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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
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78.泡沫へ導く者 ***

 時は遡る。舞台は音の都・ウィザーデン。音楽で賑やかしい大通りの外れには、魔導師ギルド・ウィザーデンがそびえ立つ。

 夜になると、ギルドにはある一人の魔導師が数日続きの仕事を終えて帰還した。男の名はユーニ=マファドニアス。ギルド・ウィザーデンで知らない者は居ない腕利きだった。

 しかし実力に素行が伴うとは限らない。男は帰るや否や、大声を上げる。

 「おめぇら、今晩付き合え! 俺は仕事終わりで酒が不足してるんだ!!」

ギルドに居合わせた者たちは口々に彼へ反応を見せる。

 「みんな、あのユーニが帰ったぞ!」

 「お前が奢るんなら付き合ってやんよ!」

ユーニはご満悦な様子で返す。

 「仕方ねぇなぁー。今回の依頼で稼いだ分、吹き飛んじまうじゃねーかぁ」

調子に乗るとつい羽振りが良くなる。そしてギルド・ウィザーデンの魔導師たちは、そのユーニの悪癖を理解している。ギルド・ウィザーデンは宴会ムードに包まれた。

 いつの時代も、どんな街でも、ギルドには何かへ縛られることを嫌う者たちが集まる。そんな中で高い報酬を得ることができるのは、一握りの秀でた魔導師のみ。広がるのは実に残酷な能力主義の世界だが、多くの者が望んでそこへと残る。

 言い換えるなら彼らは、安定した暮らしと少しばかりの安全を犠牲にした。彼らがそんな世界に残る理由を尋ねられれば、多くの者は自由と答えるだろう。たとえ裕福では無くとも、好きなときに仕事へ赴き、好きなときに仲間と安酒を酌み交わす。その自由こそ、彼らを掴んで離さない魅力だった。




 急な宴会は夜通し行われたが、主催者ユーニのペースに縋れる者はおらず、多くが潰れた末に帰宅した。

 すっかり明るくなり始めた頃。ギルドに居る魔導師はユーニただ一人だった。散乱した食器に至る所で零れた酒が、昨晩の狂気ぶりを如実に表している。詳しいことは覚えていないが、きっと自分も相当な粗相をしたのだろう。

 そういった類いの記憶は、思い出さないほうがいいと相場が決まっている。仰向けだったユーニはゆっくりと体持ち上げた。そこで視界に映るのはギルド食堂の女紙たち。酷い有様のギルドをせっせと片付けている。彼女らの顔にうっすら怒りが見えるのは言うまでも無い。

 ほんの少しの申し訳を感じつつ、ユーニは起き上がった。女給の冷ややかな視線を浴びるが、自分だけが悪いのでは無いという幼稚な仲間意識でそれを乗り切った。そんなとき、突然ギルドの扉が開かれる。

 扉の向こうから早朝の爽やかな日照りと共に差し込むのは、小柄な女の人影。そして凄まじい量の荷物。

 その女は背伸びをしつつ、どこか幼気(いたいけ)のある様子で口を開く。

 「やぁっと着いたー! いや汚ねえ!! 賊でも入ったのか!?」

その女性はずかずかとギルドに踏み入れる。ユーニはその女に見覚えが無かったが、どうやらギルド魔導師らしい。

 機嫌を損ねていた女給たちは、その魔導師の帰還に歓喜した。

 「アンヤさん! どうもお久しぶりです!!」

 「どうしてこんな急に!?」

アンヤは屈託の無い笑顔で返す。

 「丁度一段落したもんだから、帰って来ちゃった」

その眩しい笑顔は、妙にユーニの脳裏に焼き付く。彼女が何者か分からなかったが、それでも男は思わず声を掛ける。

 「だ……誰だお前……?」

 「……見ねー顔だな。あたしはここの魔導師だよ。まー、しばらく別の街で仕事してたもんだから、初めましてか」

 本来ならこんな会話が正常なのだろう。ただユーニという男は違った。彼の目には、彼女がその場の何よりも、そして今まで見てきた誰よりも、甚だ美しく映った。

 「……け……結婚したい……」

 「……は?」

男は一目惚れしたのだ。

 「お、俺と結婚してくれぇ!!!」

 「はぁ!?!? 何言ってんだよ!? おまえ酔ってんだろ!?」

男は素面(しらふ)であることをアピールするように、やや低い声で知的に名乗り出す。

 「俺は泥中の狩人こと、ユーニ=マファドニアス。ギルド魔導師をやっている者だ。つい今までは別の街のギルドに居た。このギルドへ籍を移したのは最近のことだ」

アンヤは動揺を隠しきれない。それでもその男の急な畏まった自己紹介はどうもおかしく、自然と口角が緩む。気持ちの悪い男であることは確かなのに、それだけで突き放そうとは思えなかった。

