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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第1章 ~秘書の激務編~
9/202

9.もうひとりの国選魔導師

 エスワルドは緊急召集の概要を語り始める。

 「二日前。深夜三時頃のことになります。メディナルを巡回中の騎士が、ある不可解な現象を目撃したのです」

そして彼は、部下である騎士からの証言をなぞらえた。

 「突然森全体が真っ黒な魔法陣に包まれ、それは忽ち消滅した。直後、この神殿跡だけを包むような漆黒の魔法陣が再度出現した。彼は、こう語りました」

そのときフェイバルはふと違和感を抱く。

 「黒い魔法陣……そんな魔法知らねえなぁ」

 「我々も調査中なのですが、全く手掛かりを掴めていないのが現状です。そこで、魔法に関して聡明であろう国選魔導師たちをお呼びした、というわけになります」

フェイバルは黙り込む。エスワルドはその男の反応から、状況が芳しくないことを察した。

 「……やはり恒帝殿でも、思い当たる節はありませんか」

フェイバルは言葉を何も返さない。会話が途切れて空気が不穏なので、玲奈は必死でそこを取り持った。

 「と、とにかく私たちも色々と調査してみます! ね、フェイバルさん!」

ライズは彼女の宣言を契機として、具体的な指針を示す。

 「神殿跡周辺は騎士とギノバス魔法局の特派員が現場検証中ですので、魔導師方には大森林の調査をお願いいたします」

 「わ、分かりました!」

玲奈は硬直したフェイバルの肩を揺らす。

 「さ、行きますよフェイバルさん! これも国選魔道師としての使命なのですから!!」

そして玲奈は、なんとか男を話の筋道へ乗せた。




 同刻。大森林では、フェイバルらの先を越して二つの人影が調査を開始していた。

 「……マスター。私は何も異変を感じませんが」

 女性にしてはやや低いその声の主は、名をツィーニアと言う。腰の直ぐ上まで伸びた艶のある金髪に、透き通った碧い瞳。しかしその瞳には、暗く冷え切った闇が滲む。

 「……うーむ、私も同意見だな」

 彼女の声には、とある老紳士が応じた。男は微かに差し込む陽の光で眼鏡を照らされていたが、その眼鏡の奥には優しげのある瞳が垣間見える。

 そして老紳士は、ふとして他愛も無い話を始めた。

 「にしてもツィーニア君や……相変わらずの重装備だねぇ。今日は戦闘が絡むような作戦じゃないんだから、()()()くらい置いてくればよかったのに」

老紳士が言及したのは、彼女の肩に担がれた大剣。それは騎士が腰に差す通常の剣とはまるで違い、垂直に立てれば男の胸にまで刃が届くほどの大物だった。刃には包帯が巻きつけられているものの、それでもやはり迫力は衰えない。

