でアンヤ=マファドニアスを召喚する。変更は許されない」

 「ふざけるな! それはあまりにも急であろう!」

二人の騎士はアンヤの両脇に立った。彼らは腕を掛けて彼女の上体を起こそうとするが、彼女はそれを乱暴に振り払う。身柄の拘束という簡単な任務にも関わらず、なんと彼らは魔法銃の引き金に指が掛けた。

 「……触んじゃねえ」

アンヤはそのままゆっくりと上体を起こし、ベッドから身を乗り出す。治癒魔導師の男は忠告した。

 「だ、駄目だ! 傷が開く!」

承知の上だった。それでも彼女は止まらない。

 アンヤは立ち上がると、無造作に腕を放つ。すぐさま側に立った騎士が拘束魔法具を取り出せば、彼女は両腕の自由を奪われた。数人の騎士がアンヤを挟み込むと、彼らは一斉に部屋の出口へと向かい出す。

 その病室には、患者を守れぬ悔しさに歯を噛みしめる老人だけが取り残された。そして同時に、老人は理解していた。これほどにも急がれる裁判というものが、どれだけの異常を孕んでいるのかを。




 時は現在へと戻る。街外れの細い道にて。作戦の標的・ユーニ=マファドニアスと対峙するのは、二人の騎士とドニー=マファドニアス。

 ドニーはおもむろに懐へしまっていた心眼魔法具を漁った。それを慣れた手つきで装着すれば、真っ直ぐに目の前の男を瞳へと映す。

 「……うっわー。マジで俺の生き写しみたいだ……いや、にしてはちょい老けすぎか。とにかくこりゃー俺の親父だわ」

 いつも通りの軽い口調で沈黙を打ち破った。ゴーグル越しの彼の目に映ったのは紛れもない、初めて見る父の顔。しかしその男もまた、ゴーグルで顔の大部分を覆っている。ドニーは溜め息を一つ零して口を開いた。

 「……んだよ、初めて息子に会うってのに、素顔も晒しちゃくれねえのか?」

 「あいにく俺に息子などおらん」

ドニーは自身の胸へ手を当てると、相変わらずの浮ついた口調で続ける。

 「じゃあさ、ここに居るお前とそっくりな人間は何者だ? ドッペルゲンガーってやつか?」

男の表情は崩れない。思い悩んだドニーは、一歩前へ出ると大きく息を吸った。そして次の瞬間、力一杯の声で高らかに宣言する。

 「俺の名はドニー=マファドニアス!! 職業はギルド魔導師!! 夢はただ一つ!! 国選魔導師だ!!」

また大きく息を吸う。彼の宣言は続いた。

 「好きなものは女!!! 気の強い女がタイプだ!! どうだ! あんたの女と同じだろ!?」

 ドニーはただ純粋に、ありのままを曝け出した。父親を父親であると認めさせるべく、真っ直ぐな己を言葉に乗せる。

 ユーニの顔がどこか歪んだ気がした。それがどんな感情に作用されたものかは分からない。

 「ふざけた真似を」

ユーニは苛立ちを表すように右腕を突き出す。泥で形作られた男の右手が三人の方へ向いたのも束の間、それは突如として膨張し三人の元へと襲い掛かった。

 ドニーは咄嗟に両脇の二人を後方へと弾き飛ばす。泥の触手はドニーの上半身へ巻き付くと、強く縛り上げてその自由を奪った。

 後方へ弾かれたミオンは体勢を立て直す。すぐに危機的な状況にあるドニーを案じた。

 「ド、ドニーさん!」

その鬼気迫る声色とは対照的に、ドニーはやはり軽快な声色で応じる。

 「さ、戦闘開始だ。ここからは俺に任せて貰うぜ。あそうそう、師匠に伝えといてくれ。一〇分で終わらせるから、あんたの出る幕はねぇってな」

困惑するミオンに代わって、セニオルがそれに応えた。

 「……いいだろう。健闘を祈る!」

セニオルはミオンの手を取り、彼女を立ち上がらせる。そして二人は、そのまま来た道を引き返して撤退した。それでもユーニは抜かりなく、空いた左手の魔法陣から逃亡する二人へ照準を定める。

 ドニーはそれに勘づくと、ただ不敵に笑った。

 「親子対決だっての。あのお二方は部外者だーぜ?」

ドニーは自身の肉体を泥へと変化させると、ユーニの触手から滑り落ちるように脱出した。すかさずユーニへ接近すれば、男の左手の魔法陣へ強烈な蹴りを叩き込む。

 ユーニは妨害を受けて魔法陣を解除すると、そのまま左手でドニーを薙ぎ払った。彼は軽やかにそれを回避し後退する。

 ユーニはひっそりと呟く。それは小さな囁きでありながらも、猛烈な殺気を帯びた。

 「……癇に障る男だ」




 作戦本部として機能するウィザーデン駐在騎士団詰所にて。セニオルからの接敵を知らせる通信は、本部に残る通信班へ速やかに伝達された。マディの指揮のもと、数十人もの騎士が夜の街へと飛び出す。

 「総員展開!! 防衛対象は戦闘地帯周辺の民間人及び建造物だ!! 予防線とはいえ、気を抜くな!!」




 玲奈があらかじめ受け取っていた通信魔法具にも、その連絡は伝えられた。魔法具越しとはいえ、セニオルの迫力ある肉声は玲奈にも緊張感を走らせる。

 彼女はそれをフェイバルに伝達した。

 「とうとう始まりました。タイムリミットは、たしか二〇分でしたね。あああ……ドニーさん。どうかご無事で……」

フェイバルはただ無言で懐中時計を確認すると、突然それを玲奈へ放り投げ、速やかに近くの手頃な建物へと飛び乗った。玲奈は慌てながらも何とかその時計を受け取り、視線でその男を追った。すかさず声を掛ける。 

 「フ、フェイバルさん……!?」

 「なーに。ちょっと高い所から見るだけだ」

その声色にいつもの軽薄さはなく、やや低音で暗い雰囲気を帯びていた。

 「ふふ、やっぱ心配なんですね」

玲奈が男へ聞こえぬように呟いたとき、再びセニオルから通信が入る。それはドニーがフェイバルへ向けた直接の伝言。師匠の出る幕は無い、その一言。

 彼女はありのままの言葉をフェイバルへと伝える。玲奈からは、見上げた男が少しばかり笑ったように見えた。

No.85 泥魔法


泥を発現する魔法。魔法陣は茶色。熟練することで粘性の変化が行える。

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