 アンヤは張り合うように尋ねる。

 「……ほう、強いのか?」

 「このギルドなら、俺が最強さ」

 「ギルド最強か。それはあたしも黙っちゃいられねぇや。何せあたしがここに居たとき、最強の呼び声はあたしのもんだったからな」

ユーニには火が灯った。

 「……ほう? 丁度いい。俺は気が強くて魔法戦闘も強い女が好みなんだ」

アンヤもまた、荒くれ者の性が暴れる。

 「あたしの男は、自分より強い男って決めてんだ。品定めしてやんよ!」

 「惚れた女を傷付ける趣味は無ぇが、これが一番のアピールってことなら仕方ねぇ!!」

二人は拳を掲げると、自信に満ち溢れた表情で向かい合った。女給はその奇妙な会話を横目で見て動揺する。

 「ま、まさか、ギルドの中でやらないよね?」

 「マスタ呼ばなきゃ!」

 ユーニは臨戦態勢に入るべく、頭の上のゴーグルを装着した。そして全くの躊躇いなく、自らの脚元へ魔法陣を展開する。男はその茶色の魔法陣に吸い込まれるように姿を消した。

 「……泥魔法・潜伏(ダイヴ)

アンヤは大荷物を投げ捨てると、すぐに警戒体制へ切り替える。

 (潜伏(ダイヴ)。面白い魔法使うじゃん。でもそいつが起点の攻撃は読みやすい。大抵の奴は背後を取る!)

アンヤもまた、数多の魔法戦闘を掻い潜った猛者。歴戦の勘から導き出される想定通り、泥の塊は彼女の背後から飛び出した。すかさず彼女は振り返る。

 「水魔法・弾丸(バレッド)――!」

アンヤはユーニの攻撃の型を完全に読んでいた。水の弾丸は泥の塊を貫く。泥の塊はそのまま制御を失い、どろどろと崩れ去った。しかしそこに男の姿は現れない。

 (フェイクか。まだ潜ってやがるのか……)

ユーニの居場所を悟ったのと同時。次に彼女の視界へ入り込むのは泥の触手。それは彼女を取り囲むようにギルドの床から乱立した。

 泥魔法・触手(テンタクル)は、ユーニの得意とする魔法。泥で造り出した触手から繰り出す重たい打撃は、凄まじい破壊力を生む。さらには長い間合いとしなやかさをも併せ持つことから、中距離戦を制するのにこれ以上のものは無い。

 ただ触手は数が増えるほど精密な制御が困難になる。しかし彼の持つ天性のセンスは、その制約をもろともしない。

 数本の触手は鞭のようにしなって彼女へ襲い掛かった。それでもアンヤはその場から動かない。

 「――やったことないけど、やってみるか!」

そして彼女の脚元には青色の魔法陣が展開される。

 「水魔法・潜伏(ダイヴ)――!!」

水へ変化した肉体は地面に染み渡り、さらに彼女は地下一帯を水で満たした。そしてその水深の奥底に突き当たるのは、ある泥の塊。これこそ触手の操作室。つまるところ、ユーニの肉体そのもの。

 アンヤは水の肉体のままそこへ突撃した。泥の肉体に物理攻撃は効かないが、魔力量で上回ったアンヤの一撃はユーニへ有効に届けられる。

 そして何より、地中での再会というあまりに奇天烈な展開に、ユーニは思わず潜伏(ダイヴ)を解除してしまう。姿が元の肉体へ回帰してしまえば、自然と男は溺れる寸前のか弱き生物へ落ちぶれる。

 すぐにユーニは失神してしまった。アンヤは上昇する水流を作り出し、そのまま男の体を押し上げて地上へ戻した。




 「――口ほどにも無いね」

情けなく横たわるユーニを見てアンヤは笑う。

 「そんなんじゃあたしの男にはなれないよー」

静かに吐き捨てると、彼女はおもむろに立ち上がった。

 「さ、疲れたし家帰って寝よ! あ、お土産だけ置いとくか」

アンヤは大荷物を担ぎ直す。そして彼女はそのままギルドを後にした。




 酒に塗れたギルド内は、さらに水と泥で染められた。床に空いた大穴は、魔法・潜伏(ダイヴ)の痕。二人の破天荒な魔導師は、あっと言う間にギルドを荒らし尽くした。女給たちはただ呆然とそれを見つめる。依頼の受諾を司る受付の若い女は、隣の年上の受付嬢へ言葉を零す。

 「あの方が……」

 「ええ。ウィザーデンが産んだ天才魔導師。圧倒的な魔力と柔軟な魔法で、何もかもめちゃくちゃに破壊しちゃう。それでついた名は『泡沫(うたかた)へ導く者』。国選魔道師への推薦も時間の問題、らしいわよ」

 「お、恐ろしい……」

 「それにしても、まさか本当にギルド内で暴れちゃうなんて」

 「あああ……マスターになんて言いましょうか……」

 「また修繕に相当かかりそうね……」

No.78 変質系魔法(変質魔法)


 発現魔法のうち、術者本人の肉体へ作用する魔法の名称。潜伏ダイヴ偶像スケープゴートがこれに該当する。攻撃の回避や奇襲攻撃においては非常に有効な魔法だが、肉体を変換するという特性上体力と魔力の消耗が激しい。なお、装甲アーマーは体の表面に魔法が作用しているだけであるため、変質魔法とは区別される。

 属性によっては変質魔法に適しないものがある(熱魔法や光魔法など)。これらのような実体の無い発現魔法は、変質魔法の難度が極めて高い。

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