 「……それは無理です。私は、二刀流ですので」

ツィーニアは腰に差した剣に触れた。彼女は両手を要するほどの大剣に加えて、腰に差した中庸な剣をも得物とする。

 そして彼女は顔色一つ変えず呟く。

 「備えは、絶対に怠らない主義なんです。戦闘の準備が不十分で死ぬなんて、愚かな真似は出来ません。やるべきことをやるまでは」

 「……まったく逞しいねぇ」




 玲奈とフェイバルは大森林へ足を踏み入れる。しかし彼女はここへ初めて来たのだから、当然ながら彼女の目には、ここが何の変哲も無い雄大な自然にしか映らない。

 つまるところは、フェイバルだけが頼りだった。しかしフェイバルの表情を伺う限り、どうやら彼も何一つ掴めていないのは同じらしい。

 玲奈はそっと尋ねてみた。

 「あのー、フェイバルさん。何か分かりそうです? 以前と様子が違う、だとか……」

 「いや、分からん。ただそれより、一つ引っ掛かることがある」

 「引っ掛かってる?」

 「何でわざわざ国選魔道師を二人も呼ぶ必要があったかってことだ。てかなんなら、ジジイまで呼ばれてるみてぇだし」

 「え。おかしいものなんです?」

 「国選魔道師は大陸に三人しか居ねーんだ。王都で内戦が起きたわけでもないのに、仲良く纏めて二人も召集されてるんだぜ?」

玲奈は男の言いたいことが何となく分かった。答え合わせといこう。

 「……つまり?」

 「ギノバス政府は焦っている。黒い魔法陣を観測しただけの現段階で、真っ先に焦ることが出来るほどの断片的な情報を握っている、ということだ」




 陰謀めいた憶測ばかりで何の進展も無いまま、二人は景色の変わらぬ大森林を徘徊し続けた。そんな代わり映えしない中で、ついに彼らは二つの人影へ遭遇することとなる。

 そのときフェイバルは、あからさまに嫌悪感を露わにした。

 「……あーあ。出くわしちまったよ」

殺風景な中では、当然向こう側もこちらへと気が付く。老紳士はこちらへ大きく手を振った。

 「おお、フェイバルじゃないか! お前もちゃんと緊急召集に応じてたのか! 意外なこともあるもんだ!」

男はフェイバルをよく見知った様子で話し掛ける。フェイバルは仕方なく会話の出来る距離まで歩いた。玲奈もそれへと続く。

 「ほんとならこんなしょーもない遠征は勘弁なんだが、仕事ならしゃーないだろ。てかジジイまで呼ばれてんのな。どうせあんたがギルドで一番魔法に詳しいんだし、俺等要らねーだろ」

 「コラ。最近は沸々とジジイなの気にしてるんだ。マスター、もしくは雷神殿と呼べ」

その人影に近づいて、玲奈はようやく気が付く。彼女はそのジジイなる者に、かつて一度遭遇していた。

 「あれ、あなたってあのとき書庫にいた……?」

それは初めてギルド書庫へと赴いたあの日、玲奈へと話し掛けてきた老紳士。大柄な老人だったので、彼女には妙に印象深く記憶へ残っていた。

 ただ顔を覚えているのはお互い様だったようで、老紳士もまた声を発する。

 「おや! 君はフェイバルの新しい付き人だったのか。そうそう、これはちゃんと教えておかないと。いいかい、フェイバルはアホだし適当だし生まれつきデリカシーが欠如してるんだが――」

フェイバルは老人の言葉を遮ると、その男の正体を明かす。

 「おいレーナ。あのジジイはトファイル=プラズマン。ギルド・ギノバスの現マスターで、元国選魔導師だ。さっき自称してた雷神ってのは、国選魔道師時代の異名。今の異名は雷ジジイだ。長いから、省略してジジイでいいぞ」

 「フェイバルさん。それはもうただの老年男性です」

 そして妙に緩んだ空気の中、それを打ち破るようにツィーニアが口を開いた。

 「……恒帝、この大森林で何か掴めた? 私はここに来るの初めてだから、見当も付かないのだけど」

フェイバルはきっぱり即答する。

 「いや、分からん。何一つ」

瞬く間にして会話が潰える最中(さなか)、玲奈はふとその女性を凝視した。そこで遂に女と目が合えば、玲奈は冷ややかな視線に怯んで眼を逸らす。

 溢れる疑問に耐えきれず、玲奈はフェイバルへと耳打ちする。

 「フ、フェイバルさん! あのおっかない剣を持った女性はどなたですか!? 何ですかあの剣!? あれMMORPGだと巨人族が使うやつですよね!?」

 「ちょっと何言ってるか分かんねーけど、あいつはツィーニア。刃天(じんてん)と呼ばれる、現役の国選魔導師だ」

 ツィーニアは玲奈に目を逸らされてもなお、ただ彼女をじっと見つめ続ける。玲奈はその冷たく鋭い視線に耐えかねて、意を決し愛想笑いの会釈を振り撒いてみたが、そんな気遣いは当然の如く無視された。 

