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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
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83.歪な裁き ***

 魔力は尽きた。アンヤはうっすらと漂う水面へ無力にひざまずく。意識は徐々にかすれ始めた。流れ出る血涙と口に溢れる血の塊は、強力な魔法の行使による魔力負荷。

 アンヤは何とか立ち上がろうともがいた。それでも体は異様な程に重たく、痙攣する足も言うことを聞かない。抗えぬ脱力感のまま、彼女はその場に倒れ込んだ。

 視界が薄れてゆく。荒波に浄化された殺風景な景色が、微かに視界へ反映された。しかしそれは、己の意識と共にたちまち暗黒へ包まれてゆく。

 突然体が大きく揺れた。その刺激で視界は少しばかり回復する。肩への圧迫感から束の間、体はすっと軽くなった。

 「……少し待っとけ」

 倒れ込む彼女の下から現れたのは傷だらけのユーニ=マファドニアス。暴れ回る水流と瓦礫を泥魔法・潜伏(ダイヴ)で掻い潜ったその男は、愛する者を救うべく現れた。

 「な……んで……あんた……が……?」

 「……なんでだろうな。それは俺が父だからかね」

異様なまでに冷静なユーニは、それ以上語らなかった。アンヤの肩に手を回し、そのまま背中に担ぎ上げる。

 そこから男は、ただ真っ直ぐに走り始めた。水面は大きな踏み込みに揺らぐ。

 「さあ、さっさと王都へ行くぞ」

その背中はかけがえの無い安堵をもたらした。アンヤは震える声で呟く。

 「……馬鹿。そっちは……逆だっての……」

男は少し動揺しながら足を止めると、誤魔化すように向きを変える。アンヤは小さく微笑んだ。

 「……相変わらず……カッコつかねぇな……」




 ギノバス審判院。とある小さな法廷では、また一つ裁判の幕が閉ざされようとしていた。最も高い席へと腰を下ろすのは、セントニア=ラウマン。彼はそこから少々身を乗り出すと、貼り付けたような無表情で口を開く。

 「――被告人を死刑に処す」

被告人として出廷した男は声を荒げた。

 「ふ、ふざけるな! 俺はちょっとした盗みをしただけだ! そ、そんだけで死刑だなんて――!」

セントニアはそんな訴えに耳を貸さず、また立派な椅子へしっかりと腰掛け直す。彼は喚き散らす男を司会に映すことも無く、ただ腕時計を目にした。

 (よし、予定より早めで終われましたね。優秀優秀)

 被告人の男の抵抗も虚しく、法廷は幕を閉じた。




 法廷を後にしたセントニアは、休憩室でひとり茶を口にした。すると突然にして、背後からは聞き慣れぬ若い男の声が掛けられる。その声は少しの緊張を帯びながらも、妙に正義感溢れるものだった。

 「……裁判長。随分強引な判決ですね」

振り返ればそこにいたのは、先程の法廷に顔を連ねた若い裁判官の一人。セントニアは無言のまま茶を口にし、その若者の意見を伺った。

 若い裁判官は訴える。

 「被告人は、ただ通信魔法具を三点盗んだだけです。それなのに死刑だなんて、どんな学説を読もうと――」

セントニアはその男の無知を嘆くように溜め息を零した。

 「……君もどうせ、家柄だけでこの仕事に就いた人間なのでしょう。私も同じだからよく分かりますとも」

 「そ、それは……」

 「ここはひとつ、先輩が良いこと教えてあげますよ。というか、ここで働く者は当然に皆知っていると思っていましたが……まあいいや」

セントニアは自分の胸元を指さす。

 「裁判官から裁判長に抜擢されれば、あなたの胸元にあるその裁判官紋章に加え、こっちの裁判長紋章が与えられます。裁判長紋章(これ)はただの飾りではなく、ある機能を持ち合せているのです」

男は続けた。

 「これは首飾り型の通信魔法具。お相手は国王直属の機関・ギノバス公安局さんです」

その若い裁判官は、まだ理解が及んでいないようだった。セントニアは仕方なく順を追って説明を続ける。

 「大陸が統一されて以来、ギノバス王国は大陸の首都・ギノバスへと地位を転換させました。戦勝国であるがゆえ、この地には大陸全土の政権が集約された」

 「いつの時代も、世界の統一をもたらすのは戦争です。討ち滅ぼされた国の人々は、ギノバス王国の圧倒的な魔法兵器に家族を、恋人を、友を殺されました。そんな人々が首都・ギノバスの執政に黙って従うはずもない」

 「非ギノバス人は革命の種である。そこで政府高官らが始めたことこそ、反乱分子の殲滅です。疑わしき反逆者は皆揃って殺されました。そう、裁判による死刑判決でね」

 「そしてその殺戮は、現ギノバス領主・アラムハラン帝の代でもいまだ活発に行われている。私たちはその現場に、こうして立ち会っているのです」

そしてセントニアの話はつい先程の出来事へ立ち返る。

 「先程私が死刑を言い渡した者は、過去に反逆活動の経歴を持つ男でした。もう分かるでしょうか。私は事前の公安の指示のもと、あの男に死刑を宣告したのです」

 セントニアは表情一つ変えずに長話を終えた。若い裁判官の顔には恐怖が張り付く。

 「そ……それでいいのですか? あなたはそれで……」

 「ええ。私は自らの地位の為、保身の為。国の犬となって、これからも人を殺しています」

 「……」

セントニアはまだ何か言いたげな男の真意を汲み取る。

 「分かりますよ、あなたの言い分も。私は裁判長ですが、この審判院には私と同じ裁判長の椅子に座る者が一五人います。私が一人声を上げたとて、面倒者として罷免されてお終いでしょう。いやきっと暗殺されますね。だから私は、大人しく長い物に巻かれているのです」

 「新人くん。一つヒントをあげましょう。私は地位の為に人を殺します。なぜそこまで地位に固執するか、それはこの地位でいつの日か、守りたい命を守る為です。私も人間なので、エゴで命を選びます」

セントニアは思い出したように付け足した。

 「あそうそう、今の話はギノバス審判院の裁判官における、いわば暗黙の了解です。もし漏れることがあれば、あなたもあなたの家族もまとめて地獄行きですから、ご注意を。私だって、あなたを裁きたくはないのです」

No.83 ギノバス公安局の特別区分


王族・貴族による合議制が敷かれるギノバスでは、部門ごとに分かれた合議体の意向に従い、それに対応した部局が活動を行う。一方でギノバス公安局は特別区分とされ、公正な裁判の執行ため癒着を防止するという目的のもと、合議体をもたない。

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