 ツィーニアは視線をフェイバルに戻して口を開く。

 「……また随分と似通った女を傍に置いてるのね。いつまで執着してるのかしら。あんたのお仲間だったクアナは、もう死んだんでしょうに」

 フェイバルは口籠もった。そのとき玲奈は、傍に佇むその男から微かな怒りを感じ取る。ただそれでもなおツィーニアは、男のその感情を気にも留めずに言葉を続けた。

 「それにその女、とても魔導師には見えないけど。そんな無防備なのをどこまでも連れ歩いて、また死なせる気なのかしら?」

フェイバルは傍の秘書を貶められ、ついに反論を繰り出す。

 「……お前には関係無いな。余計なお世話ってやつだ」

 「国選依頼はときに、複数名の国選魔導師の参加が要請される。あんたがこれからもその女を国選依頼に連れて来るのなら、同業者の私にだって十分関係あるわ」

 「こいつはまだ新米だが、いっぱしの魔導師だ。侮辱するのは勘弁な」

フェイバルの表情が少し曇る。それを見た玲奈は何となく察しがついた。男はやはり、何か触れられたくない過去を抱えている。

 「あーめんどくせ。レーナ、行くぞ」

男は振り返るや否や、颯爽と来た道を引き返した。少し戸惑いつつ、玲奈もそれへと続く。




 トファイルとツィーニアの元を離れてからは、暫しの沈黙がそこを支配した。玲奈の頭を延々と巡るのは、クアナという者の存在について。

 その人物の詳細を聞こうか聞くまいか、玲奈は迷い続けた。しかし意外にもフェイバルは、自らその人物に関して言及を始める。いや、詮索される前に先手を打ったというべきだろうか。

 「……レーナ」

 「……なんです?」

 「さっき刃天(じんてん)が言ってたクアナってのは、ただの元仕事仲間の名前だ」

 「そ、そうなんですか」

 「ただ、それだけだ」 

フェイバルの話はそれで途絶えた。まるで何かを思い出さないようにしているような、あまりにも簡潔な紹介だった。




 太陽もその顔を隠し始めた頃、フェイバルと玲奈は神殿跡へ帰還した。そして二人は、結局何一つ手掛かりを掴めなかった旨をライズへと伝える。彼はそれを予想通りであったかのように受け止めた。

 「――やはり、そうでしたか。雷神殿と刃天(じんてん)殿も、成果無しとのことでした」

 「ジジイにも分かんなかったのか。なら誰も解決できねーな」

 「今回の案件は、我々の持つ技術や知識で説明のつかない現象であったと認めざるを得ません。魔法はいまだ、我々の遙か先をゆく謎深い存在のようです」

ライズは少し俯くと、すぐに気を取り直した。

 「ともかく、本日はお疲れ様でした。これにて依頼は完遂となります」

そして二人はライズに見送られつつ、メディナル神殿遺構を後にした。




 深夜。フェイバル宅浴室にて。魔法具というのは偉大なもので、衛生設備を初めとした生活環境は、かなり高水準に整っている。特に浴室は、現代っ子の玲奈でも快適に使うことが出来るほどだった。

 玲奈は入浴で長い一日の疲れをほぐす。そんな最中(さなか)、彼女はふとあることを思い出した。それはロベリアからライズまで続けざまに言及された、己の瞳について。

 「……魔眼、とか言ってたっけ。もしかして、異世界転生から無双する流れキタ? だいぶ諦めてたけど、まだワンチャン俺TUEEEEEEルートある?」

 玲奈は湯船から立ち上がり鏡にぐっと顔を近付けると、自分の眼球をまじまじと観察した。すると異変は直ぐに観測される。もはや、なぜ今まで気付かなかったのだろうかと思うほどだった。

 右の眼球の黒目の奥で、微かに浮かぶ魔法陣らしき紋様。色を形容するのはやや難しいが、金色と表現するのが最も近いだろうか。

 慣れ親しんだ自身の体に異変が見つかるとなれば、やはり心臓に来るものがある。玲奈は思わず声を荒げた。

 「な、何コレ……何コレ!?」

そのとき、浴槽の扉は何の躊躇もなく開けられる。フェイバルはいつもの腑抜け顔で、面倒くさそうに顔を出した。

 「なんだようるせーの。虫とか居た?」

 「いや居ませんからっ! あとデリカシーも居ないみたいですっ!!!」

放たれた浴室の桶は、フェイバルの額を正確に捉える。

No.9 国選魔導師


 国から能力を認められ選出された魔導師。作戦騎士団(王国騎士団)の三師団に対応するように、それぞれ三名が着任する。選出には師団長の推薦を要するのが慣例である。

 国選魔道師は騎士と連携し、国選依頼の作戦の中核を請け負う。最前線が主な役割である故に激しい魔法戦闘は免れないが、その報酬は凄まじい。

 なお「国が選ぶ」という表現は、かつてギノバスが一つの国家であった時代からの名残である。

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